ドラクエ3 〜勇者の休息〜



黙々と歩いていた。
草深い山道を、ただ前へ。前へ。ひたすらに突き進む。
立ち塞がる敵はすべて薙ぎ払った。

「おい、パエリア」

パエリアは、焦っていた。
当初は、アリアハン大陸の東、『いざないの洞窟』へ行けば、すぐに外の大陸へ出られると考えていた。
が、事態はそんなに甘くはなかった。一行は未だアリアハンをさまよっている。

城下町を出て、もう何日になる?
早く、一日も早く魔王を倒さねばならないというのに。
どうにか『魔法の玉』は手に入れた。後は洞窟へ行って……。

「パエリア!……止まれ!!」

ライスの大声に、パエリアはハッと我に返った。
「……なんだ」
「なんだ、じゃないだろう……限界だ」
ライスは、あごで後ろを指した。
ぐったりと疲れきった表情のカシスとセロリ。とくにセロリは両手を膝についてぜぇぜぇ言っている。
無理も無い。『ナジミの塔』よりこちら、まともな休息など1度も取らず、強行軍で来たのだ。
「……。しかし、いざないの洞窟はもう目の前だというのに……」
パエリアは目前に迫った洞窟への入り口と、疲れきった様子の仲間たちを見比べた。
「……僕は、パエリアさんに従いますよ。まだ、大丈夫です……」
カシスは笑顔を作って言ってくれるが、やはり疲労の色は濃い。
ライスはつかつかとパエリアの前まで歩みよった。
「この状態で行ったら死ぬぜ?それに」
――どんっ、とパエリアの肩をライスが押した。
「な、何をする……」
パエリアはよろよろとよろめき、3歩下がったところで、座り込んだ。
この程度の衝撃で座り込むなど、普段の自分からは考えられない。
パエリアが青ざめていると、ライスは、やれやれ、とため息混じりに言った。
「……あんたも限界だろ」
ライスはパエリアの腕を引っ張りあげた。
「戻るぜ、いいよな?」
……悔しいが、うなずくしかなかった。

ライスは袋から『キメラの翼』を取り出した。
「よし、そんじゃ、戻るぞー。おい、セロリ、ここまで来れるかー?」
セロリは息切れしながら疲れきった足取りでよろよろと歩いて来る。
「う、うるさい、ゴリラッ!……よ、余計な、お世話、だ……っ」
「……。……元気そうでなによりだ……」

4人はレーベの村まで戻った。

◆◇◆◇◆

レーベの宿屋。
「そんじゃ、お前らはそこ座ってな。部屋取ってくるわ」
ライスは3人をロビーのソファに座らせ、フロントへ向かった。
パエリアも、糸が切れたようにぐったりしてソファにもたれている。
元気が残っているのはライスだけだった。
「ちくしょう、あのゴリラめ、えらそーに……」
セロリは悔しそうにぶつぶつ言っているが、もう立ちあがる気力も無いのでライスに頼るしかなかった。
「……セロリさんは、ライスさんが嫌いですか?」
隣に座るカシスがおかしそうに尋ねる。
「嫌いだっ!」
即答だった。
あまりにもきっぱりとした答えに、カシスはおや、と意外そうな顔をする。
「随分、はっきりしてますねー。まだ知り合って日も浅いのに」
カシスは人の良さそうな笑顔で問う。
「ライスさんは、良い人だと思うんですがねぇ……?」
するとセロリはふんっと鼻を鳴らした。
「わかってるよ! ……イイ奴なんだろーな、確かに。だけどオレはキライなんだっ!!」
「……??」
カシスは不思議そうに首をかしげる。
どうして……と聞きかけたとき、ライスが戻ってきた。

「部屋とれたぜ、行くぞー……、と」
ライスの視線はパエリアで止まった。
パエリアはソファに深くもたれ、いつの間にか眠っていた。
子供のような寝顔。
起きている間は、気が張っているせいかいつも張り詰めた表情をしている。
それが今は安らかで。確かにパエリアは16の少女なんだと実感した。
「あーあ、寝ちまったかぁ、しょうがねぇお嬢……や、人、だな」
律儀に言い直して、それからパエリアを抱き上げようと腕を伸ばした。その時。

「おい触るなジジイッ!」

セロリがソファから立ちあがった。疲れた体を忘れた勢いである。
「お?」
きょとん、としてライスがセロリを振りかえる。
セロリは顔を赤くしてライスを睨みつけていた。
「ベタベタベタベタ、パエリアに触りやがって……!! だいたいお前は最初っから気に入らないんだよ!」

おやおや、とオモシロそうに眺めるカシスは実は人が良いとは言えない。

「オ、オレは見てたんだからな……! お前がウチの酒場でパエリアをナンパしてたのを……っ」
いやアレはナンパじゃぁないぞ、というライスの言葉は無視して、セロリは喚いた。
「下心丸見えなんだよっエロジジイッ!!!」


