ドラクエ3 〜こしょうの効能〜



小さいとはいえ、さすが一国の王がくれたその船は、見た目にも美しい帆船で、乗り心地が良く滑るように海を走った。
波も風も穏やかで、甲板の日差しが心地良い。

ひとり、セロリだけが浮かない顔をしていた。
「あ゛、あ゛、あ゛ー、喉が、痛い……」
手すりにもたれて舌を出している。
くっくっく、とライスは笑いをかみ殺している。
「ばっかだなぁ…」
「うるざい…っ!!」
本当ならば激しく言い返すはずのセロリの声はしゃがれていて、とてもそれ以上は続けられなかった。
「ひっひっひ」
遠慮無く笑い続けるライスを、セロリは悔しげに睨んだ。


それは、無事バハラタの街で『くろこしょう』を手に入れ、ポルトガへと向かう道中の事である。
小さな黒い粒の詰まったビンを、セロリは珍しそうに眺めていた。
「こんなのが、そんなに美味いのかぁ…」
「まぁ、それがあるのとないのとじゃあ、風味が全然違うわな」
そんなに大層な値打ちのもんじゃないが、とライスが応える。
「ふ〜ん」
しげしげと見つめ、セロリは大さじ一杯分ほどを手のひらに出してみた。

「おいセロリ、食べてはダメだぞ、それは王様に届…」
先頭を歩いていたパエリアが振りかえって言いかけた時。
セロリの顔には血が昇り文字通り真っ赤に染まっていた。……遅かったのだ。

「ゲホゲホゲホゲホゲホッ!!!」

「何してるんですか、セロリさんっ!」
「げーっ、…うげーっ」
セロリは涙目になって両手で喉を押さえる。
「バカですねぇっ!そのまま食べるなんて……それは調味料ですよ?!」
「…〜っっ!!!」
言い返したいがとても声など出せる状況ではない。
ライスは腹を抱えて大笑いしている。

パエリアは青くなってその様子を見ていた。
とても笑えなかった。……自分も、出来る事なら食べてみたい、とそう思っていたトコロだったから。

◆◇◆◇◆

そして船の上。
あれから3日経っている。
「いい加減、しつこいですよ、ライスさん」
カシスがやんわり言って、セロリを慰めようとしたが、カシス自身も笑いを堪えているので説得力に欠ける。
「はははっ、コショウくらいアリアハンにだってあるだろうに、バッカだなぁ」
「ま、まぁ加工されてるものと、こしょうの実では見た目も違いますしね…」
セロリは涙目でギロッと2人を睨んだ。

……と、パエリアは1人真面目な顔でセロリに近づいた。
「大丈夫か?セロリ」
ぽん、と肩に手をかける。
「……回復しようか」
パエリアは簡単な回復呪文なら操れる。
「……い、いいよっ」
セロリは真っ赤になった顔をぷいっと背けた。
「…そうか?」
パエリアは心配そうにセロリを見下ろしている。

「大丈夫ですよ、パエリアさん。一時的なものですから」
カシスは笑顔で言って、それからふと真顔になり、首を捻った。
「……でも、まだ治らないなんて、おかしいですね……風邪でも引いたんでしょうか。念の為回復しましょう」
「いーよっ…!」
激怒の形相でセロリはカシスを見上げる。
「いーからやってもらっとけよ、一応な」
ライスが近づいて後ろからセロリを押さえこんだ。
「!!」

悔しそうにもがくセロリに『べホイミ』が施された。

◆◇◆◇◆

船は一路南を目指している。

夜。
パエリアは甲板で見張りをしていた。仲間達は船室で眠っている。

穏やかな波を見つめながら、魔王の事を考えていた。世界は今はまだ平和に見える。
しかしこれからだんだんと、その影は世界を覆って行くのだろう。
一刻も早く。早く魔王を倒さなければ。
そう思う気持ちとは裏腹に、今はまだ何を為せば良いのか、手がかりが見つからないのだった。
――気ばかりが焦る。
パエリアは首を横に振り、剣の手入れでもして気を静めようと手を伸ばした。
その時。

突然、海が激しくあわ立った。
「…っなんだっ?!」
剣を取り身構える。
それは『痺れくらげ』の群れだった。くらげ達は一斉にパエリアめがけ飛びかかってくる。
「…ふっ…」
(この程度の魔物なら、仲間を呼ぶ必要もない)
そう判断したパエリアは、大きく息を吸い込み、飛びかかる群れめがけ剣を振るった。
――ザンッ!!

2体が切り裂かれ甲板に転がった。残りは……
(3体か)
痺れくらげ達は切られた仲間を見て用心深くなったのか、ジリジリとパエリアに間合いを詰めてくる。パエリアは静かに剣を構えその出方を見守った。
(あと2歩分)
そこまで来たら、一気に切る。

と。
突如、何者かに足を捕まれた。
「!?」
無防備だった。
背後から『マーマンダイン』が迫っていたのだ。
「く…っ!!」
――私とした事が!!

仰向けに引きずり倒されたパエリアに、マーマンダインは容赦無く襲いかかる。
「舐めるな!」
パエリアは倒れた姿勢のまま腕を伸ばした。
『ギラ!!』
夜闇を照らす真っ赤な炎が至近距離からマーマンダインの顔面を焼く。ウロコの焦げる悪臭が周囲に漂った。
そのまま足を掴んでいた腕を切り落とそうと剣を振り上げる。

しかし。
近距離に近づいた、痺れくらげ達の触手が、一斉にパエリアの体に巻きついてきた!
「!!!」
青白い電流が走り、パエリアの細身が闇に浮かびあがる。

(こんな事で…っ)
絶対に意識を失うわけにはいかない、とパエリアは激しくもがく。
しかし視界は徐々に狭くなっていく。
(く…!)


『ベギラマッ!!!』

どこからか聞いた事の無い男の声が聞こえた。
電撃は器用にパエリアを避け、痺れくらげの群れを焼き払った。

「うっ…けほっ…」
解放され床に放りだされたパエリアは僅かにうめいた。

「大丈夫か?!」
男の声が足音と共に近づいてくる。

パエリアは必死で体を反転させ、剣に手を伸ばした。
そして叫ぶ。
「誰だっ!!」
――助けられたとはいえ、聞き覚えの無い声。
知らない奴など居るはずは無い。何しろここは船の上だ。
パエリアはよろよろと立ちあがり、剣を構え警戒する。

「オ、オレだっ!! オレだよっ!!」
しかしその声に覚えは無い。
パエリアは剣を握る手に力を込めた。
「だ、だから、オレだって!!」
「……?」
暗い船の上、相手の姿に目を凝らす。

「……セ、ロリ…?」

パエリアは危うく手にしていた剣を取り落としそうになった。
確かにそこにあるのは見覚えのある魔法使いの姿。
しかし、キンキンと甲高いはずのその声が。
「……本当に、おまえなのか…?」
「本当だよっ! ……こ、こしょうのせいかなぁ……」

セロリの声は、明らかに1オクターブ下がっていた。



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