ドラクエ3 〜黄金の国(前)〜



東の果ての国。日出ずる国、黄金の国『ジパング』。
そこは、男も女も見た事の無い民族衣装に身を包み、独特の雰囲気が漂っている国だった。

パエリアはもの珍しくあちこち見て回った。
この国の女は皆独特の着物に身を包み、皆美しく、そして、皆どこか、悲しげだった。
そのうちに、国全体が暗い雰囲気に包まれている事に気づいた。

はじめそれは、神秘的な土地柄のせいなのかと思った。


とりあえず、この国の女王のような存在であるという『ヒミコ』に挨拶をすべく、一行がヒミコの屋敷へ向かって歩いていた時。

まっ白い着物に身を包んだ女が、裸足で駆けて来た。
駆けて来て、よろめき、パエリアに少しぶつかった。
はずみで、よろよろと女が倒れこむ所を、パエリアはとっさに腕を掴んで支えてやった。
「大丈夫か」
声をかけると、振り返った女は、酷く白い肌をしていた。白いというよりは青い。大きな瞳は陰影に富んでいた。
たぶん、歳は同じぐらいだ。女というよりは、まだ、少女のような。
す、と頭を下げ、そのまま、またよろよろと走り抜けて行った。

少女の不安げな足取りを見送って、パエリアの胸は何故かざわめいた。
――酷く、気になった。

仲間たちを振り返る。と、カシスは見透かしたように微笑んだ。
「つけますか?」

◆◇◆◇◆

薄暗い蔵の中。
目の前で泣き崩れるジパングの少女に、パエリアは驚いてオロオロとカシスを見上げた。
「カ、カシス! 『生け贄』というのは……!」
女の名は弥生と言った。
生け贄にされるのだと言って泣いていた。

「すぐに、戻りますから。戻りますから、あと、少しだけ。少しだけ……見逃してください……」
座り込んだ少女の震える肩。
パエリアはその肩を撫でて、尋ねた。
「何が起きているんだ?」

10年程前から、このジパングではヤマタノオロチという魔物が出没するようになったという。
国を襲うその魔物を、静める方法はただひとつ。
ヒミコの神託によって選ばれた女を、生贄として捧げること。

「どうして戦わないんだ!!!」
事情を聞いてパエリアは激昂した。
「みすみす女達を食わせるなど……男たちは!? どうしている!!」
パエリアは蔵の土間に膝をつき、弥生に詰め寄った。
弥生はゆるゆると首を振る。
「何度も挑みました。それで、国の男の数は激減したんです。……オロチには誰も勝てません。……いいんです、わたし、わたしは……。少しの時間でも、国が、滅びないですむんだったら……皆、そうしてきたんです……だから、わたしも、」
喜んで、という最後のセリフは弱々しく途切れた。
「ゆ、許せん!!」
カッと怒りに頬を染め、パエリアは立ちあがった。
込み上げる激情にしぼり出す声が震える。
「私が倒す!!!」
このまま直ぐにもオロチを倒す、と剣を抜き放ち走り出す。
「待てパエリア!」
その腕を捕らえたのはライスだった。
「落ちつけって」
「何を落ちつくんだ! 今すぐだ! 今すぐその魔物を倒す!」
放せ、と叫んだがライスはそれを無視した。
カシスも宥めるように声をかける。
「落ちついて下さい、パエリアさん。敵がそんなに強大なら、無闇に近づいては危険です。まずは戦略を…」
「うるさい! 今すぐ私は行く! 一人でもだ! ……離せライス!」
「お、おいパエリア……」
セロリもオロオロと声をかけるが全くパエリアの耳には届かない。
あるのは激しい怒りと、弥生を助けたいという思いだけ。

腕を捕らえたライスは真正面からパエリアの顔を覗き込んだ。
「一人で勝てると思ってんのか?」
馬鹿にしたようなそのセリフ。
頭に血の昇っていたパエリアは、言葉よりもまず手が出た。

――バキッ!!!

