ドラクエ3 〜一人の時間〜



「よう、やっと戻ってきたか!」
がらんとした酒場の隅のテーブル。ライスは嬉しげに笑ってジョッキを持つ手を高くあげた。
真っ昼間だというのにすっかり酔っ払ってご機嫌である。飲み過ぎだよ、とルイーダは苦く笑ってジョッキを取り上げた。
「はは、このまんま迎えに来なかったらどうしようかと思ったぜ」
……やけ酒だったのだろうか。

セロリはにやっと笑い、
「オレはそれでも構わなかったんだけどなっ」
と憎まれ口をたたいた。カシスも合せて意地悪く笑う。
「ふふ、まぁ僕も構いませんでしたけど」
「……なんだよ。俺が居なくて苦労したんじゃねぇのか本当は」
ライスはちっと舌を鳴らして不服そうな表情。
「へへーん! その分オレが活躍したんだよっ!」
セロリは得意満面で胸を張った。

声をかけるタイミングを失って、パエリアがぼんやり皆の様子を眺めていると、ライスはそれに気づいたのか立ち上がって笑いかけてきた。
「ようパエリア、どうした? 大丈夫だったか?」
「……あ、ああ」
何故かとっさに目をそらし、うつむいてしまうパエリア。
「なんだよ、俺が居なくて寂しかったか?」
「……!」
はははっ、とライスが笑うのは冗談のつもりだろうか。
かぁっと頬が熱くなるのを感じてパエリアは唇を噛んだ。
――寂しかったのだ。
「お、おい、パエリア?」
またご機嫌をそこねたか、とライスは焦ってパエリアの顔を覗きこんだ。
急に近距離で見つめられ、パエリアは息苦しさに顔を背ける。
慌ててくるりと背を向けて、出来うる限り平静に言った。
「……行こう、出発だ」

◆◇◆◇◆

船はアリアハンから西の島、ランシールへとやって来た。
島の中心には小さくのどかな村が一つ。そこに不似合いな巨大な神殿が構えられていた。

「勇気を試す神殿だそうですよ」
うってつけですね、とカシスは神殿を見上げて微笑んだ。
「ふーん……なんだろ、お化けでもでるのかな……」
セロリは無理に平静を装って言おうとしたが失敗している。
「ははっ、どーせたいした事ねぇよ」

立派な神殿の奥には、祭司が1人、一行の訪れを待っていた。
その先に続く通路は細く、ダンジョンへと繋がっているようだ。
「たとえ1人でも、戦う勇気がお前にはあるか?」
パエリアに向けた祭司の言葉に、カシスはいち早く反応した。
「1人ですって!?」

面白そうだ、とパエリアは薄く笑った。
「……私は平気だ。行く」
「何を言ってるんですか! ひとりなんて! ダメですよっ」
カシスが慌てて喚いた。
「平気だ」
「万一の事があったらどうするんですか!?」
またカシスの過保護が始まってしまったか、とパエリアは軽いため息をつく。
……どうして勇者の自分がこんなに心配されなければいけないのだろう。
「……私が信用できないのか」
パエリアは不満げに眉をひそめカシスを睨む。
「勇者は世界に1人です! パエリアさん、あなたは強いですよ? でもまだ完璧な強さを身に付けた訳ではありません!! 違いますか?」
「……!」
痛いところをつかれてパエリアは言葉につまった。……確かに自分の腕はまだ未熟だ。しかしここはどうしても自分が行きたい。
「こんなところであなたに何かあっては取り返しがつきません! 僕が行きます!」
意気込むカシス。しかしそれを許す訳にはいかない。
「……その方がよっぽど不安だ」
言うと、それはそうだと自分でも思ったのだろうか、カシスは戦士に目を移した。
「……じゃ、じゃあライスさん!!」

「お?」
あくびをかみ殺して成り行きを見守っていたライスは、慌てて顔をひきしめた。
「ああ、俺か? いいぜ。……そんじゃあ行ってくるとするか!」
どうせ行かせてもらえないだろう、と諦めていたライスは急にいきいきとして剣を担ぎ歩き出した。
「ダ、ダメだ!」
パエリアは慌てて呼びとめる。
「私が行く!」
叫ぶと、戦士は足を止めて振り返り。やっぱりな、という呟きと共に苦笑いを返してきた。


