ドラクエ3 〜黄金の爪〜
「セロリッ!! その爪を捨てろっ!!!」
パエリアの緊迫した声。
「うわぁああっ!!」
セロリは手にした『黄金の爪』を放り投げた。
カシスは槍を握り締め、周囲を見まわす。
「……! ダメです…っ!」
「ちっ……もう遅ぇみたいだな!」
ライスもすらりと剣を抜いた。
そこは薄暗い地下。ただの地下ではない。ピラミッドの地下である。
本人の資質ゆえか、セロリはその棺に強い魔力を感じ取ってしまった。
……どうしても、開けずにいられなかったのである。
4人はフロアを埋め尽くすほどの魔物に取り囲まれていた。
その数は数十にも数百にも見える。
「全部相手にしていては……全滅です」
カシスはすっと冷たく流れる汗を感じて言った。
「へっ! 俺はパエリアを守りきるぜ!」
頼もしい台詞のライスの表情にも、やはり緊張の色は隠せない。
セロリに至っては蒼白だった。
何しろこの地下ではどういうわけか呪文が使えない。不思議な力でかき消されてしまう。
魔法使いのセロリには、為す術が無いのだ。
パエリアは剣を高く掲げ、1歩前へ踏み出した。
「突破する!!」
それが合図だった。
取り囲むモンスターが一斉に飛びかかってきた。
「うおおおおっ!」
◆◇◆◇◆
熱気と怒気が渦巻く、激しく長い戦闘。
その最中に、血にまみれたセロリがうずくまった。限界が近い。
「…ぅうっ…ぅっ…」
パエリアはセロリの前に飛び出した。
「……っ! 下がれセロリ!」
襲いかかるミイラ男の攻撃を剣で受けとめる。
「くぅぅっ」
そのパエリアの腕からも足からも、やはり血が滲み流れ出ている。
「だああっ!!」
パエリアの剣がミイラ男の腕を吹き飛ばした。
「走れっ!!」
枯れた声を張り上げる。
そのパエリアに、『大王ガマ』が飛びかかって来た。駆けつけたライスがガマの頭を大剣で叩き潰す。
息つく間もなく、凶悪な『軍隊ガニ』が弱ったセロリにハサミを向け襲いかかった。
間一髪、飛びこんだカシスは、セロリを引きずって逃げだした。残り少ない薬草をとりだし、口に含ませてやる。
……4人は絶体絶命といえる危機に追い込まれていた。
際限無くあらわれる魔物達。
ほんの少しの前進もままならない。
切り裂き、薙ぎ払い、ただひたすら出口を目指した。
……まだ。まだ、出口は遠い。
「ダメですっ、セロリさんが…っ!」
『毒いも虫』にやられ毒の回ったセロリが、ミイラ男の攻撃を受けてとうとう動かなくなった。
カシスはセロリの青白い顔を覗きこみ、その場にへたりと座り込んだ。
「セロリッ!」
パエリアは叫び、飛びかかる『火炎ムカデ』を切り裂いて、必死に2人に駆け寄った。
セロリのまぶたは硬く閉じられている。
「くっ……死なすわけにはいかない!」
パエリアはセロリを引きずり上げ、肩に担ぎ上げた。
「カシス立てっ」
土と埃と血と汗と。すっかり薄汚れた勇者は少年を担ぎ、それでも必死に前を目指す。
「とにかくここから出るんだ!」
励まされて、カシスはよろめきながらも立ちあがった。
ライスが魔物を押し退けてパエリアに近づいた。
「貸しなっ!」
横から腕を伸ばして、ひょいっとセロリを抱き上げる。
「へっ、この程度でへばってらんねぇよなぁっ!!」
そう言うライス自身もあちこちに大きな傷を負っていた。
「助かる」
パエリアは薄く笑った。
「行くぞっ!!」
◆◇◆◇◆
照りつける太陽。揺らめく陽炎。
外だ。
熱い熱い砂の上が、これほど安心出来るとは。
4人はとうとうピラミッドの外へ出た。
「カシス、セロリを…っ」