ライスは派手に吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
そのままずるずると床に落ち這いつくばる。
「…ぐっ…」
うめきながら、起き上がろうとするが、相当キレイにヒットしたのか直ぐには起き上がれない。
「……効く、なぁ……」
パエリアの殴打の威力はだんだん増してきている。

セロリは真っ青になって2人を見比べた。


その時。
蔵の外でバタバタと数人が走る足音がして、薄暗い蔵の戸がばんっと音を立てて開かれた。
差し込む外の光に、浮かび上がる男たちの影。
「弥生、居るのか!?」

追手だ。
おそらく今の物音を聞きつけたのだろう。

弥生の細い体が、びく、と震えた。
「……はい、……ここに……」
蚊の鳴くような声で彼女は応え、ふらりと立ち上がった。

パエリアは思わず弥生の肩を掴んで引き止める。
「ま、待て! 弥生…っ」
「いいんです、もう…」
振り返った弥生は、青白い顔を引きつらせ、笑っていた。

ああ。
もっとちゃんと笑ったら、本当に美しい娘に違いないのに。

パエリアは追手からかばうように弥生の前に立ちはだかった。
「駄目だ! 行かせない」

「あなたには関係ありません!」
きっぱりと、弥生は叫んだ。
思いがけず強い声に、驚いて振り返るパエリアを、押しのけて弥生は追手の男達の元へ歩き出した。

男の一人が、パエリアを睨めつける。
「お前達はなんだ? 妙な格好をしているが…」
言って、一行を見回す。すると横合いからもう一人が怒鳴った。
「弥生をそそのかしたのはお前達だな!?」

「……!」
思わぬ事態に弥生は戸惑い、弱い声をあげる。
「……関係、ありません……!」

「おいっ、オレたちはホントに関係ないぞっ!」
セロリは男の挑発に乗って叫び返した。
「大体お前らが腰抜けだからこの国はこんな事になってんだろっ!!」
「なんだ、この子供は……!」
場の空気が一気に険しくなる。弥生はますます青ざめる。

ライスはカシスに助けられてようやく体を起こしたようだ。

パエリアは一歩前に踏み出し、叫んだ。
「生贄は必要ない! 私がこれからオロチを倒す!!」

「な、何を言ってるんだっ!?」
「馬鹿を言うな!!」
男たちはパエリアの言葉にいきり立った。
そのうち一人は笑い出した。
「いいじゃねぇか、倒せるもんならやってみろってんだ、このチビが!」
「半端に攻撃を仕掛けてオロチを怒らせて見ろ、国は滅ぼされるぞ! そうなっては今まで生贄になった女達に申し訳が立たない」
男の一人がいさめると、笑っていた男は舌打ちした。
「……ちっ!」

ライスにベホイミを施したカシスが割って入った。
「まあまあ、皆さん、落ち着いてください。この方はアリアハンの勇者です」

「アリアハン?」
「…勇者…」
男達は訝しげに顔を見合わせる。
「……俺は聞いた事があるぞ……しかし随分前に死んだんじゃなかったか…?」

カシスは微笑んで続けた。
「勝算が無いわけではありません。まずはヒミコ殿に会いたいんですが」

とにかくヒミコに報告する、と男が言い、一向はヒミコの屋敷へ向かうことになった。
男達はヒミコの屋敷に使える従者であった。

◆◇◆◇◆

風変わりな門はトリイと言うらしい。その奥のでかい屋敷は、ヒミコのものだ。
オロチの元へ向かうルートは2つ。
ひとつはこの屋敷の裏にある旅の扉。生け贄に選ばれた女はここから祭壇へ向かう。
もう一つは、火山の火口から続く洞窟。しかしその洞窟はモンスターの巣窟となっているらしい。


