ドラクエ3 〜勇者の心〜



むっとする血の臭い。
頭がくらくらする。逃れられない。誰か、助けて欲しい。
――いや、自分は勇者なのだ。逃げるわけには行かない。
――ザシュッ!!!
パエリアの振るった剣に、一角ウサギの首が飛んだ。
飛び散る血飛沫。濃い血の臭い。
荒い息をつく。戦闘が終わった。

パエリアはうつろな目を伏せる。
何回殺したんだろう。何回殺されかけたんだろう。
あと何回殺すんだろう……。
あと、何回……。
まだ、旅は始まったばかりだというのに。

「やったな、パエリア!」
からからと嬉しそうに笑うライスの、大きな手の平がパエリアの背を叩いた。
はっと我に返り、慌てて顔を引き締め背筋を伸ばす。
「……ああ」
ぶんっと剣を振り、付いた血を払い落とした。

――弱気になっている。勇者である自分が。
パエリアはぎゅっと唇を噛み締めた。
――こんな事ではいけない。


「なんだか、顔色が悪いですよっ」
慌てた様子で駆けて来たのは、僧侶のカシス。水色の髪をした、長身の青年である。
ルイーダに勧められるまま、真面目で誠実そうだから、と仲間にした。
「回復しましょう!」
「……いや、いい」
怪我をしている訳ではないのだ。顔色が悪いとしたらそれは自分の弱気のせいだ。
もっと心を鍛えなければ、とパエリアは自分を叱咤する。
が。
「ダメダメダメ、ダメですよっ、無理しちゃ! あなたは世界にとって大事な人なんだから! 万が一の事があったら僕は自分を許せません!!」
カシスは大げさな身振りで力説し、いいと言っているのに、回復の呪文を唱え始めた。
パエリアの口から思わずため息が漏れる。
過保護すぎるのだ、この男は。

「おい、おい!! カシス〜っ!! こっちを回復してくれよ〜っ!」
膝頭を押さえて座り込み、甲高い声を張り上げているのは魔法使いのセロリ。まだ声変わりもしていない少年である。
ルイーダにどうしても、と頼み込まれて連れてきた。彼はルイーダの息子である。
セロリの膝からは、つつーっと血が流れて確かにそっちの怪我のほうが大事そうだった。
しかしカシスはセロリの叫びを冷たく受け流した。
「ちょっと待ってください。こっちが先です!」
「〜っ!」
セロリは顔を真っ赤にして、早くしろよっ、と怒鳴った。

「ははっ、おいその程度でヒーコラいってんじゃねぇぞぉ」
ライスがセロリに近づいて、おかしそうに笑った。
「!! 馬鹿言ってんな!! 何がその程度だっ! おまえが怪我して見ろってんだ! このゴリラ!!!」
「おいおい、ゴリラってなぁちょっと酷くないか? こーんな美青年を捕まえてよぉ」
「うるさい、ゴリラジジイッ!!」
「ジジイって……そりゃお前に比べりゃジジイかもしれねぇが……。俺は今深く傷ついたぞ……」
……ちなみにパーティの年齢は、順にライス27歳、カシス21歳、パエリア16歳、セロリ14歳である。
ふ、とライスが薄く笑った。
「よぉし、俺が直々に治療してやろう……!」
何、とセロリが慌てる間もなく、ライスはその傷口にぐりぐりと薬草を擦り込んだ。
「ぎゃああああ〜っ!! ば、ば、馬鹿やろ〜っ!!!」
薬草は、軟膏に加工されているモノもある。が、普通は葉っぱのままである。それは口に入れるのだ。
ライスは葉っぱのままの薬草を、無理矢理ちぎって傷口に擦りこんだのだった。
「うっぎゃぁぁ……!!!」

そうこうするうち、パエリアに呪文を施したカシスがやって来る。
「ああ、ライスさんが治療してくれたんですか。はは、良かった良かった、もう大丈夫そうですね」
確かに傷は塞がったが、その治療はひどすぎた。涙目になったセロリがぎっと2人を睨み上げる。
「ぶっ殺す!!!」


ぎゃあぎゃあと騒ぐ仲間たちを遠目に、まったくうるさい連中だ、とパエリアはため息をついた。
カシスの治療のおかげか、大分体が軽くなり、心も平静を取り戻してきた。
まだまだ先は長いのだ。しっかりしなければ。

そろそろ連中にも声をかけ、出発しようと顔を上げる。
と。
カシスが再び目の前までやって来ていた。
セロリはライスの返り討ちにあい、羽交い締めにされジタバタともがいている。

「……なんだ、治療はもういいぞ」
これ以上は敵わない、と呆れ顔を向ける。
カシスはにっこりと笑って首を振った。
「パエリアさん、心の傷というのは一番性質が悪いんです。……考えすぎちゃダメですよ。僕も前に」
カシスの青い目がじっと自分を見つめた。
ぎくりとして思わずその目を見つめ返す。この男は何を言っているのだ。
「たぶんあなたと同じ事を考えました。……でも答えは出なかった。だからあなたは考えなくていい」
考えを、読まれていたのか。
パエリアは羞恥にさっと頬を染める。自分のふがいない心を読まれた。
「あなたは、勇者です。僕はあなたを支えますよ、全霊を込めて」
その言葉。
「頼ってくれると、嬉しいです」

ばかにするな、と。そんなに自分は弱くない、と。浮かんだセリフは沈みこんでゆく。
「……ああ」
低く、うめく。それが精一杯だった。

自分は思っていたよりも弱いのかもしれない。気づきたくなかったその事実に、パエリアは悔しくて眉をひそめた。



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