ドラクエ3 〜アリアハン〜



商人が居ないと聞いて、その老人は残念そうに肩を落とした。
ただ、だだっ広く、何もない草原。そんなところにそのインディオの老人はいた。
近くに街らしいものは何もなく、切り立った岩山ばかりが遠くに見える。
……こんなところに、ずっと、1人か。
そう思うと不憫で、パエリアは思わず言ってしまった。
「よし、アリアハンへ戻ろう」
「え?」
セロリが驚いた顔をあげる。
「ルイーダのところへ行けば、居るだろう商人の1人や2人」
「えっ! ……そりゃ、いるさ、いるけど…」

「アリアハンですか。懐かしい気がしますね」
カシスが言って微笑む。
パエリアは母の笑顔を思い出して、うなずいた。
「そうだな……」

「じゃあ決まりだな、良かったなァじいさん!」
ライスは老人の背を叩いて笑った。

◆◇◆◇◆

アリアハン。
パエリア、ライス、セロリの3人は、目的のルイーダの酒場へと向かった。
カシスは神父様に挨拶してくるから、と教会へ行った。


「まあ、お帰り!」
酒場の扉を開けると、女主人はにこにこと嬉しそうにカウンターから出てきた。
まだ昼間で客の数は少ない。
歩くたびにシャラシャラと音を奏でているのは何だろう、相変わらず美しい人だ、とパエリアはそっとため息をついた。
「あらパエリア、アンタ、少し女らしくなったんじゃない?」
ふふふ、とイタズラっぽい笑みのルイーダに、パエリアはからかわれたと思って顔を染める。
「な、何をバカな……」
大体、旅の間はモンスターと戦ってばかりいる。
たくましくなる事はあっても女らしくなる事など有り得ない。
それでもルイーダはパチンとウィンクで微笑む。
「ふふ、いい顔してるよ。恋でもしているみたい」
――バカな、ことを。
恋など自分には無縁の物だ。パエリアはいたたまれずに赤い顔を背ける。

ルイーダは嬉しそうな笑顔を息子に向けた。
「セロリ、頑張ってるのね」
「な、何の話だよっ! ルイーダっ!」
セロリはぎょっとして怒鳴った。セロリは母を名前で呼ぶ。
「あらヤだアンタどうしたの、その声は!」
ルイーダは目をまんまるにしてマジマジと息子を見た。
「……し、知らねぇよっ! 勝手に下がったんだ」
「やぁねぇもう……ビックリした……」
ルイーダのセリフにセロリは不満げにそっぽを向く。
「しょーがねーだろ。なんだよ久しぶりに会ったってのに」
「あらあら、ごめんなさいね、すねないでよ。……愛してるんだから」
ルイーダは手を伸ばしてセロリを抱きしめた。
「ルイーダッ!!」
セロリは真っ赤になって、放せよっ、ともがく。
ライスは腹をかかえて笑った。

◆◇◆◇◆

それから一通り事情を説明して、商人を紹介してもらう事になった。
「こう見えて、かなりのしっかり者なのよ。この子ならきっとやれると思う」
そう言ってルイーダが紹介したのは、なんとも可愛らしい華奢で小柄な女の子。
「カリィです。少しの間だけど、よろしくね」
ペコリ、頭を下げるとピンクのポニーテールが大きく揺れた。歳は18らしい。
「でも本当に嬉しい! 新しい町を造るなんて夢みたいな話だわ!」
カリィは胸の前で手を組んで夢見るように言った。
「……しかし、きっと大変な事だと思うぞ」
パエリアが言うと、カリィはあはは、と笑った。
「あなたほど大変じゃないわよ」
そして、小首をかしげパエリアをマジマジと見上げる。
「勇者って聞いてたから、どんなごつい男かと思ってたけど。……ねぇ、女の子よね?」
「……ああ……」
女の子、という言葉に多少の違和感を覚えるが、しかし性別はそうなのだから仕方ない。
男のような格好の自分の姿が急に気になって、俯きがちになってしまう。
「あはは、かわいいんだね、パエリア」
カリィは人懐っこく笑ってパエリアの手を握った。
「ねぇ、仲良くしようね」
「…ああ…」
パエリアは赤い顔のままこくりとうなずいた。


「では、もう出発しよう。……準備はいいか?カリィ」
「え、うん。あたしはいつでもOKよ」
ルイーダは慌てた様子で声を上げた。
「なぁに、来たばかりでもう行っちゃうワケ? もう少しゆっくりしてったらいいのに」
「そうだよ、パエリア、家に寄らなくていいのか!?」
セロリが言い、ライスも意外そうにパエリアを見下ろした。
「俺はまぁいいけど……良いのか?」
パエリアはうなずいた。
「家には戻らない」
旅立つ時に決めたのだ。次に戻るのは魔王バラモスを倒した時。
それまでは戻らない。
母に会いたい気持ちは、強い、けれど。
「……行こう」
パエリアの声に、皆黙ってうなずいた。
「強いねぇ、パエリア。さすが、オルテガの娘だね」
ルイーダの言葉に、パエリアはハッとする。

――強い? ……父のように?
強くなりたいと、ずっとそう願っていた。自分は強くなったのだろうか。
――違う。
家に帰ったら……旅立つのが辛くなる。辛くなるのが、怖いのだ。

まだ。まだ自分は弱い……。

それでも。
「そうだな、いつかは、そうなりたいと思うよ」
パエリアはふ、と笑った。

「あんたは強いぜ」
寂しいくらいだ、とライスが笑い、パエリアの肩に、ぽん、と手を置いた。
パエリアはとたんにキッと表情を険しくしてライスを突き飛ばした。
「ふざけるな!」
「な、なんだよ」
なにか悪い事言ったか、とライスは慌てるが、パエリアは眉間にしわを寄せライスを睨む。
「……」
――どうしてこいつの言葉はいちいち気に障るんだろう。
嫌だ。
「どうしたんだよ、パエリア」
セロリが驚いた顔を向けてくる。

「……」
(……どうして私が強いとお前が寂しがるんだ)
口に出そうとしたが、ためらわれて口篭もる。
一同の不審そうな視線が痛かった。

――私はおかしいのか?

「あら、パエリア……」
ルイーダが意外そうにパエリアを見下ろす。
「……少し、ライスの事預かりましょうか?」
「は?」
皆がルイーダを振りかえった。
「しばらくはカリィが入るわけでしょう?そんなにゾロゾロ居てもしょうがないじゃない」
「おい、ルイーダ、なんで俺が残るんだよ」
ライスが慌てて言う。ルイーダはライスを軽く無視した。
「ねぇ、パエリア」
「……そうだな」
少しライスと離れたい。ライスと居ると落ちつかない、居心地が悪いのだ。
「よし、ライス、しばらくの間、ここに残ってくれ」
「んだよそりゃ」
その時、酒場の扉がパタンと開いた。
「おや、ライスさんは居残りですか」
入って来たのはカシスだった。
にっこり笑ってうなずいている。
「いいんじゃないですか。……あ、そちらの方は……」
カシスはピンク髪の少女に視線を移す。
「あ、カリィです。スー大陸まで送ってもらう事になったの」
「僕は僧侶のカシスです。よろしくお願いしますね」

「おい、待てよっ」
「パエリアさんが決めたんだから従うべきでしょう」
慌てるライスに、カシスは冷たく言い放つ。

ルイーダは満足そうに笑った。
「じゃあ決まりね。頑張って来なさいよ」


こうして、不服そうなライスをアリアハンへ残し、パエリア、カシス、セロリ、カリィの4人は、スー大陸を目指し旅立っていった。



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