ドラクエ3 〜格闘場〜



「なぁ、本当に受ける気なのか?」
気が進まない、という顔でライスが語りかけてくる。
「当然だ」
パエリアはそっけなく答えて歩きつづけた。

パエリア一行はロマリアの城下町を歩いていた。
なんとかアリアハンを脱出し、ロマリアへ辿り着いた一行は、まず城を訪れ王への挨拶をすませた。
そこで、パエリアは王に頼みごとをされたのだ。
『カンダタ』という盗賊に盗まれた、『金の冠』を取り返して欲しい――と。

ライスはぶつぶつとつぶやく。
「……カンダタかぁ……。大体、あの王様『勇者と認めよう』って言っただけで、報酬くれるって訳じゃなさそうだったしなぁ……」
パエリアは立ち止まり、キッとライスを振りかえった。
「そこに悪があるなら私は戦う!どうしても嫌ならばおまえは来なくて結構だ」
例え魔王討伐が遅れても、目の前の悪を許す訳にはいかない。それがパエリアの考えだ。父もきっとそうしろと言うだろう。
「僕は、パエリアさんに従いますよ」
カシスはいつも通りにニコニコとうなずいてくれる。
セロリは疲労の為それどころでは無いらしくうつむいていた。
「分かったって。そう怒るなよ」
ライスはため息を混じらせ苦笑いした。
「ま、とにかく今日は休もうぜ」

一行は宿を目指した。

◆◇◆◇◆

宿へ向かう途中、町の一角で、何やら喧騒が聞こえた。
その辺りは武器屋や道具屋といった店が建ち並んでいるところで、人の気配は多くない。
何事だ、とパエリアがいぶかしげに辺りを見まわすと、ライスが明るい声を上げた。
「おっ! 『格闘場』かぁ……!」
言われて、ライスの指す方向を見ると、地下へ降りる階段が見えた。どうやら喧騒はそこから聞こえてくるらしい。
「格闘場……?」
首をかしげ尋ねる。
ライスはニッと笑った。
「おう! まぁ、アレだ、博打の一種だな。捕まえて来たモンスターを闘わせてだな、賭けるんだよ。どいつが勝つかってな。いやぁ、こんなトコにあるとは思わなかったぜ」
嬉しげに言うライスは今にも階段を降りて行きそうな雰囲気だ。

モンスターを捕まえて。闘わせて。賭ける……?!

パエリアはさっと青ざめた。
「なんという愚かなことを……!!!」
パエリアは先日、闘いの最中に葛藤した。どれだけ殺すのか。どれだけ闘うのかと。
……それを、捕まえて殺し合いをさせ、あまつさえ賭け事を行うなどという行為は、にわかには信じられない。
「おまえはそんな事をしているのかっ!!」
激しい嫌悪を剥き出しにしてパエリアが叫ぶ。
げっとライスは慌てて顔色を変えた。
「いや、その、なんだ、格闘場ってのは、まぁ、お遊びみたいなもんで、世界中で……」
「なんだとっ!?」
吊り上ったパエリアの眉がますます吊り上る。
ああ、余計な事を言った、とライスが即座に後悔するが遅かった。

パエリアは剣を抜いた。
そのまま格闘場へ駆け下りようと走り出す。
その腕をカシスが慌てて掴んだ。
「パ、パエリアさん、落ちついて……!!」
「これが落ちついていられるか!!」
邪魔をするな、とカシスを睨み、振りきろうとする。
「そんな物騒なものを街中で抜かないで下さい!!行ってどうする気です!人を殺める気ですか!?」
「……っ! ……し、しかし……」
パエリアの語気が弱まったのを見て、カシスは言い募った。
「とにかく、落ちついてください、パエリアさん。勇者であるあなたが、簡単に自分を見失ってはいけませんっ」
「……」
振り上げた剣を降ろす。
そしてゆっくりと鞘に収めた。
「……すまない……」
確かに、自分は簡単に我を忘れてしまうフシがある、とパエリアは思う。
行ってどうする気だったかと言われれば、本当にどうする気だったのだろう。
人を殺めたりは決してしない。……ただその汚れた存在を壊してしまいたかった。
確かに、ムチャな考えだ。
パエリアはため息をついた。

