ドラクエ3 〜サマンオサ(前)〜



パエリア一行の訪れた、サマンオサという国は、王の乱心によって乱れに乱れていた。
連日のように罪の無い人々がいわれの無い咎で、処刑されているというのだ。
もし王の耳に悪い噂でも入れば、それだけで処刑される。
国民は心は重く沈み、誰もが疑心暗鬼になっていた。

話を聞いたパエリアは、怒りに頬を染め、思わず剣に手をかけた。
――しかし相手は人間。ましてやこの国の王である。
城に向かって駆け出そうとした足は、やり場を失くし地団太を踏んだ。
「…くそっ…!」
気を静めようと、大きく息を吐き出す。

その様子を見たライスがからかうように声をかけた。
「おっ、踏みとどまるとは、ちっとは成長したじゃねぇか、パエリア」
はっはっは、と笑おうとして、鋭い目で睨まれて口を閉ざす。
セロリとカシスにも冷たい視線を投げられて、ライスは慌ててとぼけるように上を向いた。
「やー、でも、まーた魔物だったりしてな…」
話題を変えようととっさに言ったセリフだが、皆ハッとしてライスを見つめる。
ありえない話ではない。
実際、ジパングで起きた事だ。

「もしそうだったらどうする?夜中に忍び込んで退治するか?」
セロリが意気込んで言う。
しかしパエリアは首を振った。
「……まだ魔物かどうかは分からない…。とにかく、会ってみない事には……」
「でもよ、会ったって分かるとは思えねぇぜ。どーせ人間の皮かぶってんだろ。尻尾つかまねぇと手は出せねぇな。何しろ相手は王様だ。殺しちまってから、違ってました、じゃシャレにならねぇ」
ライスが言うと、セロリもうーん、と唸った。

カシスが、ふ、と笑った。
「サマンオサ城の南に、『ラーの鏡』が奉られた洞窟がある、と。聞いたことがあります」
「ラーの鏡?」
パエリアとライスが首を捻った。セロリはハッとした表情で声をあげる。
「ラーの鏡! 真実の姿を映す鏡だな!」
「おや、さすが、一応は魔法使いさん、詳しいですね」
カシスはにっこり笑う。
「なんだ”一応”ってのは…!!!」


とにかく一行は王に会ってみることにした。
魔物かどうかは分からない。しかしその気配を感じたら、その時は鏡を取りに行って確かめれば分かる事、と。
……しかしこの選択は間違いだったと思い知る事になる。

◆◇◆◇◆

城を訪れると、まず城門で見張りの兵士に追い返されそうになった。
カシスが、パエリアはアリアハンの勇者でバラモス征伐の旅をしている、という事を要領よく説明すると、胡散臭そうにしていた兵士は、王に伺いを立てると言って城の中へ消えた。

ほどなく兵士は戻ってきて、王との対面を許されることとなった。

王は、遠目には人のよさそうな老人に見えた。
しかし側に近づくにつれ、ただならぬ気配を感じてパエリアは仲間を振り返った。
みな同じ事を考えているらしい、目で頷いている。
――やはり、魔物か……!
それでもパエリアは王の前に跪き、口上を述べようとした。

しかし。
パエリアが口を開く前に、王は居丈高に宣言した。
「おぬしか、勇者とか名乗る馬鹿者は!!!」
「!」
驚いて顔を上げると、王の目は焦点が合っておらず、口にはいやらしい笑みを浮かべていた。

「わしはお前のような連中が許せぬ! 出来もしない魔王討伐などと抜かし人心を惑わしている! 罪は大きいぞ、大きいぞ!!」
ひひひひひっ、と笑った拍子に口の端からよだれが垂れて、王は慌てて口をぬぐった。
「死刑だ! さあ、捕えろ!! 明日のイベントはこいつらの処刑だっ」
興奮して立ち上がる王を、パエリアはあっけにとられて見上げた。
城の兵士達も、王のこの応対には驚いたのか、すぐには身動きすら出来ない。

