ドラクエ3 〜夢みるルビー〜



「……っ、どうして」
パエリアはその手紙を握り締めうなだれた。
理解できない。分からない。恋愛などした事も無い自分には、到底分かり得ない感情なのか。
……何故、命を捨ててまで。
そのルビーは怪しいほどに赤く、吸い込まれる感覚に体が麻痺する。
ルビーの魔力に惑わされたか。

パエリアは大きく首を横に振った。
……自分は、死人を探しに来たわけではなかったのに。


それは眠れる村ノアニールにかけられた、エルフの呪いを解く為に。
エルフの隠れ里を尋ね、女王に頼んだ。村の呪いを解いて欲しい、と。しかしエルフの女王は、娘のアンと村の男が駆け落ちしたから、と言って、人間を信用しようとはしなかった。
だから、その異種族の恋人達を探すため、洞窟に潜ったのだ。

それなのに。

◆◇◆◇◆

「……なぁ、元気出せよ、パエリア」
意外な程落ちこんでしまった勇者の丸まった背を、ライスがポン、と叩く。
「……」
「そりゃ、気の毒な話だと思うけどなぁ」
エルフのアンと男は死んだ。洞窟の最奥に湧く、湖に身を投げて死んだのだ。
そして残されていた手紙には、『許されない愛ならば』と。
「……私は至って元気だ」
返った返事の暗く沈んだ声。
やれやれ、とライスは肩をすくめた。全く見ず知らずの他人の話であるというに。
それでなくとも暗い洞窟の中の事、雰囲気に耐えられなくなったのか、セロリが明るい口調で話し出した。
「ま、その手紙と『夢見るルビー』を持ってけば、あの高慢ちきな女王も話くらい聞いてくれるだろっ!あの村は助かるさきっと!!」
「……」
しかしパエリアは押し黙ったままである。
気を効かせてカシスが返事を返してやった。
「そうですね。あの村が助かるなら、ここへ来たかいもありますよ」
ライスも努めて明るく返す。
「だなっ!」
そして、3人同時にパエリアの背を見つめた。

……が。パエリアは黙ったまま。すたすたと先頭を歩いていく。相変わらず肩は下がったままである。
カシスは心配になってパエリアの前に回りこんだ。
「パエリアさん?本当に、大丈夫ですか?」
「…至って、元気だと言った…」
その声は少ししゃがれ、語気も弱々しい。
「…声が掠れてますよ、大丈夫ですか!?」
慌てて身をかがめ、うつむいた顔を覗きこむ。
「……! パエリアさん!?」
パエリアの目は真っ赤だった。

パエリアはカシスを肩で押し退け、早足で先を歩く。
押し退けられたカシスは驚いてパエリアの背を振り返った。
ライスが不思議そうに後ろから声を掛ける。
「? どうした、カシス? パエリアは…」

と。
パエリアは突然歩みを止めた。
そして、ぽつり、と一言。
「…可哀相だ…」
3人がハッとしてパエリアの背を見つめる。

パエリアはぎゅっとルビーを握り締めた。
――死んで一緒になれるなど、保証なんてどこにもないのに。
パエリアはもう一度、大きく首を横に振った。
勇者は。いつも強くなければいけない。こんなことで泣いてはいけない。
…いけないだろうか…?

パエリアはゆっくりと3人を振りかえった。
「……これで。村の呪いは、解けるか…?」
右手にルビーを握り締め、揺れる瞳で真摯に尋ねる。
「あ、ああ、解ける!!!」
ライスは意気込んで答えた。
「もちろんですとも!」
「だ、大丈夫に決まってるさ!」
カシスとセロリもそれに続く。

すると、パエリアは、ふ、と笑った。
「そうだな……」
……ならば少しは。少しはこの恋人達も、救われるのではないだろうか…。
パエリアは手の中のルビーをじっと見つめる。

吸い込まれていきそうな、そのパエリアの横顔に。3人の男達が思わず息を飲んだのを、本人だけが気づかなかった……。



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