ドラクエ3 〜恋心〜



スー大陸東の草原。
新しい街を造る、と大きな夢を持つ老人の元へ、無事、商人のカリィを送り届けた。

「パエリアぁ〜」
ぐす、と鼻をすすってカリィが見上げてくる。
「あたし、あたし少しだけだったけど、パエリアに逢えて良かった…」
涙の滲んだ大きな瞳。
見つめられるのは何かくすぐったい。
――カリィは、可愛い。
「また来る」
そう言ってパエリアは、カリィを抱きしめた。
「うぅ〜、絶対だよ、絶対…」
「…うん…」

「何だよ、また来るって言ってんだから泣く事ないだろ!?」
セロリはふんっとそっぽを向いて強がっている。
「……何よぉ〜、ホントはセロリくんだって寂しぃんでしょぉ〜っ」
「ば、ばかオレは寂しくなんかねぇよっ!!」
「おやセロリさん目尻に涙が…」
「ばっバカ言ってんじゃねぇっ!! どこにあるってんだよ!!!」
ムキになって答えるからからかわれるというのにセロリは気づかない。
カシスはおかしそうに笑い、美しい光景ですねぇ、などとのんきに言っている。

「……そうだパエリア、これをあげる……」
カリィはピンクの髪を束ねる『銀の髪飾り』を外した。ふわりとポニーテールがほどけ、柔らかそうな髪が肩に落ちる。
「……し、しかし」
パエリアは困惑して首を横に振った。
自分が貰ったところで使い道は無いだろう、と。
「……ねぇパエリア、あなたはとってもキレイよ。あたしなんかより、ずーーっと」
「……バカな」
冗談にも程がある、とパエリアは首を振るが、セロリはうんうんとうなずいている。

「ねぇ、ちょっとだけ、イイ?」
カリィは手を伸ばしてパエリアの頭飾りを外した。それは旅立ちの時父オルテガの形見として母に授けられた大事なものだ。……しかしパエリアは抵抗もせず不思議そうにカリィを見つめた。
「……?」
カリィは道具袋から薄黄色の透明な液体の入った、小さなビンを取り出した。
「髪油よ。……パエリア、何にもつけてないでしょ」
手の平に少し出して、パエリアの髪に丁寧に撫でつける。
「…お、おいカリィ…?」
困惑気味にパエリアはカリィを見下ろす。カリィはふふ、と笑った。
器用にくしで梳いて、顔のサイドで少し毛束を取り、銀の髪飾りをつける。
「これで少しお化粧でもしたら完璧なんだけど」

セロリはごくん、と喉を鳴らした。カシスもおお、と思わず感嘆のため息をついている。

自分がどうなっているのかも分からず、ただ真っ赤になって周囲を見まわす。
「あたし、最初にあなたを見た時からずっとこうしたかったの!」
嬉しそうににっこり笑うカリィ。差し出された手鏡を受け取り、パエリアはそこに知らない女を見た。
「……!」
――恥ずかしかった。
ただ。恥ずかしくって俯いた。

身動き出来なくなったパエリアの顔を、カリィは慌てて覗きこむ。
「あはは、ごめんね!」
そして銀の髪飾りを外し、元の髪型に戻してやる。
「でもね、いつかね、好きな人が出来た時にはね、オシャレしてよ。すっごいキレイなんだから、パエリアは!」
手に銀の髪飾りを握らされ、パエリアはただただ黙ってうなずいた。
とてもいたたまれなかった。

◆◇◆◇◆

美人だとは知っていた。
知っていたがアレほどとは思わなかった。
(ライスがいなくて良かった)
あのエロジジイがいたら何をしでかした事か、とセロリは胸をなでおろす。

船は例の戦士を迎えるために、アリアハンを目指している。
セロリは船縁の手すりにもたれ、夜風に吹かれながらぼんやりと物思いにふけっていた。

「パエリア……」
ぼそっと呟いて、ため息をつく。

「何だ?」

「うわあっ!!!」
真後ろから聞こえたその人の声に思わずぎょっとして飛びあがる。
パエリアの方も驚いて身をすくませている。
「……い、今呼ばなかったか…?」
「な、なな何でも無いっ!!!」
「???」
パエリアはきょとんとして首を捻る。
「…おかしな奴だな…」
「な、なんだよ、パエリア、寝てたんじゃなかったのかよ」
パエリアはふ、と笑ってセロリの隣にならんだ。
「…またこの前のような事が無いとも限らない。夜の海は危険だからな」
「……」
別に。オレ1人だって平気だ、と言おうとして……やめた。
パエリアは、珍しく口元に笑みを浮かべて海を見つめている。
――微笑んでいる。
いつも、眉間にしわを寄せて、難しい顔をしているのに。
セロリの動悸は静まらない。
「……なんか、良い事でもあったのか?」
「……?」
パエリアは不思議そうにセロリを見る。
「何故だ?」
「……なんか、いつもと違うぞ……」
「……そうか?」
そう言うパエリアの口元はやっぱり。わずかに微笑んでいる。

「……もうすぐアリアハンだな」
呟いたパエリアの視線の先。
海の向こうのアリアハンを見ているのだろうか。……それとも。
そこまで考えてセロリはふっと口を尖らせた。
「へんっ。せっかくライスの奴と離れてせいせいしてたのになっ」
「……!」
パエリアはぱっと目を見開いてセロリを振りかえる。
「…お前も。そう思っていたのか…?」
「へ?」
意外すぎるパエリアのセリフの意味が飲み込めず、セロリは間抜けに聞き返す。
「お前も……って?」
「…いや…」
パエリアは言い難そうに眉をひそめた。
「やりにくい、と思っていたんだ。正直」
そんな話は初めて聞いた。セロリは戸惑ってパエリアを見つめる。……ライスみたいにとっつき易い奴は珍しいくらいなのに。
言われてみれば、パエリアはあまりライスと話していなかったような気もする。
……でもやっぱり意外だ。そう思ってマジマジとパエリアを見つめていると、パエリアはふと笑った。

「…でも…、……居ないと寂しいな。……少しだけ」
わずかに首を傾けて、はにかんだ微笑。

そんな表情は初めて見る。
セロリはかぁっと頬が熱くなるのを感じた。
――寂しい? そりゃあそうだ。少しは寂しいと思ってたさオレだって。
だけど。
「あ、あんな奴居なくたって何にも変わんねーよっ!!!」
込み上げる苛立ちのまま、気づいたら叫んでいた。
「あんなゴリラ、どーだっていいだろっ!?」
大声で怒鳴って、自分の声の大きさに驚いた。

きょとんと見開かれたパエリアの瞳。
「……」
ぱちぱちと瞬いて、それから悲しげに伏せられた。
「……」
くるりと向きを変え、また船縁にもたれてパエリアは海を見つめる。

「お、おいパエリア…?」
急に不安になってセロリは声をかけた。パエリアの気持ちが分からない。分からなくて不安だ。
パエリアの口元は、もう笑っていなかった。
「……しかし腕は確かだ。仕方ない……」
ぼそ、と出たセリフは、いつものように張り詰めていて。

何だか酷く悪い事をしてしまったような。でもどうして良いかも分からずに、セロリはただただ気まずい空気に困惑した……。



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