ドラクエ3 〜古い恋人(前)〜



「明かりが見えるな……」
船の先端に立つパエリアが、目を凝らして呟いた。
船はずっと陸沿いを南下している。時刻は夕刻。遠くに街明かりが見える。
もう長い事船の上で過ごしていて、そろそろ体力も尽きてきたところだ。
「……上陸するか」
パエリアは言って、仲間達を振りかえった。

「お! 久しぶりに揺れないベッドで寝れるんだなっ!」
セロリが嬉しそうにはしゃいだ。
「そうですね」
カシスもにっこり笑って応える。

1人、ライスが真顔のまま黙って立ち尽くしていた。
「……どうした? ライス?」
パエリアが言うと、ライスは我に返り、苦笑いした。
「……いや、なんでもねぇ」
そして頭を掻く。
「……?」
パエリアは不思議そうにライスを見つめ、首を傾げた。

それは見慣れない、愁うような表情だった。

◆◇◆◇◆

「ふぁあ〜ぁっ! 揺れないってのはいいな!」
さっそくとった宿のベッドの上。セロリは飛び乗って上機嫌である。
カシスも本を取りだし久しぶりの読書を楽しんでいるようだった。

ライスは窓辺にもたれて外の様子を覗っていた。
「なんだよライス、カッコつけてんのか? ゴリラのくせに」
似合わねぇぞ、と憎まれ口を叩く。
すると、ライスは無言ですっと窓から離れた。
「……」
てっきり何か言い返されると思っていたセロリは拍子抜けした。
「お、おいライス…?」
「……ちょっと、出てくるわ」
ライスはドアの方へスタスタと歩き出す。
「待てよ、どっか遊びに行くならオレも…」
慌ててベッドから飛び降りようとすると、ライスはくるりと振りかえってセロリを睨んだ。
「来るな!」
「! …な、なんだよ」
「……おまえは、寝てろ」

パタン、扉が締まった。

取り残されたセロリは一瞬あっけにとられて扉を見つめる。
それから顔を真っ赤にして喚いた。
「な、なんだよクソゴリラッ!!!」

「……どうしたんでしょうねぇ、珍しい」
それまで黙って成り行きを見ていたカシスも訝しげに首を捻った。
「……ま、ライスさんも大人ですし。ほっといても大丈夫でしょう」

◆◇◆◇◆

木立を抜けて行くと、少しだけ開けた場所に出る。
いつも会っていた場所だ。

「……ライス」
名前を呼ぶのは、優しい声。懐かしい声。
あの頃のまま。
「よう、久しぶり」
「…もう! ばか……。やっぱり戻って来たのね」
ふわふわと茶色い長い髪。頬にそばかすのある、愛嬌のある笑顔。
彼女は青い瞳に涙を浮かべて笑っていた。
「…ああ…」
ライスは目の前の彼女を抱きしめた。
最後にここを訪れたのは、もう、随分前の事。
その時も、同じだった。同じセリフを言ったのだ。
何度来ても同じ。
何度来ても彼女の時間は変わらない。
本当に久しぶりなのは自分だけだ。

彼女は少し体を離し、不思議そうに首を捻った。
「…ライス、なんだか、ちょっと変わったみたい。2・3日、会わなかっただけなのに。なんだか、急に…」
「…ん…、老けたか、俺」
「ふふふふっ……ごめん、何でもない。気のせいよ」
そう言ってしがみついてくる。
このまま1晩彼女を抱いても、明日にはもう忘れているのだ。
いや……明日の夜には、また。

「良かった、戻ってきてくれて…」
うっとりと呟く彼女の言葉が、ライスの胸をちくりと差す。
蘇る想い。古い記憶。
「……スフレ……」
思わず名前を呼ぶと、青い目が真っ直ぐ見上げてくる。
いたたまれなくてライスは、彼女の肩に顔をうずめた。

それはもう10年近くも前の事。駆け出しの戦士で腕も未熟だったライスは、旅で傷ついてこの村に辿りついた。
死に掛けのところを看病してくれたのが、このスフレだった。
そのままスフレと恋仲になったライスは村に居ついた。

幸せな時間だったと思う。まるでままごとのような。
しかし三月ほど経ったある日、ライスは村を出る決断をした。

まだ自分は世界を見たい。
そんな理由だったと思う。待っていろなどと、初めから言うつもりもなかった。
ライスは別れを選んだのだ。

村が滅んだのはその数日後のことだったらしい。

どうしてあと数日、居てやらなかったんだろう。
どうしてこの村へ来てしまったんだろう。

「お願い、行かないでよ……っ!」
最後のセリフを思い出すたび。

何度も何度も何度も何度も。……繰り返す後悔。

「…ちくしょう…」
肩を震わせるライスに、スフレは慌ててその腕を撫でた。
「? どうしたの? ……ライス……泣くなんて」
「…ごめんな…」
あの時、最後に言ったのと、同じセリフを繰り返す。
「ねぇわたし、怒ってないわ? ……戻ってきてくれたもの……ライス……」

「…ごめん…」

テドン壊滅の噂を聞きつけて、ライスが本当に戻ってきたのは、5年も後の事だったのに。



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