ドラクエ3 〜黄金の国(後)〜



暗く、湿った熱い空気の流れる洞窟だった。
高く土を盛った上に、小さな祭壇が作られている。
辺りに散らばる無数の白いものは……骨か。
パエリアはぎゅっと眉を寄せた。
いったい何人の女が犠牲になったのか。――こんな事は終わりにしてみせる。

「申し訳ありませんが、ここに…」
男の一人が縄を手に、パエリアに柱の前に立つよう指し示した。そこに縛りつけようというのだ。
「……」
パエリアは従って柱の前に立った。
後で上手く、抜け出せるだろうか。
縄を持つ男がパエリアの手を後ろに回しながら、耳打ちしてきた。
「…緩めておきます…」
そうしてパエリアをかりそめに柱に縛り付けて、男たちは洞窟を後にした。


時間はゆっくりと流れていった。
一人、オロチが現れる時を待つ。
装備を取り上げられなかったのは幸いだった。

愛用の鋼の剣に顔を映し、パエリアは問い掛けた。

――本当に一人で、勝てるのか?
ライスの呆れ顔が浮かぶ。
『一人で勝てると思ってんのかよ』
――勝てる。
この程度のこと、一人でこなせなくて何が勇者だ。
大丈夫だ。

私は勇者。
恐れない。恐れない。そんな感情は、持ち合わせていないんだ。
「大丈夫……」
つぶやいて、パエリアはふと眉を寄せた。
汗が、すっと胸の間を伝ったのを感じたのだった。

やがて、しゅーっ、しゅーっ、と空気の漏れるような音が聞こえてきた。
ズシン、ズシンと響く足音。
(……来たか)
パエリアはゆっくりと顔を上げた。
しかし、足音はすぐに途絶えた。
(……?)

洞窟の壁の影から、姿を現したのは細い女。
「ヒミコ……!?」
パエリアは驚いて女を凝視する。
確かに先ほどまでは大きな魔物の気配が漂っていた。
いや、その気配は今も消えてはいない。
ヒミコから漂う威圧感は、そのまま……。
「まさか」

「ほ、ほ、ほ。よう来た、よう来た。そなたの血肉はさぞや美味であろう。わらわがじっくり喰ろうてやるわ……!!」
とたんにヒミコの黒い頭がにゅうっと伸びた。
背中からウロコが張り出し豪奢な布地を突き破る。高く伸びた頭は8つに割れた。
女の姿は跡形も無く、現れた耳まで避けた口に鋭い牙の頭達。巨大な手足が大地を揺るがす。
「グァオオーーッ!!」
咆哮を上げるその姿。

「ううっ」
あまりの禍々しさにぞぞぞっと全身に鳥肌が走った。
しかし。
パエリアは剣を握る手に力を込める。
負けるわけにはいかないのだ。
「お前の命もここまでだっ!!!」

それを合図に、オロチの頭はパエリアめがけ牙を剥いた。
前足の動きを見切り、全ての食いつこうとする頭を避けた。
高く跳躍し、オロチの首に斬りつける。
硬いウロコが裂け、どす黒い血しぶきがあがった。
「ギシャァアアアッ!!!」
うねる首達の攻撃をよけながら、また斬りつける。
何度目かに斬りつけた時、オロチの頭が一つ飛んだ。
「グギャアアアッ!!」
さらに激しく拭きあがる血飛沫。地に落ちてなおうねる首。
(…勝てる…!)
このまま全ての首を落としてやる、とパエリアは剣を構える。
次の首に狙いを定めた、その時。
なんと切り落とした首が宙に浮かびあがりパエリアに食らいついてきた!
「あああっ!!」
腕に食いつかれパエリアは悲鳴を上げる。
すぐに剣で薙ぎ払った。再び地に落ちた首はもう動かなかった。
「……くっ!」
腕から血を滴らせ、舌打ちする。油断した。
しかし運良く利き腕は逃れた。まだ、大丈夫。

キッと、顔を上げたパエリアに、迫っていたのは炎だった。
7つの口から同時に吐き出される激しい炎。四方からパエリアを囲むように吹付けられる。
(! 避けられない!!)
逃げ場を失ったパエリアはとっさに地面に伏せる。しかし炎は容赦無くその背を焦がした。
――ゴオオオォッッ!!!

炎がおさまると直ぐに反転し、次の攻撃にそなえる。迫っていたのは鋭い爪。
――ガキィッ!!
地面に転がったまま何とか剣でそれを受け止めた。
「うぅぅうう…っ」
焼かれた背が地面に擦られ激痛をもたらしている。
油汗がいくつも浮かぶが気を抜くわけにはいかない。抜いた瞬間潰される。
必死に耐え、機を伺うパエリアに、オロチの首は再び迫った。
(炎…っ!)
死が。
酷く身近に迫っている。

「くぅ…っ」
限界までの力を振り絞り、何とか爪を押し返た。直ぐに逃れなければ焼け死ぬ。
しかしもう、炎は避けられない位置に迫っていた。

まだ。死ぬわけにはいかないのに……!!!

