ドラクエ3 〜サマンオサ(後)〜



翌朝。
夜通しかけてラーの鏡が奉られているという洞窟を探索した3人は、とうとう目的の鏡を手に入れ、再び城を目指していた。
まだ東の空が白み始めたばかりの時刻。
日が登り、城の人間が目覚めてしまってからではきっと間に合わない。3人は急いで城を目指した。

見張りをラリホーで眠らせて、なんとか城に忍び込む。おそらく牢屋は地下だろう、とあたりをつけて、地下に続く階段を下りた。案の定、地下には牢獄が広がっていた。


「ライス!」

5つめに覗いた牢で、パエリアはライスを見つけた。
ライスはぐったりとして壁にもたれていた。

「…おう…」
ライスは顔だけこちらに向けて、にや、と笑った。
しかしひどくぎこちない動きをしている。様子がおかしい。

パエリアは鉄格子に縋りつくようにして目を凝らした。
カシスが慌てて、
「鍵を見つけてきます。おそらくさっき眠らせた兵士が…」
と言いかけた時。

パエリアは鉄格子を握る腕に渾身の力を込めた。
「うおおおお…っ!」
――ギギギギギッ
なんと格子は左右に折り曲がった。
ぎょっとするカシスとセロリを気にも留めず、パエリアはわずかにできた隙間に身体をくぐらせてライスの元へ駆け寄った。
慌てて2人もパエリアの後に続く。

「はは……無茶するぜ…」
ぐったりと壁にもたれたまま、ライスは笑った。
その姿を間近に見てパエリアは息を呑む。

「お、まえ……」

全身に、無数のあざが出来ていた。元の色の部分を探す方が難しい。
それに、鋭利な刃物で抉られたような深い傷が、顔にも腕にもいたるところに刻まれていた。
これは戦闘で出来るような傷ではない。意図的に、いたぶる為につけられた傷だ。
「……っ!」
パエリアはライスの前にしゃがみこんだ。

「たいした事ねぇよ。……んな顔すんな」
たいした傷どころではない。生きているのが不思議なほどの傷だ。
それなのにライスは笑ってみせるのだ。

「すま…」
すまなかった、と言うのを、ライスはさえぎった。
「おっと。謝るなよ? あんたに謝られるとせっかくの俺の活躍が台無しになっちまうからな」

「だが…」
パエリアは投げ出されているライスの手をそっと握った。
それだけでも痛いのか、一瞬、ライスの身体に緊張が走る。
「い、痛い、だろう……?」
尋ねるパエリアの声は、僅かに震えている。
「たいした事ねぇって……」
言いながら、ライスはふと、パエリアの顔を見つめた。
「……」

パエリアは目を閉じて、ありったけの魔法力をつぎ込んで、呪文を唱えた。
『ホイミ』
柔らかい光が伝って、ライスの腕の傷を消していく。
しかしこれでは埒があかない。パエリアは後ろのカシスを振り返った。
「カシス、頼む、回復を…」
心得顔で、カシスが頷いた、次の瞬間。

ぐいっと腕を引かれた。

「!?」

パエリアはそのままライスの腕の中に引き込まれた。
「……っ?!」

傷ついたライスに抵抗することも出来ず、されるがままパエリアは、ライスに抱きしめられてしまった。

それまで心配そうにライスを見つめていたセロリが一気に顔色を変えて叫んだ。
「ななな何しやがるジジイッ!!!」

「いいじゃねぇか、こんな時でもねぇと、ぶん殴られるからな」
ニヤリ、と笑ってライスはパエリアの肩を抱く。
カシスは呆れ顔でため息をついた。

「ど、い…っ」
一体どういうつもりだ、と言いたのに、パエリアは軽くパニックを起こしてしまって言葉にならない。
振りほどこうにも、重症のライスの身体をこれ以上傷つけるようなマネも出来ない。
パエリアが顔を真っ赤にして困り果てていると、ライスは耳元にささやいてきた。
「あんたがあんまり可愛い顔するからだぜ?」
……まるでからかっているかのような。

「こここここの野郎……っ!!!! 息の根止めてやる!!」
セロリは涙目になって杖を振り上げた。

「セクハラですよ、ライスさん」
今にもライスに殴りかかりそうなセロリの前に、カシスは割って入ってパエリアの腕を引きあげ、助け起こした。
ちぇ、とライスは名残惜しそうにぼやいてパエリアを解放する。
なんとか立ち上がったパエリアは、ライスに背を向けてうつむいてしまった。
「――…っ」

