ドラクエ3 〜シャンパーニの塔〜



――バンッ!!!
けたたましい音と共に開け放たれた扉。
剣を振りかざす少女の姿。
「お前がカンダタだなっ!? 私はアリアハンのパエリア!! ロマリア王の命により貴様を捕らえに来た!!」
勇ましくも美しい声を張り上げる。
何も盗賊相手に真正面から挑まなくても、とライスなどは思うのだが口には出せない。少女を守るべく、戦士は1歩前に出た。
「命が惜しかったら大人しくしなっ!」

――カンダタ。ロマリア近辺ではかなり有名な盗賊団の頭である。
薄茶に汚れた頭巾を頭から被り、手には巨大な斧。その並外れた駆幹はライスを遥かに凌ぐ。
カンダタは巨体を揺らして立ちあがった。
「はっはっはっ!! このオレを捕まえるだってぇ?!」
聞いたか、と周囲の子分たちを見まわし笑い声を上げる。とたんにそろって嘲笑が響いた。
「何がおかしい!!」
パエリアがいきりたって剣を構える。
「悪いがオレさまを捕まえる事は誰にもできねぇのよっ!」
ひひひっ、と嫌な笑い声。
カンダタが子分の一人に合図すると、パエリアの足元が揺らいだ。
何、と思うまもなく、足元の床が消えていた。
――!! 罠か!
パエリアはとっさに四角く開いた床の縁に右手の剣を突きたてた。
――落ちてたまるかっ
そして為す術無く落ち行く仲間たちに左手を伸ばし、手に触れたフードを引っ張る。
「……パッ、パエ……リ……ッ!」
掴まれて首が締まったセロリが苦しげにもがいた。
「うおおおおっ!!」
パエリアは渾身の力でセロリを引っ張り上げ、頭上の床の上に放り投げた。
「わあああぁ!」
セロリの情けない悲鳴は無視し、自らも勢いをつけ床の上に飛び上がる。
カンダタは既に逃げだしていた。
「逃さん! 行くぞセロリッ!!」
猛然と駆け出す。
「お、おう!」
セロリも慌てて後を追った。

「おーいっ!! パエリアっ!!! 待て、戻れっ!! 深追いすんなっ!!!」
階下に落ちたライスが必死に大声を張り上げたがパエリアは振りかえりもせず行ってしまった。
「僕達も早く行かないとっ!! 2人だけじゃ危険ですよっ!!」
同じく階下に落ちたカシスが顔色をかえて叫ぶ。2人は慌てて階段を目指し駆け出した。

◆◇◆◇◆

「ちっ、しつっこい奴らめ!!」
カンダタを追い詰めたパエリアとセロリ。
しかしその態勢は傍目にはどう見ても不利にしか見えない。
「なんだぁ?小僧とガキが追ってきたのか」
わっはっはっと、カンダタが馬鹿にした笑い声を上げた。
「おかしら、ありゃ女ですぜっ」
子分の一人が言うと、何、とカンダタが目を剥く。そして再び笑い声を張り上げた。
「はっはっは、こりゃいい、女とガキかよ」

「バ、バカにすんなっ!!誰がガキだっ!!」
セロリが喚き、パエリアは低くうめいた。
「……なめるなよ……」
パエリアは一瞬の内に間合いを詰める。狙いはカンダタ一人。
「覚悟っ!!」
――ガキィンッ!!!
振り下ろした剣を斧で受けとめ、カンダタが顔色を変える。それは想像を越える力と太刀筋だったのだろう。
「こりゃ……」
カンダタの腕の筋肉が膨れた。
「なめられねぇって事か!!」
力任せに押し返された斧にパエリアの細身が吹っ飛ぶ。
「……くっ……!!」
しかし直ぐに態勢を立て直し、再び切りかかろうと床を蹴った。

「おかしら!」
周囲を取り囲んだカンダタの子分たち3人。それぞれに剣を持ちパエリアに向かう。
さすがのパエリアも3人同時の攻撃はかわしきれない。
「……っ!!」

「パエリア伏せろっ!!」
セロリの声が飛んだ。とっさにパエリアは剣の嵐を避け床を転がる。カキン、カキンと床を叩く剣戟の音。

『イオッ!!!』
――ガガガガァアアァンッッ!!!
激しい爆撃が巻き起こった。
「ぐあああっ!!」
カンダタはとっさに両腕で自身を庇った。部下たちは悲鳴を上げ燃えあがる。
黒煙を上げて床に突っ伏した子分らは、まだ生きてはいるようだが戦闘不能だった。
「へんっ! ガキ扱いするからだ……っ」
セロリは肩で息をついた。

「てめぇら……っ!!」
カンダタは激しい怒りをあらわに斧を振り上げた。そして猛然と突進してくる。
「下がれセロリッ!!」
パエリアはセロリを突き飛ばし剣を構えた。
神経を研ぎ澄ます。
カンダタの豪腕が物凄いスピードで大斧を振るった。
「……受けるまでも……」
パエリアが低く重心を沈めると、斧はブオオオッと激しい音を立て空を切る。
「ないっ!!」
――ザシュッ!!!!
パエリアの剣がカンダタの大腿を捕らえた!
噴き上がる血飛沫。崩れる巨体。
「ぐおおおおっ!」
カンダタは悲鳴とともに倒れ伏した。その手を離れガランガランと床に鳴る斧。

