ドラクエ3 〜海賊(前)〜



パエリア一行は、長い航海の途中、陸地に灯りを見つけた。
もう随分長い間、船は走り通しで休息を取りたかったところ。街明かりにしては小さいが、村か集落だろうと船を寄せた。

しかし上陸したとたん、一行は5,6人の男達に取り囲まれた。
「何だ、お前達は」
パエリアは静かな口調で問いかけた。

男達はまともな稼業の人間には見えなかった。皆ナイフや剣を携え、身体のあちこちに刀傷が目立つ。赤黒く焼けて筋肉の隆々とした……海賊か、山賊か。
海に近いから海賊だろうか、とパエリアが考えた時。

男の一人が剣を抜いてパエリアの鼻先に突きつけた。
「この土地に断り無く船を着けるとは許せねぇなぁ…」
「命が惜しかったら金目のモン全部置いて失せな」
武器を取るガチャガチャとした金属音がパエリアを囲んだ。

ライスが剣に手を掛け、カシス、セロリもさっと緊張して様子を伺った。
しかしパエリアの動きは速かった。
あっという間に鼻先に突きつけられた剣を叩き落し、隣にいた男を殴りつけたのだ。
殴られた男は数メートルも吹っ飛ばされて失神した。

「この野郎っ」
荒くれ共が一斉にパエリアに襲い掛かる。
しかしパエリアは神業のような速さで剣を抜き、一瞬でそれら全てをなぎ払った。
パエリアの足元には倒れ伏してうめきを上げる男達。
皆の出番はなかったようだ。

一人無傷で残した男にパエリアは剣を突きつけた。足元に転がる男達に視線を落とし、低い声で言ってやる。
「急所は外しておいたがすぐに治療しなければ息絶えるだろう。はやく仲間を呼ぶんだな」
「くそっ」
ナイフを手に男はジリジリと後退する。
そのうちくるりと向きをかえ明かりの方へ走り去った。

「……急いで出航しよう」
パエリアはため息をついて船へと向かった。
あの灯りは海賊達のアジトだったらしい。休む事は出来なそうだし、これ以上の厄介は困る。

しかし。
船を出す前に逃がした男が戻ってきた。どうやらすぐ近くに仲間がいたらしい。今度は先程よりも数が多い。10人を超えているようだ。

「……っ」
パエリアは収めたばかりの剣を抜いた。
ちっ、と舌打ちしてライスも剣を抜く。カシスとセロリもそれぞれに武器を構えた。

パエリアはライスとセロリに声をかけた。
「やりすぎるな。死人はだしたくない」
「おうっ! まかせろっ」
セロリは元気に返事を返したが、ライスはやれやれとため息をついた。
「やっかいな注文だぜ」

「カシスは回復に回ってくれ」
この場合怪我をするのは自分達ではない。人間相手に怪我をするような事は最早考えられない。パエリアは敵の身を案じているのだった。
「わかりました」
カシスは素直に返事を返したが、あまりやる気がなかった。

『ベギラマッ』
セロリの放った呪文に閃光が走り、まず数人を焼き払った。

「うおおおっ」
――ガキィッ!!
――キィンッ!!

やはり予想通り戦況は圧倒的に有利。
荒くれ達はどんどん地に這いつくばってゆく。

「もういいだろう! 退けッ」
パエリアが叫んだとき。

同時にドスの効いた声が飛んだ。
「てめぇら何してるっ」

――女の声だ。

また新手が来てしまったか、と振り返り、パエリアは目を見張った。
数十人の男たちを引き連れた先頭に居るのは、大きな葦毛馬にまたがった、女だった。
露出度の高い甲冑を身に着け、頭に鮮やかな黄褐色のターバンを巻いている。その裾からは無造作に伸ばされた金の髪がゆるいウェーブを描いていた。
すらりと背は高く細い身体。ハッと目を引くような、美女だった。
しかしその手には不似合いに巨大な斧――バトルアックスを握っている。

「派手にやってくれたようだねぇっ」

言いながら女は辺りを見回した。仲間の男達がうめきを上げて転がっている様を見て、苦々しげにつぶやく。
「ふん……並みの旅人じゃないってワケかい」
女は引き連れた男達を振り返って怒鳴った。
「お前ら手ぇだすんじゃないよっ!」

女は大斧を振りかぶり、馬を走らせパエリアに突進して来た!
これまでの荒くれ達とは格が違う。
瞬時に感じ取ったパエリアは剣を構え神経を研ぎ澄ました。

ライスは女の顔を凝視して、すっと顔色を変えた。
「…クランベリー…ッ!」

「んん?」
ライスの声に、女の動きが止まった。パエリアも訝しげにライスを見やる。
「…知り合いか?」

「ライスじゃないか!」
女は驚いた顔で一瞬ライスを見た。しかしすぐにその表情は元の険しいものに戻った。
「…はっ、懐かしい顔だ! だがここまでやってくれたんだ! 誰だろうと容赦しないよ!! 殺してやる!!!」

一瞬戦闘を回避できるかと思われたが駄目だったらしい。
パエリアは再び剣を構える。

ライスは慌てた声を上げた。
「おい待て、そいつは…!!」
しかしライスの声はクランベリーと呼ばれた女の雄叫びにかき消された。
「うおおおおっ!!!」
「……ッ!!」
クランベリーは一瞬の内に馬の背から宙に飛び上がり、パエリアの脳天目掛け身体ごと斧を振り下ろした!

――ガォオオンッ!!
割れるような音を立て大地に突き刺さる大斧。
予想外の動きにパエリアは一瞬身体を交わすのが遅れ、肩口を僅かに切り裂かれた。
「…くっ…!」
しかし深い傷ではない。
パエリアはすぐに女めがけ剣を振り下ろした。
「やあああッ!」

――ガキィッッ!!
剣と斧が交わった。
力はほぼ互角。

自分とここまで渡り合える女に初めて出会った。
剣を交じらせながら、信じられない思いでパエリアは目の前の美しい女を見つめた。
向こうも同じ思いらしい。目を見開いてパエリアを凝視している。

「パエリアッ! どけよっ呪文で…っ」
セロリが杖の先に魔力を集中している。
パエリアは振り返らず怒鳴った。

「手を出すな!!」

断りもせず『バギマ』を唱えようと印を結んでいたカシスも同時に手を下ろす。

クランベリーの大斧がパエリアの腹の辺りを薙ぎ払う。すかさず跳躍してかわし、上段から振り下ろされる剣。
――バチィッ!
激しい金属の交わりに火花が飛んだ。

そうして何度も剣と斧は交わり、そして。

――ガァアアンッ!!
とうとう大斧は空を飛んだ。
パエリアの剣は女の腕を捉えて、鮮血が辺りに飛び散る。
女は血の滴る腕を抑えもせず、驚愕の表情で目の前の少女を見つめた。

「バ、バカな……このあたいが…っ!?」

パエリアの方も肩で息をついている。
取り囲む荒くれどもの間に大きなどよめきが走った。

「クランベリー…!」

ライスが女に近づいて声をかけた。
「オルテガの娘だ」
「……!」



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