「ほ、ほ、ほ」
ヒミコは、妙に耳に障る高く細い声で笑った。
大きな板張りの部屋に、ぽつりと血の色の花が咲いたような、真っ赤な着物を着ている。
「生け贄を止めろと、そう申すか?」
黒ぐろと艶を放つ髪は長く、床を這うようにうねっている。ヒミコは美しく妖艶で……どこか不気味な女だった。

「……そうです。必ず私がヤマタノオロチを倒してみせます。だから生け贄などはもう止めてください」
慣れない敬語でパエリアは真摯に言う。
「ほ、ほ、ほ。馬鹿を申すでない。アレは人間が勝てるたぐいの魔物ではない。アレは神仏なのじゃ」
ヒミコの笑い声に、パエリアはカッとして叫んだ。
「人を食うものが神な訳が無い!!」

「ほ、ほ。威勢が良いの」
ぎょろりと動くヒミコの黒い目の玉はどこか爬虫類を思い起こさせる。
ヒミコはパエリアをぎょろぎょろと舐めるように見た。
「そのような出で立ちをしておるが、……おぬし、女かえ?」
「……そうですが」
だからどうしたと言うのだ、とパエリアは苛立つ。
この女は何か嫌だ。嫌な感じがする。
す、とヒミコの細く青白い腕が伸び、手に持った真紅の扇をするりと開いて手招きした。
「近こう、寄れ」
「……」
背に悪寒を感じつつ、パエリアは立ちあがってヒミコのそばへ寄った。
ヒミコはパエリアの顔を覗き、値踏みするように隅々まで見まわす。
……何だというのだ。
悪寒が走り通しで気分が悪くなってくる。

突如、ヒミコはひときわ高く笑った。
「ほ、ほ、ほ。おぬしが、次の生け贄になれ」
「なんだと!?」
「神託が下った。弥生の代わりを務めるのじゃ」

弥生が小さな叫び声を上げた。
「…そんな…!?」

ヒミコが真っ赤な扇をパチンと音を立て閉じると、それまで弥生の周りを囲むようにしていた従者たちはパエリアを取り囲んだ。
屋敷の奥へ連れて行こうと腕を掴み引っ張り上げる。

「な、何をする……!」
突然の事に困惑するパエリアに、男は申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「すまない…。……ヒミコ様の神託は絶対なのだ……!」
男の声はどこか悲痛だった。
この者達も、生け贄には胸を痛めているのだ。
その弱い声にパエリアは苛立ちを覚える。そんなに辛そうにして、心を傷つけているのに、どうして諦めているのだ、と。

「ちょ、ちょっと待ってください! パエリアさんを連れて行くなら、僕達も…!」
カシスは慌てて立ち上がった。
パエリア一人を生贄として連れて行かれては困るのだ。4人で、旅の扉からオロチ退治に向かう腹積もりだった。
「ならん」
ヒミコは冷たくカシスを一瞥した。

「言ったであろう。オロチには誰も勝てんのじゃ。神聖な祭壇に、関わりの無い者を入れればオロチはさぞや怒るであろう。国を滅ぼそうとするやもしれん。お主に責任がとれるのかえ?」
不気味な笑みでヒミコは言う。
「おい、オレ達は勝てるって言ってるだろ!」
セロリが叫んだ。
「とにかく、困ります、勇者を生贄になんて……!!」
カシスはパエリアの元へと走ろうとした。すると、パエリアは振り返って遮った。
「いい、カシス」

「いいって……パエリアさん!?」
パエリアはキッと仲間達を見据えた。
「……一人でも。私はやれる」

「何言ってるんですか!!」
カシスが叫び、ライスはちっと舌打ちして吐き捨てた。
「馬鹿やろうが…」
「パ、パエリア…!?」

後は抵抗もせず、パエリアは屋敷の奥へ消えた。

残されたのは、ライス、カシス、セロリの3人と、弥生のみ。
ヒミコは興味なさそうに4人を眺めた。
「ふん、お前達に最早用は無い。去ね」

弥生は呆然と涙を流しながら、つぶやいていた。
「……わたし、……わたし、……こんなつもりじゃ……」



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