ドラクエ3 〜勝負〜



「私に任せてくれ!」
パエリアは激しい剣幕で叫ぶとくるりと身を翻し、あっという間に駆け出した。
「パエリア!」
仲間達が慌てて後を追う。
取り残された老人が、呆然とその後姿を見送った。

聖なる河の流れる街、バハラタ。
パエリア一行は『くろこしょう』を求めてやってきた。
しかし目当てのその店は、営業休止中だった。なんと店の主人の老人の、1人娘がひとさらいに攫われたと言うのだ。
当然のことながら、正義感の強いパエリアは娘を救い出すと言い出した。
しかし。
「見ず知らずの人になんて頼めませんよ…っ!」
そう言って街を飛び出してしまったのは、さらわれた娘の恋人『グプタ』という青年だった。
素人が1人で、人攫いの集団に立ち向かうなどムチャも良い所である。
老人は慌てふためき、青い顔でパエリアにすがった。2人を救ってくれ、と。
その返事が、『任せてくれ』である。

◆◇◆◇◆

アジトはすぐに見つかった。
洞窟の中に作られた人工のフロア。
パエリアは息を潜めて敵の様子を覗った。人の数は案外少ない。グプタと娘の姿はそこには無い。
「……勝てる! 行くぞ!」
まだ押さえた声でそう言うと、カシスが首を横に振った。
「いえ、人質を先に探しましょう! 盾にされると厄介です」
「……そうだな」
うなずいて、先のフロアへ進む。
牢屋を見つけた。

「あ、あの時の勇者さん!」
グプタがこちらの姿を見つけ、格子に駆け寄ってくる。
「助けに来てくれたんですね!」
パエリアがうなずくと、グプタは壁のレバーを指差した。
「あのレバーでこの格子が開きます! 勇者さん、あれを…」

「待ちな!!」
野太い声が飛んできた。
見つかったか、と剣に手をかけ振りかえる。そこには子分を引き連れた、見覚えのある大男の姿があった。
「……カンダタ!?」
その並外れた巨大な体に汚い頭巾。見間違え様も無い。
カンダタの方も驚いた声を上げる。
「お? …あの時の嬢ちゃんか! またこうして逢えるとはねぇ…。今度は何の用だっ!!!」
「貴様っ! 物だけで無く人間まで攫うとは…!!」
するとカンダタは、はっ、と馬鹿にして笑う。
「どっちにしろ売っ払えば金になる! 同じ事だろうがっ」
「許さん!!」
パエリアはいきり立って剣を抜いた。合せてライスも剣を抜き前に出る。
カンダタの周りにも駆けつける子分たち。
「今度は前のようには行かねぇぜ!!」
叫ぶカンダタに応えて駆け出すパエリア。その、眼前に。太い腕が伸びてパエリアの行く手を遮った。
「悪いが」
ライスである。
「こっちも前のようにゃいかねぇんだよっ!!」
一気に駆けだしたライスの剣とカンダタの斧が交わった。
――ガキィッンンッ!!!
カンダタの方が一回りでかい。しかし力は互角のようだ。
「へっ!どうしたカンダタ!!そんなもんかよっ」
「このヤロウ…!!」

ライスとカンダタの攻防が始まって、出遅れたパエリアは子分たちに睨みをきかした。
「仕方ない……私はこっちを相手しよう!」
――カキィンッ、ガキィッと金属の鳴り響く音。3人を相手にしても、今回は圧倒的にパエリアが上手である。
「オレにもやらせろよっ!」
セロリが杖を振りかざした。
『ベギラマッ!!!』
吹き上がる爆撃。渦巻く炎。
悲鳴を上げ逃げ惑う子分たち。
戦況は圧倒的に有利だ。

「さ、早くっ、こっちです」
カシスは何時の間にか牢を開け、グプタと娘を助け出していた。

――ガチィッッ!!
ひときわ大きな金属音が鳴り響き、ライスの剣がカンダタの斧を吹き飛ばした。もんどりうって倒れるカンダタ。
その額には斜めにぱっくり傷が入り、汚い頭巾が剥がれ落ちる。
現れたのは、予想通りのいかつい中年男。
「へっ! 俺の勝ちだなぁっ、カンダタッ!!」
ライスが大声で宣言すると、ほとんど戦意を無くしていた子分たちはちりぢりに逃げ出した。

「分かったっ! すまねぇっ!!」
カンダタは片手を伸ばし、ずるずると肘で後退する。
「なぁ、もう悪い事はしねぇっ! 許してくれ!!」
「ああっ?!」
ふざけんなよっ、とライスはカンダタの腹に足を掛け、マントに剣をつき立てた。
パエリア、カシス、セロリが集まる。

4人に取り囲まれ、子分も無くしたカンダタは必死で命御いをした。
「どうしますかパエリアさん?」
なんなら僕が手を下しますよ、とカシスはあっさり言ってのける。
げっ、とうめいてカシスを見上げる、何とも言えないセロリの表情。……人間を殺した事はないのだ。
「いや……」
パエリアはカンダタをじっと見下ろした。
「本当に。二度と悪事を働かないと誓うか」
「ああ、誓う!」
「では…」
パエリアはカンダタを押さえつけているライスに視線を送る。放してやれ、と。
「本気かよパエリア!? 甘いぞっ?!」
「……」
セロリはオロオロと様子を見守っている。カシスはパエリアの意見なら、と口は出さない。
「こいつは、あの塔で私の命を一度助けた。……だから……」
「じゃあ、殺さなくても、ふん縛って城に突き出してやりゃいいじゃねぇか」
ライスの意見に、パエリアはふるふると首を横に振る。
「…捕まればどうせ縛り首だろう」
「……〜っ!!」
ライスはちっ、と吐き捨てカンダタを押さえつけていた足を上げた。バリバリと頭を掻いて、突きたてた剣を引きぬく。

カンダタは、ありがてぇっ、と言って飛び起きた。
ちきしょうっ、とライスの悔しげな声。

カンダタは出口まで走ると、振り向きざまに捨て台詞をくれた。
「これで引き分けだなっ! 嬢ちゃん、勝負ってのは最後に生きてる奴が勝ちなんだぜっ!!」
はっはっはと甲高く笑いながら、カンダタは風のように走り去った。

「…くっ…!」
パエリアは顔を歪めてその方向を睨む。……やはり甘かったのだ。
だから言ったろう、とため息混じりのライスの呟き。

「まぁまぁ、これで『くろこしょう』は手に入ります。グプタさんも娘さんも助けましたしね。良かったじゃないですか」
カシスはにこにこと笑ってパエリアを慰めた。……その笑顔にはどうも顛末を読んでいたフシがある。
「……」
まだ悔しげなパエリアの、その背をライスがぽんと叩いた。
「ま、逃がしちまったもんはしょうがねぇ。とりあえず目的は果たしたしな」
ライスはけろりとして笑った。

セロリは。人間を殺さずに済んだ事に内心ホッとしつつ、微笑む僧侶に戦慄していた……。



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