ドラクエ3 〜海賊(後)〜



あれほど対立したパエリア一行と海賊達だったが、旅の事情を聞いた頭領のクランベリーが急に打ち解けたので、一行は海賊団のアジトに招待され、歓迎された。

今回一番損をしたのはカシスである。
カシスは怪我を負わせた海賊達全てに回復呪文をかけて回ったのだ。……当然本人の意思ではなく、パエリアに促された為だったのだが。
疲労困憊になったカシスは今はベッドを借りて寝込んでいた。

パエリア、ライス、セロリ、それに女頭領のクランベリーは、板張りの部屋に円座をひいて、酒を酌み交わしている。
「それにしてもあんたがオルテガの娘とはね! 道理で強いわけだよ」
酔っ払ったクランベリーは上機嫌でパエリアの肩に手を回した。
豊かな胸が顔に押し付けられて息が詰まる。
それでなくてもパエリアは、慣れない酒で赤くなっていたのに、いよいよ耳まで真っ赤になった。
「…あの……ち、父とはどういう関係なんだ…?」
なんとかそれでも聞いてみた。
「ああ、オルテガはねぇ、あたいが小さい頃一度だけ会ったんだよ。モンスターが村に責めてきてね、もう駄目だ、って時に、風のように現れてさ、あっという間に片付けちまったのさ。本当に風みたいだったよ。まともな礼もしないウチに行っちまったんだからね」
クランベリーは夢見心地でうっとりと瞳を潤ませた。もともと美しい女だがそう言う表情をすると益々艶がでる。
「あたいは子供だったけど、あんな良い男は今まで一度だって見たことがないよ。アレきり、最初で最後さ」
ふふふ、と笑ってパエリアを抱きしめている。
パエリアは身の置き場に困ってもじもじした。
父の話が聞けるのは嬉しいがこの状況は少々辛い。
「その辺にしとけよ、クランベリー」
ライスはクランベリーが片手に握っていたワインの瓶を取り上げた。
「パエリアが困ってんだろーが」
そういえばこの2人、どうして知り合いだったのか。
パエリアが不思議そうに2人を上目使いに見上げる、と。
クランベリーはいたずらっぽくクスリと笑った。
「連れないじゃないかライス、その昔は良い仲だったってのにさ」
――イイナカ。
一瞬言葉の意味が飲み込めずパエリアは訝しげに首を捻る。
「ばっ馬鹿言ってんじゃねぇっ! 誰と誰が良い仲だっ!!」
ライスはバンッと床を叩き、必死に否定した。

パエリアはパッと赤い顔でうつむいた。
良い仲というのは、つまりは恋人同士だったとか、そう言う事ではないのだろうか……?
その表情は傍目にもみるみる曇ってゆく。

と、ほろ酔いのセロリはライスに絡んだ。
「は、はーん。エッロジジーイ。とうとうエロがバレたかー。あっはっはっはぁ〜」
どうもセロリは笑い上戸らしい。一人で手を叩いて大笑いしている。

クランベリーはライスにしな垂れかかるような格好になった。
「忘れたってのかい? あたいと過ごしたあの夜の事をさ。……酷いじゃないか」
耳元に囁くクランベリーの肩を、ライスは必死に押し返してわめいた。
「馬鹿おま…っ、ア、アレは全然そんなモンじゃ…っ」


ライスは昔、この海賊団で働いていた事がある。
いや、正確には働かされていたというべきか。
ライスは旅の途中、当時はまだ小さかったこの海賊団のアジトに忍び込み、食料を漁っていたところを捕まったのだった。
ライスはまだ若かったが、剣の腕に自信があった。見つかったところで乗り切れる、と高を括っていたのだ。
実際、ライスは見つかった時に5、6人の団員達を一人で切り倒し、そのまま逃げ去ろうとした。
ところが、そこへ駆けつけたクランベリーに一撃でやられてしまったのだ。

殺されるかと思ったライスだったが、クランベリーはライスの容姿を気に入って、気まぐれに傍に置くことにした。
奴隷のような扱いで働かされたライスだったが、そのうち機を見つけてライスは逃げ出す事に成功したのだ。

海賊団にいた間、言われればクランベリーの相手をすることもあった。
ライスも若かったし、それを特に嫌だと思った事もないが、特別な感情を抱いた訳ではない。クランベリーは色々な男と寝ていた。


「ははんっ、でもアンタもイイ男になったねぇっ。あたいに挑んだ時なんか、まだガキで手も足もでないヒョロヒョロの小僧だったってのに。……どうだい、久しぶりに一晩付き合わないか」
「ぅおい! いい加減にしろよ…っ」

――カシャ―ンッ!!