……さて、セロリはルイーダの息子である。ご近所で年も2つしか違わない2人は、小さい頃よく一緒に遊んだ。
ようするに2人は幼なじみである。
セロリは幼かったので良く覚えていないが、そのころのパエリアはまだ普通の女の子で、スカートをはいたりしていた気がする。
パエリアがある日突然遊びに来なくなって、誘っても断られるようになったのは、あれはいつの事だったか。しばらくはショックでルイーダに当り散らしたりしていた。
……後になって思えば、あれはオルテガの訃報があった時ではなかったか。
ともかく、パエリアがいつか旅立つ為の鍛錬をしているという噂を聞き、それからというもの、セロリは魔法の修行に励むようになった。
パエリアは剣の修行をしているらしい。それなら自分は魔法だ。魔法でいつかパエリアを助けるんだ、と。

……そんな訳で、長い間パエリアの為にと修行までして来たセロリには、突然現れてパエリアを侮辱した上にべたべたと纏わりついている、このライスという男が気に入らないのだった。


「あ・の・なぁ……。ゴリラの次はエロでジジィかよ……」
盛大なため息をつきながら、ライスは伸ばした腕を引っ込めた。
「んじゃ、どうすんだ?パエリアは、このままここに置いとくのかよ? 俺は部屋へ運ぼうとしてんだぜ?」
ライスが意地悪く言ってやると、セロリは頭から湯気をだしそうに真っ赤になる。
(――おお、人がこんなに赤くなるところを、初めて見ました)
などとカシスがのんきに考えている間に、セロリはライスの元まで歩いて行ってそのでかい体を突き飛ばした。
「どけよっ、オレが運んでやらぁ!」
突き飛ばしてから「どけ」は無いだろう、とライスは思うのだが、とりあえずは黙って見ている事にする。
「くっ……」
寝ている人間と言うのは案外重いものである。それが線の細い少女であったとしても。
ましてや今のセロリは疲労困憊で、先程までろくに歩けもしなかったのだ。
「ぐぐ……」
持ち上げるのもままならない。

「やっぱり俺が運んでやろうか」
「う・る・さ・い」

ぷるぷると震えながら、セロリはなんとか1歩を踏み出した。
そしてまた1歩。
しかし1歩ごとに大きく揺らめいて、今にもパエリアもろとも倒れてしまいそうである。
パエリアを落とされては大変だ、とばかりに座っていたカシスも腰を浮かしかけた。

「だぁっ、やっぱダメだ、危なっかしい!」
ライスは見ていられなくなってセロリの腕からパエリアを奪った。
「!! 何する、エロジジッ……」
「あぶねぇだろっ!」
「触るなって言っただろーが……っ!」
ぎゃぁぎゃあと揉めている2人の間でもパエリアは安らかに眠りつづけていた。

その様子を、しばらく興味深そうに眺めていたカシスが、ひとつ、あくびをした。
(……そろそろ飽きて来ましたねー)
カシスは、こきっと首を鳴らして立ち上がった。
両手を尽きだし手のひらを2人に向ける。続いて口を開いた。
『ラリホーッ』

ライスとセロリの動きが止まった。
床に崩れるライスの腕から、落ちる前にパエリアを受けとめる。
――どさどさっと2人が床に突っ伏す音。

「ふう、やれやれ」
……と。
カシスの腕の中、パエリアが僅かに身動きした。
「ん……」
「おや、お目覚めですか?パエリアさん」
パエリアは薄く開いた目をさまよわせる。
「……カシス……?」
つぶやき、また目を閉じて、首を横にひねった。
「……まだ、眠い……」
カシスは思わず吹き出した。
まるで母親に起こされて駄々をこねる子供のような言い方。
「ふふ、すみません、うるさくして。……ゆっくり、休んで下さい……」
優しい声音で言ってやると、パエリアは、ん……、と唸ってまた眠りに落ちる。
――かわいい人だ。勇者と呼ぶには、あまりにも。

カシスはパエリアを抱きかかえ、フロントを振りかえった。

「すいません、ご主人ー! この方を運ぶの、手伝ってもらえますかー?」
フロントの奥から宿の主人が出てきた。
「そ、そりゃ構いませんが……、この人たちは一体……?!」
倒れている戦士と魔法使いをみてぎょっとしているようだ。
「ああ、すみません。朝には起きると思いますので、ほっといてください。3人も運ぶのは大変ですしねー。あ、部屋代はちゃんと4人分支払いますので……」
「え、ええ。そりゃまあ、そんなら、良いんですけどね……」
まだ主人は訝しげに首をひねっている。

ともかくパエリアは部屋のベッドへ寝かされ、カシスも隣の部屋のベッドでぐっすりと眠った。
硬い床で眠らされたライスとセロリは、翌朝、節々の痛みで目覚めるのだった……。



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