結局有無を言わせず行くと決めたパエリアだったが、最後までカシスはぶつぶつ言っていた。
「無茶だけはしないで下さいねっ! 危なくなったらすぐ引き返してくださいっ」
「ああ」
幾分うんざりしてあいずちを返す。と、セロリも横から不安げに声をかけてきた。
「き、気をつけろよなっ!」
「……ああ」
……そんなに頼りないだろうか、自分は。
思わず小さなため息を漏らすと、大きな手で背中をぽんっと張られた。
「頑張って来いよ!」
背筋の伸びたパエリアに、ライスはいつもの調子でにっと笑いかける。
パエリアもつられて微笑み、それから手を振った。
「行ってくる」

◆◇◆◇◆

地下深くに続く神殿には、魔物達が巣食っていた。
しかしそれ程手強い奴は出てこない。皆、雑魚だ。
至るところに不気味な像が彫られているのが少々気になったが、そんなものに怖気づいてはいられない。

パエリアは奥深くへと進んで行った。

……どれくらい歩いただろうか。
会話も無く、薄暗い地下を1人で歩くという行為は予想以上に疲れる。時間の感覚も曖昧になり、自分のたてる足音だけが、嫌に耳についた。

父は、1人旅だった。

こんな風にいつも1人で、ずっと旅を続けていたのか。
そう考えてパエリアは、ふと肩を落とした。
……耐えられないな。
悔しいが今の自分には耐えられない。

しかし、しかしいつかは自分も父のように。……父のように強くなる。
……なれる、だろうか……。

ふ、と一瞬不安な気持ちがよぎり、同時に一つの疑問が浮かんだ。
……どうして自分は強さを求めているのだろうか。
ずっとずっと昔から。父のようになりたいと思っていた。
……なぜそうなりたいと願うのだろう。
なぜ強くなければならないのだろう。
なぜ……?

パエリアは大きく首を振った。
――考えてはいけない。1人で気弱になっているのだ。
自分は勇者なのだから。
いつか魔王を倒すためだ。それ以外考えない。
キッと顔を上げ目の前の闇を睨んだ。その時。

「引き返せ!」

唐突に、声が響いた。
パエリアは剣を右手に辺りを見まわす。
壁には巨大な顔のレリーフがあるだけだ。パエリアは叫んだ。
「誰だ!」
誰だ、誰だ、誰だ……と、こだまするのは自分の声ばかり。
……気のせいか?

パエリアは慎重に歩を進めた。

「引き返せ!!」

……まただ。気のせいでは無い。
壁にある不気味な顔のレリーフ。その口が動いたのをパエリアは確かに見た。
「ふ…」
この前を通ると声が出る仕組みだ。こんな子供だましな仕掛けを恐れるものか。
パエリアは構わず歩き出した。

「引き返せ!」
「引き返せ!」
「引き返せ!」

(く…)
分かっていてもその声に苛立つ。
何度目かの声を聞いたとき、パエリアは叫んだ。
「黙れ!」

「引き返え…」
――ガッ!!!
パエリアはレリーフに剣を付きたてた。
パカッと真っ直ぐにヒビが入り、パラパラとカケラが落ちていった。
「…っく…っ」
はぁはぁと肩で息をつく。バカな事をした、と後悔しながらのろのろと剣を引きぬき鞘に納めた。

その先に、宝箱があった。
青い玉――ブルーオーブ――が入っていた。

◆◇◆◇◆

「ああ、ご無事でしたかっ!」
カシスが心配そうな顔で駆け寄ってくる。
「怪我はありませんか!?」
「…ああ」
セロリもやって来た。
「大丈夫だったか? なんか怖い目にあわなかったか!?」
「大丈夫」
顔を上げるとライスと目があった。
「お疲れさん」
にっ、と唇の端を上げる、その笑顔は送り出した時と同じもの。
「……」

パエリアはふと思い当たってライスに尋ねた。
「…ラ、ライス」
「ん?」
「……お前は、一人旅を、してたんだったな」
詳しい話を聞いたわけではないが、以前そう言っていたのを思い出した。……聞いた時は何も思わなかったのだが……。
「ん? ああ、この間までな」
「……そうか」
――ああ。まずは。
パエリアは改めて目の前の戦士を見上げる。
まずはこの男を超えたい。

「? なんだ?」
少女にマジマジと見つめられ、ライスは首を捻って苦笑いした。



<もどる|もくじ|すすむ>