――あれはどう考えても魔物。いや、たとえ人間だろうとこんな横暴は断じて許せない!!
パエリアは剣に手をかけた。

「待てパエリア!」
ライスがパエリアの腕を掴んだ。
「このままアイツを斬ってみろ! あんたは勇者どころか大罪人になっちまうぞ!!」
「し、しかし…っ!!」
「ライスさんの言う通りですよっ」
カシスもなだめるように声をかける。

セロリは青ざめて叫んだ。
「お、おい、どうすんだよっ」
そうこうしている間に兵士達が王の周りを固め、ぞくぞくと玉座の間に現れてパエリア一行を取り囲み始めた。

「く、くそ…っ」
パエリアは剣を手にしたまま兵士達を睨む。
兵士達は明らかに動揺しながら一行に対峙している。
――王はともかく、この兵達を手にかけるのは…!
そこまで考えた時、ライスが見透かしたように言った。
「あんたの事だ、どうせ人間は殺したくねぇんだろ?」
皮肉たっぷりに言われて、パエリアは返す言葉も無い。
「……っ」
カシスもセロリもライスを睨んだが、しかしライスはニヤっと笑った。

「ここは俺に任せなっ!」
言うなり、ライスは出口の方向にいる兵士に斬りかかった!!
「うわああっ!!」
兵士達の悲鳴があがる。
――ザシュッ!!
――ザンッ!!

あっという間に数人の兵士を切り倒して、ライスは叫んだ。
「早く逃げろ、捕まったらお終いだ!!! ここは俺が食い止めてやる! 大丈夫だ、なるべく殺さねぇようにやってやるさっ」
「……!」
言うとおり、ライスの斬った兵士は致命傷には至っていない。

パエリアは動揺を隠せずに叫んだ。
「しかしお前は…っ!?」

「大丈夫だ何とかなる!! いいからあんたは逃げて『ラーの鏡』を持ってくるんだ!」
ライスは兵士と剣を交えながら、自信たっぷりに言い放った。
「……!」

まだ呆然として返事の返せないパエリアの肩を、ライスは突き飛ばして叫んだ。

「行けよ、おらっ!!」

そのやり取りの間にも、兵士達が一斉に襲い掛かって来る。
セロリが『ベギラマ』を放って兵士を遠ざけ、カシスも何とか応戦した。

パエリアも剣を取り、戦いながら、なんとか出口に近づいた。
あとほんの少しで広間の外、という所で、パエリアは立ち止まった。
カシスは、背後を振り返って、ライスに軽く頭を下げてから、パエリアの手を引いた。
「行きましょう、パエリアさん! あなたはこんなところで捕まって処刑される訳にはいかないんです! ライスさんの言うとおりにし…」
カシスが言い終わる前に、パエリアは叫んだ。
「分かっている!!」
激しい剣幕で叫んで、ライスを振り返る。

「必ず戻る! ライス、お前は生きて待っていろ!!」

「おうっ」
剣を振り回しながら、ライスはニッと笑った。

「……これは命令だ…っ」
そのパエリアのセリフを最後に、3人は一斉に走り出した。
前方にいる兵士を蹴散らし、玉座の間から外へ飛び出す。

背後でライスと兵士たちとがもみ合う音が聞こえる。

振り返らずにパエリアは走った。


そのまま城を抜け、街を駆け抜けて、追手が無いのを確認してから、ようやく3人は足を止めた。

はぁはぁと息を切らして、お互いの顔を見合わせる。
セロリがハッとして呟いた。
「パエリア……」
それに気がついたカシスも、パエリアの口元に手を伸ばす。
「回復を……」
かみ締めすぎて切れたパエリアの唇から、ぽたぽたと血が落ちていたのだ。
パエリアはカシスの手をばっと払いのけた。
そのまま腕で口をぬぐう。
「はやく、ラーの鏡を……!」



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