『ヒャダルコォッ!!!』

突如、氷の嵐が吹付けた。
炎と氷がぶつかり合い激しい蒸気が爆風を巻き起こす。
パエリアの体は吹っ飛ばされて転がった。

「パエリアッ!! 大丈夫かっ!?」
バタバタと続く足音。
「パエリアさんっ!?」

歪んだ視界に映る知った顔。
「…セロリ、カシス…」
「おいカシス、早く回復っ!!」
「分かってます」
カシスの手が触れ回復の呪文がかけられた。
……助かったのか。

「ギャオオオオッ!!!」
オロチの咆哮があがった。
「おらああぁっ!!」
跳躍したライスの剣がオロチの頭に深々と突き刺さっていた。
そのまま首まで切り裂いてライスは地面に着地する。
「へっ」

「お前達、どうして…」
「どうしてもこうしてもねぇだろっ!! オレ達だって戦いに来たんだよ!! 火山の洞窟通って来たんだ! 大変だったんだからなっ」
「それよりもセロリさんっ、ほら、ライスさんの援護に!」
「お、おう!」
2人はオロチに向かって駆け出した。
パエリアも続いて駆け出そうと立ち上がる。

「パエリア様っ!!」
女の声がした。振り返ると駆けて来たのは意外な人物。
「…弥生…っ!?」
弥生は息を切らせながら駆けてきて、腕に抱えた、細長い布の包みを差し出した。
「パエリア様、わたし…」
「なぜここに……!?」
「カシスさん達に無理を言って、付いて来たんです。……これを。どうぞ、これを…」
そう言って渡された包みの、この感触は。
「……剣か……!」
弥生はこく、と頷く。
「はい。『草薙の剣』という物です。……わたしが、ヒミコ様の屋敷から盗み出してきた物です……!」
「……!」
「お願いします。どうかオロチを……!」
両手を合わせ、弥生は祈るようにパエリアにすがった。
それはきっと。彼女に出来る精一杯の戦いなのだ。
パエリアは包んだ布を取り払い剣を握った。
美しい彫り物の入った、しなやかな剣。

「任せろ……!」
パエリアは剣を抜き放って駆け出した。


やがて。
洞窟中に響き渡るような、オロチの断末魔の咆哮があがった……。

◆◇◆◇◆

「本当に、もう、行ってしまうんですか……?」
「ああ」
オロチを倒したパエリアは、直ぐにジパングを出立すると言い出した。
弥生は礼がしたいから、と言って引き止めている。
「あの、ほんの少しでも、街に寄っていって下さい。皆、歓迎します、是非…!」
「…そういうのは、苦手だ…」
パエリアは気まずそうに目をそらした。

「おい、戻るんなら、リレミトするぜ?」
「ああ」
セロリに言われて、パエリアは弥生に背を向けた。
「あの。……また、来てくれますか……?」
パエリアは振り返り、微笑んで頷いた。


パエリア達はリレミトで地上へ戻り、弥生は旅の扉で街へ帰っていった。

「あぁーあ、街へ寄ってけば、美味いもんでも食えたかもしれねぇのにな」
ライスはがっかりして言った。セロリが呆れて見上げる。
「なんだ飯かよ、いじきたねぇなぁ」
「ばーかお前、んな事言ってるからお前はチビなんだ」
「なな、なんだとこの…っ! お前なんかただデカイだけだろジジイッ!」
「……お前な、いい加減ジジイ呼ばわりすんの止めろよ?」
ライスがセロリに詰め寄って言うと、セロリは杖を構えて睨み上げる。
「じゃあゴリラ! なんだよ、やんのか?」

さっそくケンカを始める2人を見ながら、パエリアはため息をついた。
「おや、どうしました?」
カシスが覗き込んでくる。
「顔色がすぐれませんが」
パエリアはうつむいて唇を噛んだ。
「……」
「? パエリアさん? 具合でも悪いんですか?」
パエリアはふるふると首を振る。
「……一人では、勝てなかった」
あれほど引き止められたのに。
振り切って自ら一人で挑んだ戦いだった。それなのに……もし助けに来てもらえなかったら、死んでいただろう、とパエリアは自分の未熟さにうなだれる。
「……すまない」

「ああ、落ち込まないで下さい」
カシスは微笑んで言う。
「大丈夫、あなたはこれから、どんどん強くなるんですから。……まぁ、無茶はしないで欲しいですけどね」
パエリアはうなずく。
「うん。……それに」
そう言って、セロリとじゃれているライスを見やった。
「ライスに、酷い事を……」
あの時。つい、手が出てしまった。全力で殴ってしまったから相当痛かったはずだ。

「ああ、それなら本当に気にしないで。僕がちゃんと回復しておきましたから」
カシスは笑うが、パエリアは酷く後悔していた。
あの時は、弥生を可哀相に思う気持ちと、オロチへの怒りだけが先行して。
自分を見失っていた。……悪いクセだ。

パエリアはライスの側へ行き、少しためらって声をかけた。
「ライス…」
「お?」
ライスはセロリのほっぺたをつねり上げたまま振り返った。
「ひゃなせ、こにょやろぉ〜(放せこの野郎)」ともがいているセロリは無視だ。

パエリアはす、と頭を下げた。
「……すまなかった」
一呼吸ほど頭を下げていると、ライスはふうっ、とひとつ、ため息をついた。
「…パエリア…」
呼ばれて、パエリアは思わず手の平をぎゅっと握り締める。
おずおずと顔をあげ、
「…殴っていいぞ…」
と言うと、ライスはアホか、と言って笑い出した。出来るもんかよ、と。
代わりにぽんぽん、と大きな手の平が頭に乗せられた。
「あのな。あんたは勇者でリーダーだ。俺はアンタに従おうと思ってる。……だけどな、まぁ俺の方がちったぁ長く生きてんだしよ、聞く耳も持ってくれよな」
ぐい、と額を押され顔を仰向けられる。
目が合ったライスは笑っていた。
ぱちぱち、とパエリアは瞬きして、やっとの思いでつぶやいた。
「…分かった…」
――恥ずかしさと申し訳無さでいっぱいだった。



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