グラスが床に落ちて砕け散った。
パエリアの握っていたグラス。

「パエリア?」
ライスとクランベリーは揃ってパエリアに注目した。

「…ああ。すまない」
パエリアはのろのろと顔を上げて、それから立ち上がった。
「ちょっと酔っ払ったみたいだ……。冷まして来るから…」
そう言って、館の外へ出て行った。

「パエリア…」
ライスは慌てて後を追おうと立ち上がろうとしたのだが。
「待ちなよ、気ぃきかせてくれたんだろ」
クランベリーはライスの首に手を回したまま離さない。
「……っ、止めろって。俺はもうアンタの言う通りにはならねぇっ」

……と、セロリが立ち上がってぽんっとライスの肩を叩いた。
「おい、パエリアの事はオレに任せろよ。お前はババァの相手でもしてなっ!」
ニッと笑って外へと向かう。

「なんだとこのガキッ!!」
クランベリーは激昂してその背にナイフを投げ付けた。

「へっへーんっ」
ひょいひょいっと交わしてセロリは外へ出て行った。

◆◇◆◇◆

「パエリアッ」
とぼとぼと歩いているパエリアに、すぐに追いついてセロリは声をかけた。
「……セロリ」
ゆっくりと振り返るパエリア。
「大丈夫か?」

一瞬何の事を言われているのか分からなくて、パエリアは不思議そうな顔をした。
…そういえば、酔いを覚ますと言って出てきたのだ。
「…大丈夫だ」
「なんか元気ないぞっ」
「…そうかな」
セロリは心配そうにパエリアの顔を覗き込んだ。
「……」
「……」
「なぁパエリア……あのさ…」
セロリは、ライスの事を聞きかけて、口をつぐんだ。
パエリアの様子がおかしい事には、セロリでも気づいていた。それがライスに関係している事も。
だが、聞けなかった。

「…セーちゃん」
突然、パエリアが言った。
それは、幼い頃の呼び方。セロリはぎくっとしてパエリアを見た。
「…え…え!?」
驚いた顔のセロリをみて、パエリアはおかしそうにくくっと笑った。
「……戻りたいな。あの頃に」
あの頃。
パエリアがセロリを『セーちゃん』と呼んで、2人で無邪気に遊んでいた頃。
まだパエリアが、勇者になることなど、誰も予想もし得なかった頃。
「パエリア…」
セロリはパエリアをじっと見つめた。
戻れるものなら戻りたい、とセロリも思う。セロリは、あの頃から、ずっとパエリアが好きだった。
あの頃、パエリアは自分だけのものだと信じていた。
「オレも、」と言いかけた時、パエリアはフッと目を逸らした。

「冗談だ。……酔ったせいで、おかしな事を言った。……すまない、気にするな」
一瞬見せた、幼い頃のような無邪気な微笑みは、すぐに消えてしまった。
悲しくなって、セロリは叫んだ。
「……なっ、なんだよ!! オレは変わってないからな! オレはずっと変わってないからな!!」
「……」
パエリアは寂しそうな目でセロリをみた。…戻ることなど出来ない、と言いたげな。
「オレはずっとパエリアが…っ」
言いかけて、セロリはまた言葉に詰まった。
これ以上言っても、パエリアを困らせるだけだ、と分かっている。

「セロリ…」
パエリアは首をかしげて、うつむいたセロリの顔を覗き込んだ。
「…ありがとう…」
どうして『ありがとう』なのか。
パエリア自身にも良く分からなかった。ただ、自分の事を案じてくれているのが分かったから。だからそう言った。

セロリはカッと頬を染めた。
「嬉しくねぇよっ!!」
そしてふいっと顔をそむけた。
その時。

「パエリアッ……悪りぃっ!」

ライスの叫ぶ声が遠くに聞こえた。
振り返ると、まだ顔色の悪いカシスに肩を貸して、小走りにやって来るライスの姿が見えた。
「どうした…?」

「クランベリーを怒らせちまった!」
そう言う表情は青ざめている。
引きずられるようにして走るカシスは苦々しげにつぶやいた。
「冗談じゃないですよ…っ、せっかく僕が海賊達を回復させたって言うのに……っ!」
「悪かったって」
「あなたがおとなしく一晩つき合えば済む事だったでしょう…っ」
「ま、まぁまぁ、とにかく、ここは危険だ、出ようぜっ」

「…危険とは…?」
パエリアが呟くと、今度はライスのさらに後方から、クランベリーの叫び声が聞えた。

「待ちなっ!! ぶっ殺してやる!!」
手には例の大斧を持って、目をぎらつかせている。

「……」
何となく事情の飲み込めたパエリアとセロリは、顔を見合わせて走り出した。
その後にライスとカシスも続く。

しばらく走って、クランベリーががくりと膝をついた。酔っ払って思うように動けないのだ。
「ちっきしょう、ライス!! 今度会ったらただじゃおかないよっ!」
激しい罵声が聞こえる。

なんとか逃れられたか、と一行はホッと息をついて走るスピードを緩めた。
と、クランベリーは再び叫んだ。
「…パエリアッ!!」

――ヒュンッ!!!

何か、手の平に納まるほどの大きさの丸い物体が、物凄い勢いで飛んできた。
「!」
とっさに受け止めて、パエリアははっとした。
「これは……?」
緋色の光を纏い、強い魔力を放つ、不思議な玉。『レッドオーブ』だ。

「土産だっ! 持ってきな!!」
クランベリーはニッと笑った。
「……!」
パエリアも応えて、フッと笑う。そして軽く腕を上げ手を振った。


結局、ろくな休息もとれず、一行は海賊のアジトを後にした。
ライスが後でカシスとセロリにさんざん文句を言われたのはいうまでもない。



<もどる|もくじ|すすむ>