パエリアは喉元に剣をつき付ける。
「さあ、勝負あったな、カンダタ」
荒い息を吐きながら大男を睨めつけた。
「ちっ……」
苦々しげに吐き捨てるカンダタ。
「分かった、負けたよ、嬢ちゃん。……冠は返す。それでいいだろ? な?」
カンダタは腰の皮袋に手を伸ばし金の冠を取り出した。確かにロマリア国の物だ。
しかしパエリアは厳しい表情を崩さない。
「ダメだ。お前には罪を償ってもらう。一緒にロマリアへ来てもらおう!」
「……」
カンダタの腕が動く。
「……そうかいっ!」
次の瞬間。
パエリアの視界が反転した。物凄い勢いで足を引かれる。
「うぁっ!!」
カンダタはパエリアの足首を掴んで立ちあがった。不意をつかれ剣を叩き落される。
「パエリアッ!」
セロリが叫んで駆け寄る。
「動くなっ! 妙な真似しやがるとこの嬢ちゃんの首をへし折るぜ」
「!!」
セロリの動きが止まる。
カンダタはパエリアを逆さに持ち上げ、顔面を床に押し付けた。そしてその後頭部を片足で踏みつけたのだ。
カンダタの足からは確かに大量の血が噴き上がっているというのにこの力強さは何だ、とパエリアは愕然とする。
必死に逃れ様ともがくが力では到底敵わない。
「……! うう……っ」
「へっへっへ。さて、どうしてくれようかね……」
カンダタが嫌らしい笑い声を立てた。

その時。
バタバタと駆けつける足音。
「パエリアッ!」
「パエリアさんっ!!」
ライスとカシスである。

「……ちっ! 来やがったか」
カンダタは2人の姿を見ると、パエリアを引っつかんだまま駆け出した。
「くぅ……っ離せっ!!」
「黙りな!」
もがくパエリアをカンダタは鋭く制す。切った足は激しく血飛沫を上げているが、ものともせずカンダタは走った。

「待てっ!!」

カンダタは塔の端まで駆けた。ライス、カシス、セロリの3人が追い詰める。後はない。落ちるだけだ。
「おい嬢ちゃん、オレと心中するか……?」
カンダタがパエリアを掴む腕を伸ばすとその下に広がるのは広大な草原。
「や、止めろっ!!」
セロリが悲痛に叫ぶ。
ひょうっと冷たい風が髪の間を通りぬけ、突きつけられる高さにパエリアは軽いめまいを覚えた。
落ちれば助からない。今自分の命はカンダタに握られている。
さすがのパエリアの背にも冷たいものが流れる。

「へっへっ、じゃあなぁっ!!」
カンダタはパエリアを放り投げた。
――!!!
しかし自分の体が飛んだのは、思った方向とは違う。
受けとめられたのは戦士のごつい腕の中。
カンダタはライスめがけてパエリアを投げつけたのだ。

カンダタは塔から飛び降りた。
慌ててセロリが叫ぶ。
「あいつ、死ぬ気かよっ!」
カシスはカンダタが跳躍した端まで駆けてその行方を目で追った。
「……っ! キメラの翼……っ!!」

カンダタの姿は地上へつく前に消えた……。

◆◇◆◇◆

「ああ、それにしても、良かったです。パエリアさん、ご無事で……」
床に座り込んだカシスは同じく座っているパエリアの両手を握り、安堵のため息をついた。
しかしパエリアは悔しげに眉をひそめている。
「結局、逃がしてしまったな……」
「何言ってるんです! もう、あんなムチャな事をしないでください!! あああもう、こんな怪我をしてしまってっ!!!」
パエリアは額から血を流していた。床に踏みつけられた時に出来た傷。しかしさほど深い傷ではない。ただの擦り傷だ。
全く過保護な男だ、とため息をつき、パエリアは立ちあがる。
「いいから、ほっておけ。この程度の傷、なんでもない」
「そういう訳には行きませんよっ!! ほら、ちゃんと見せて下さいっ!!!」
「いいったら」
パエリアはうんざりしてカシスに背を向けた。
と。不機嫌そうな顔つきのライスと目が合った。
「……なんだ。お前も何か言いたそうだな」
そう言えばカンダタを追って駆け出した時、ライスの呼びとめる声を聞いている。ほとんど耳を通り過ぎていっただけだが。
「……」
ライスはパエリアの正面までやって来て、すっと手を伸ばした。そしてパエリアの前髪を掻き上げる。
「……あ〜、こりゃひでぇ……」
「な、何をするっ!」
パエリアはすっと顔を赤らめた。
「ほらカシス、とっとと治してやれよ」
「イイと言ってるだろう!」
どうしてこいつらはこうも過保護なのか。
「あんたな、せめて顔ぐらい大事にしろよ?」
その台詞は。
自分をお嬢ちゃん、と呼び止めた時と同じ響きだ。パエリアはかぁっと頬を染める。
「余計なお世話だっ!」
ライスの手を押しのけようと手を掛けるが、しかしそのごつい手は離れない。
「大人しくしろって。……それとも薬草擦りこまれたいのかよ」
にっと笑うライスの表情。
「……っ」
カシスがやってきて額に手を当てた。施されるホイミの呪文。それは心地良いものだったが、押さえつけられる屈辱の方が大きくパエリアは眉を寄せる。
「……ひとつ、言っておく」
呪文が終わり解放されると、パエリアは1歩下がって2人を見上げた。
「私がパーティのリーダーだ。私に従う気がないなら来なくて良い」
「もちろん、僕はいつだってパエリアさんに従いますよっ」
カシスが笑顔で答える。
ライスもにっと笑った。
「当然だろ?」
2人とも即答だった。
「……」
……信用できない。たぶんこいつらの過保護は直らないんだろう、とパエリアは諦め混じりのため息をついた。



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