ドラクエ3 〜恋人の岬〜



「……船か。欲しいな」
ポルトガの街道。
海に近いその場所は、潮の香りが漂い、波の音が絶え間無い。
パエリアは道を歩きながら、王の言葉を思い出していた。
「『くろこしょう』か…」
それは、この西の国では一粒で黄金に値する、高価な高価な調味料である。
この国の王は、それを持ちかえれば、船を与えると言ったのだ。
「行くか? 東の国に」
ライスがにっと笑って声をかける。
「…うん…」
パエリアは眉根を寄せ考えるしぐさをした。
するとセロリは意気込んで声を上げる。
「じいさんが言ってたぞ! 『急がば回れ』だってさ! 行こうぜ!!」
その目は興味津々に輝いている。くろこしょうが気になっているのだ。
カシスは特に意見は無いらしい。どちらでもいいんだろう、この男はパエリアに従うだけなのだ。
「……では、行くか!」
パエリアが言うと、3人は笑顔でうなずいた。

一行はひとまずポルトガに宿をとり、翌日から東へ引き返すことにした。さらに東の地を目指して。

◆◇◆◇◆

夜。

パエリアは波の音に目を覚ました。
眠りが浅かったのか、少し気分が悪い。頭だけ妙に冴えていて、再び眠る気にはなれなかった。
パエリアはひっそりと宿の外に出た。

(風が気持ち良いな…)
暗い夜道を歩いて、岬のほうへ出る。
昼間、そこに居た吟遊詩人に、ここは恋人達が語らう場所だと聞いた。

パエリアはそこにあったベンチに腰掛け、ぼうっと遠くの海を見つめた。
(恋人の岬、か…)
そしてふ、と薄く笑う。自分にはあまりにも縁遠い響きだ。
旅立つ時に言われた、ルイーダの言葉が思い出される。
『あんたもイイ年頃の女だってのに…』
年頃も何も。……どうにもならないな、とパエリアは一人でくすくす笑った。

そして、パエリアは故郷の海に想いを馳せた。
この海は、遠いアリアハンまで繋がっているのだろう。母は平穏に暮らしているだろうか。
『さあ、お行きなさい』
そう言った時の母の目は、少し潤んでいた。
優しい人。夫である父を亡くしても、自分を育て、強く生きていた。女らしくしなやかに強い人。
母を誇りに思う。父ももちろん誇りに思う。2人とも尊敬している。

……裏切れない。決して。
なにより世界を平和に導くというその使命に、自分は誇りを持っている。必ずやり遂げて見せる。

……しかしどうしてなのだろう、時々、ほんの少しだけ。弱い心がうずくのだ。
――平穏に暮らしたい。
こんな風に眠れない夜は。
ほう、と息をついてまた海を見つめる。

「パエリア?」
唐突に声を掛けられて、パエリアはぎくり、と身をすくめた。
「……ライス」
振りかえるとそこには見慣れた大きな男の姿。
男は意外そうに言う。
「…なんでこんなところに…」
それはこちらの台詞だ、と一瞬考えるが向こうも驚いている様子。

ライスはすたすたとこちらへ歩いてくる。
「……なんでだろーな、目が覚めちまってよ」
こんな事はめったに無いんだが、とライスは軽快に笑った。
「座って良いか?」
パエリアが腰掛けるベンチの隣を指差す。断る理由も無いので、うなずいた。
「……」
距離が近い。圧迫感を感じる。
感じる妙な不快感に、パエリアは眉を寄せた。

「あんたさぁ、いっつも、しわ寄せてるよな、ここ」
とんとん、とライスは自分の眉間を指差す。
「……。余計なお世話だ」
パエリアは身じろぎもせず、短く答えた。
奇妙な不快感が大きくなる。
「冷てぇなぁ…」
ライスは、はぁっ、と大げさにため息をついた。
それからパエリアに顔を近づけ、じっと覗きこむ。次にその頬に触れようと、手を伸ばした。
「笑ってたら、かわい…」

最後まで言えなかった。
ライスの指が頬に触れた瞬間、パエリアの拳が飛んだのだ。
ザザザッと砂に音を立てて飛ばされたライス。
パエリアははぁはぁ、と荒く息をついた。

「……私にっ」
必死に振り絞る、掠れた声。
「私に触れるなっ!!!」
それだけ叫んで、パエリアは駆け出した。
とにかく不快だった。――不快だったのだ。

パエリアは、あっという間に岬から消えてしまった。

「ぃっっつぅ〜〜……っ」
ライスは殴られた頬をさすって、何とか起きあがった。
「……いくらなんでも、ひどすぎねぇか…?」
やれやれ、と呟いて立ちあがる。
そして首を捻った。
「な〜んでこんな嫌われちまったんだろ……??」
あ〜あ、と深いため息をついて、ライスはとぼとぼ歩き出した。



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