カシスは、ライスの前にしゃがみこんだ。回復呪文を唱えるために手をかざす。
唱える前に、にっこり微笑んで言ってやった。
「今度やったら本当に殺しますから」
……冗談には聞えなかった。

◆◇◆◇◆

牢屋を抜け出した4人は城下街に宿をとってライスの回復を待った。
2日もするとライスは調子を取り戻したが、まだ完璧とは言えなかった。
しかしその夜、パエリアは王に挑む事を決めた。
明日にはまた罪の無い人間の処刑が執行される、との噂を聞きつけたのだ。

深夜。一行は再び城へ忍び込んで王の寝室へとやって来た。

天幕を垂らされた巨大なベッドの真ん中で、王は寝汚なく転がっていた。
さっそく手に入れた鏡にその姿を映す。
ラーの鏡には醜い化け物が映し出された。見る間に王の身体はむくむくと膨れ上がる!!

「……っ!!!」
ベッドが激しくきしんでミシミシと音を立てて潰れた。
ベッドどころか部屋をも破壊しそうなほどにその身体は膨れあがっている。

やっと魔物は目を覚ました。
「見ぃ〜たぁ〜なぁ〜っ!!!???」
魔物は飛び起きて4人を見回し、いきり立って咆哮をあげた。

「トロールかっ!?」
知能が低く、腹の突き出た醜怪な化け物。パエリアが剣を構えて叫ぶと、カシスが首を振った。
「いえ、これはボストロールですよ……っ、この地上にはもはや居ないと思われていたのに……!」

ライスは剣を構えた。
「なんだっていいさ、たっぷり礼をしてやる!!」

「おう! たっぷりやってやれっ……『バイキルト』!!」
セロリが叫ぶと杖の先から白光が飛んで、ライスの身体に突き刺さった。
ライスの身体は薄く白い光を放ち、みなぎる力にライスは目を見張った。

ニヤリ、と笑ってライスは駆け出す。
「らああああーーーっ!!!」
パエリアも同時に駆け出した!!

2本の剣がボストロールのぼってりした腹に突き刺さる!

怒り狂って棍棒を振り回すトロールに、カシスは『マヌーサ』を放った。
幻影に惑わされて、その動きはますます雑になる。ライスにもパエリアにも棍棒が当たることは無かった。

パエリアとライスは交互に何度も斬りつけ、そして。
とうとうボストロールの巨体が倒れた!!!

――ズズズズゥゥン!

息を切らしながら、パエリアとライスは顔を見合わせる。ライスが二ッと笑い、パエリアもフッと笑った。
そして後ろのカシスとセロリを振り返る、と。

いつの間にか集まってきたのか、騒ぎを聞きつけた兵士や女中らがあたりを取り囲んでいた。
そのあちこちから歓声があがる。

一行は城の中でも特に上等の客室に通されてもてなされた。
地下牢の奥に閉じ込められていた本物の王も夜のうちに助け出され、そして。
そして夜が明けた。

◆◇◆◇◆

たっぷり3日ほどもてなしを受けてから、ようやく一行は解放されて、旅に戻った。
パエリアはその間ずっと居心地悪そうにしていたのだが、他の3人には良い休息になったようだ。

「はぁ〜、しかし良かったな、サマンオサは」
ライスは船べりに持たれて鼻歌でも歌いそうな雰囲気だった。セロリが訝しげに首を捻る。
「何言ってんだ。そりゃ平和になってよかったけどさ、お前が一番ひどい目にあったんじゃないのかよ」
「んん? あぁ、まぁな。……ひひひ、まぁでもお陰で役得もあったしな」
「……???」
セロリが眉をひそめていると、ライスはいやらしくニヤニヤ笑った。
「いやぁ、柔らかかったぜ。パエリアは……」

セロリの顔は見る間に真っ赤になっていく。
「てめぇこのクソゴリラッ!! やっぱり殺す!!」

船尾の方にいたパエリアが不思議そうに2人を振り返った。
「……何を騒いでるんだーっ?」

「や、何でもねぇよっ」
ライスはニヤニヤ笑ったまま手を振る。
セロリは真っ赤になってライスの胸倉を掴んだ。
「お前はもうしゃべるなっ!! パエリアと口利くんじゃねぇっ!」
「さーてね」
「……!!!」

その間で全てのやり取りを聞いていたカシスは、全く厄介なことだ、とそっとため息をついた。



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