「……ライス。私と旅を共にするなら格闘場などへは2度と足を踏み入れるな」
「あ、ああ」
幾分ほっとして、ライスはこくこくと頷いた。
パエリアはもう一度、闘場へと続く階段に目をやり悲しげに眉をひそめる。
そしてくるりと踵を返した。

「行こう。……疲れた……」

◆◇◆◇◆

その日の、深夜。
むくりとベッドから起きあがる一人の人影があった。
ライスである。

――すぐに戻ればバレないだろう、とひっそりと部屋を抜け出す。
行き先はもちろん格闘場である。
格闘場に限らず、ライスは賭け事のたぐいが大好きな人間なのだった。

そうして、宿の玄関先まで出てきた時。
「おい、ライス……」
不意に声をかけられた。
思わず、うげ、と声を出しそうになる。
振りかえってみると、そこに立っていたのはセロリだった。
「よ、よう、セロリ。やぁ、なんだか、眠れなくってな、ははは」
パエリアにバラされてはコトなので、とりあえずとぼけて見せる。
「……オレも連れてけ……」
「つ、連れてけって……?」
「格闘場だろ? 連れてけよ」
セロリはスタスタと歩いてライスの腕を引っ張った。
「早くしろよ、パエリアに見つかったら大変だろ」

ライスの説明を聞いた時、実はセロリは興味津々で目を輝かせていた。……その後のパエリアのあまりの激昂ぶりに、そんな事はおくびにも出せなかったが。
「よし、じゃ、行くかっ」
ライスはにっと嬉しげに笑い、2人は格闘場へ出かけて行った。

◆◇◆◇◆

そうして明け方近く、2人は戻って来た。
満面の笑みのセロリと、がっくりと肩を落としたライス。
「お前、本当に初心者かよ……」
「オレは運がいいんだよっ」
格闘場で大負けしたライスは、みぐるみ剥がされそうになったところを、大勝ちしたセロリに助けられた。
ライスはセロリに多額の借金をしてしまった。
セロリは手にずっしりと重くなった財布を持っており、軽く見積もっても3000ゴールドは入っている。
「へへっこれだけあればオレだけ良い装備に整えられるなっ」
セロリは上機嫌だった。
――宿に帰り着くまでは。

宿の前に、ひっそりと佇む、長身の青年の姿があった。
2人は同時に、げっ、とうめいた。
「カシス……」

「随分、遅いお帰りで」
そう言うカシスの表情はいつも通りに微笑んでいる。
ライスとセロリは目配せしあって口を開いた。
「いやぁ、眠れなくってな、ちょっと散歩に出てたんだ、なぁ、セロリ」
「そ、そうだぞ!」
慌てて取り繕う2人の言葉は無視して、カシスはセロリの正面までやって来る。
そしてあっという間にセロリの手から財布を奪った。
「あっ何すんだ、返せよっ」
「……いけませんね、子供がこんな大金を持っちゃ」
「だ、誰が子供だっ!!」
セロリは顔を真っ赤にして財布を奪い返そうとするが、長身のカシスが財布を持った手を上に上げてしまったので、飛びあがっても届かない。
「お、おいカシス、子供の金取るなんて……」
ライスもつい口を出す。
と。

「パエリアさんにバラしますよ」

にっこり笑ってカシスは言った。
絶句する2人。

「……安心してください、お金はちゃんとゴールド銀行に預けておきますから。……はい、これは返します」
中身をごっそり抜き取って、軽くなった財布をセロリに手渡す。
……闘場へ行く前より軽くなってしまったようだ。
「ひでぇっ!! ずりーぞっ! カシスっ!!」
セロリは泣きそうになって喚くが、その口をライスが押さえた。
「おい騒ぐな、マジでパエリアにバレたらヤベーぞ…っ」
「〜〜〜っ!!!」

結局儲けた金は全て銀行へ預けられた。
セロリはこの時、カシスも大嫌いだーっと胸のうちで叫んだのだった……。



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