ドラクエ2 〜旅の行方(前)〜


一行がローレシアに凱旋し、カカオが王位に就いた、その夜の事。
ローレシア城では盛大な宴が催された。
ハーゴン討伐と新しい王を祝す宴である。

カカオは始め、ふて腐れてぶすっとしていたが、見目の良い女達が周りを囲むと、とたんに機嫌を直して楽しそうにしていた。
クッキーとプリンも宴の主賓として参列し、豪華な料理の並ぶテーブルについた。
フロアの中心では薄布を纏った踊り子たちが舞い踊り、無礼講となった城の大広間では大勢の人々が笑い、飲み、それは賑やかな宴となった。

「ねぇ、プリン…」
慣れない酒を飲んで顔を染めたクッキーがプリンに声をかけた。
「え?なぁに?」
プリンは平気な顔でもう5何杯目のワイングラスを空けたところである。
「プリンは…これから、どうするの…?」
「これから?」
「うん〜。ぼくは、サマルトリアに帰るけど…」
クッキーは頭をふらふらさせながら言った。
プリンはそんなクッキーをみてくすくすと笑った。
「ふふっ…、大丈夫?……わたしは、ムーンブルクへ帰るわ」
「へぇ〜…。…え。ムーンブルク…?」
クッキーはとろんとしていた目を開いてぱちくりさせた。
「ええ。…わたし、ムーンブルクを復興させるわ…!」
プリンは瞳に力を込めて、美しく微笑んだ。それは王女の微笑み。
「……」
クッキーは、そんなプリンにしばらく見とれ、それから少ししょんぼりしてうつむいた。
「…そっかぁ…。帰るんだね…」
急に声のトーンが落ちたクッキーを、プリンが心配そうに覗きこんだ。
「…クッキー…?」
…と、クッキーが顔を上げた。
「ねぇ、プリン…。…ぼくが…」

その時。喧騒の中でも、ひときわ大きな甲高い笑い声が起こった。複数の女の声。
ふっと声のした方を見ると、輪の中心にいたのはカカオだった。

「まぁっ王子様…いえ、王様、頼りになりますのね」
「うふふっ…調子のいい事ばっかりおっしゃって」
「カカオ様に敵う方など誰もいませんわ」
カカオは周囲に5、6人の女をはべらせて上機嫌で語っていた。
「ま、この俺様の側にいれば、たとえ魔物が何百こようが、みんなまとめて守ってやるぜ!」
あっはっは…とカカオが笑い、女達の笑い声が続く。

プリンはわずかに眉を寄せ、顔を背けた。そしてワイングラスに手を伸ばす。
平静を装ってはいるが、どことなく悲しげなのが見てとれた。
クッキーは、プリンのその姿を見たとたん、唐突に怒りが湧きあがって押さえきれなくなった。

がったんっ!!
クッキーが立ちあがった拍子に、座っていた椅子がハデな音をたてて倒れた。
「クッキー?」
普段のクッキーからは考えられない荒々しいしぐさに、プリンが驚いてクッキーを見上げる。
酔いの勢いも手伝っているのかもしれない。クッキーはいつもより大声で叫んだ。

「カカオッ!!」

「ん?なんだ?どうした、クッキー」
カカオはヘラヘラと締まらない笑顔のまま振りかえった。

「どうしていつもいつもいつもいっっつもキミはそうなんだよっ!!!」

クッキーは怒りに任せて叫んだ。

「ぼく、ぼくは…、」

あまりにも突然の事で、カカオには何の事を言われているのかすら分からない。
ただ唖然としてクッキーを見かえした。

「ぼくが!プリンを連れてっちゃうからね!!」

クッキーはそこまで叫ぶと大きく息をついた。
カカオは唖然としたまま固まってしまっている。

辺りは相かわらず騒がしい。取り巻きの女たちは不思議そうに目配せしあい囁きあった。

プリンが立ちあがり、困惑したきった瞳をクッキーに向けた。
「…ク、クッキー…?何を」
…と、そこまで言った時。

――ドガッッシャァアアアンッ!!!!
――メキャメキャッ!!

20人掛けの長いテーブルが中央から真っ二つに折れた。折れたテーブルが浮き上がり、料理を乗せた皿がきれいに滑って床に落ち砕け散る。
真っ直ぐに打ち降ろされたカカオのこぶしはわなわなと震えていた。

水をうったようにフロア全体が静まり返った。舞い踊っていた踊り子たちの動きも止まる。

長テーブルを砕いたカカオがキッと顔をあげた。カカオは瓦礫となってしまったテーブルをまたいでクッキーに歩み寄った。

「ちょ、ちょっと…カカオ…ッ!」
カカオのあまりの剣幕に、プリンは慌ててクッキーの前に立ちはだかった。
しかしクッキーも負けずにカカオを睨み返している。
するとカカオはそこで歩みを止めた。
「…」
バツが悪そうにプリンから目を逸らす。

「勝手に………勝手にすりゃあいいだろっ!!!」

「……!」
プリンの瞳が大きく見開かれた。

カカオはくるりと踵を返した。
「…酒がたりねぇぞっ!!」
尊大な態度でそう叫び、崩れたテーブルの前の椅子にドカッと腰掛ける。

慌ててメイドたちが駆けつけ酒を運んだ。砕けたテーブルもテキパキとかたずけられていく。

辺りが再びざわつき始めた…。

◆◇◆◇◆

翌朝。
プリンとクッキーは旅装束でローレシア城の城門前までやって来た。

「ごめん、ごめんよ〜、プリン…!!」
クッキーはそう言って目の前で両手を合わせた。
プリンは微笑んだ。
「ううん…いいのよ」
しかしどことなくすっきりしない笑顔。
クッキーは昨夜の事をはげしく後悔した。
「ごめん、ぼく…」
泣きそうな声でそう言うと、プリンはもう一度にっこり笑った。
「いいのよ。…さ、行きましょ。リリザの街までは一緒よね」
「…う、うん…」
クッキーがためらいがちに応える。
「…でも…カカオにもう一回会っといたほうが…。何にも言わないで出てきちゃったし…それに」
プリンは首を横に振った。
「いいの」

――この方が。このまま別れた方が。

プリンはそっと城を振りかえってつぶやいた。
「…さようなら…」


――ドカッ!!
カカオは窓枠に寄りかかり、横の壁を激しく叩きつけた。古い石壁からパラパラと破片が落ちる。
カカオの見下ろす方向には、去って行く2人の後ろ姿が見えた。
「…くそっ…!」

――分かってた事だ。
旅が終われば、2人がそうなる事くらい。随分前から、分かってた……――
それでもやり場のない気持ちが胸中を駆け巡る。
カカオは壁に寄りかかったままずるずると座り込んだ。


カカオは、誤解していた。



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