パエリアは必死の形相でカシスを見つめる。
カシスはうなずいた。
「大丈夫、ここなら、呪文が使えます」
まず『キアリー』で毒消しを。続けて『べホイミ』をかけてやる。
カシスの顔色も相当悪い。
それでも呪文は成功したのか、セロリがうう、とうめいて身動きした。
パエリアはホッと息をつき、ライスを振りかえった。
「よし、街へ戻ろう、キメラの翼は…」
「あるぜ」
ライスは既に袋から出しておいたキメラの翼を見せる。
4人はイシスの城下街へ飛んだ。
◆◇◆◇◆
それから丸1日。
4人は眠りつづけた。
最初に目を覚ましたのはライスだった。
身を起すと、傷ついた体のあちこちがまだ痛んだ。
「ちっ、痛てぇ……あぁ、マジで危なかったな…」
ふう、と息をついて同室のカシスとセロリに目をやる。
まだ2人は昏々と眠っていた。
……セロリは一時、本当に危なかったのだ。
「……でももう、大丈夫だよな」
今は安らかなその寝顔を覗き、安堵のため息をつく。
それからふと気になって、ライスはパエリアの部屋へ向かった。
鍵は掛かっていなかった。
「パエリア……」
声をかけると、疲れた表情の少女が振りかえった。
寝ているかと思って行ったのだが、既に半身を起こし、ベッドの支柱にもたれていた。
「……ライス」
少女の返す声に、ライスはホッとして笑う。
「もう起きれるんだな」
言うと、少女も薄く笑った。
「……お前こそ」
しかしその笑顔は、すぐに暗く曇った。
「セロリは……大丈夫か…?」
不安げに揺れる眼差し。
「ああ、カシスが必死で呪文かけてやってたからな。まだ寝てるが、もう大丈夫だ」
ライスはニッと笑って見せた。
「……そうか」
いくらか安心したのか、こわばった顔から力が抜ける。しかしまだ目を伏せて、暗い表情。
「…すまない…」
少女の口から漏れたのは、苦しげな呟きだった。
「?」
ライスは不思議そうに首を捻った。
「何がだ?」
少女は胸元に手をやって、辛そうにうなだれた。
「……危ない目に合わせた。あと1歩で、全滅するところだった」
小さな体が小刻みに揺れている。
「なんだよ、別にあんたのせいじゃないだろ?」
――大体、呪いのかかった棺を開けたのはセロリだ。ライスは慌ててパエリアの側に駆け寄った。
パエリアは、泣いていた。
「私のせいだ。……止めれば良かった。嫌な予感がしていたんだ。あの時」
「予感って言ったって…」
「私が。リーダーだ。……私のせいだ……」
きっぱりと言って、また、すまない、と呟く。
体を震わせ、嗚咽を押し殺しているが、ぱたぱたとシーツに染みが出来た。
「パエリア…」
……どう言って、なぐさめたらいいのだろう。ライスは必死に言葉を探した。27年も生きているのに、と自分の頭の悪さに腹を立てて。
それで。
そっと、手を伸ばした。
「……!」
包み込まれる感触に、パエリアはハッとして顔を上げた。
普段のパエリアならば、きっと殴り飛ばしているところ。
ライスは両腕でパエリアの肩を抱いたのだった。
あまりの事に声も出せず、ついでに息も止まった。
ちょうど頭の後ろに胸板があたる格好で、耳元にライスの囁く声が聞こえる。
「あんたのせいじゃねぇよ…」
反射的に、振り払おうと上げられた腕から、するりと力が抜けて落ちる。
「……」
流れ込む人肌の熱。わずかな重さと圧迫感。
初めて味わう感覚の、その余りの安心感に。パエリアは身動き出来なくなっていた……。
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