ドラクエ3 〜約束〜



南の海に浮かぶ小さな島の、小さな村では、ゆっくりと穏やかな時間が流れていた。まさに「忘れられた村」と呼ぶのにふさわしい、孤島の村『ルザミ』。

「いいところだな」
パエリアが言うと、セロリは眉をひそめた。
「なんか、さびれてねーか?」
確かにものさびしい雰囲気も漂っている。
「まぁとにかく休めりゃいいや」
ライスがのんきに言ったが、カシスは怪訝そうに辺りを見回した。
「宿はありますかね……?」


一行はとりあえずこの村で休息をとることにした。案の定、宿も無い程小さな村だったが、野宿をするには快適だ。

その、夜。
見張りも立てず皆が眠りこける中、セロリだけが起きて、どこかへ出かけていった。
そのうち戻ってきて、パエリアを揺り起こした。
「…ん…」
パエリアは重いまぶたをあげて、目をこすった。
「……?」
「ごめんな、起こして」
セロリはささやくように言う。
「……ん。……何だ…?」
「ちょっとあっちへ行ってみないか?」
「……?」

まだ寝ぼけていたパエリアは半ば引きずられるようにしてセロリに連れ出された。
やっと目が開いて、
「どこへ行くんだ?」
とたずねたが、セロリは
「いいから」
と曖昧な返事を返す。

ようやくたどり着いたところは小高い丘の上の不思議な丸い建物だった。
「ここは……?」
パエリアがたずねると、セロリは生き生きした顔でニッと笑った。
「展望台っていうらしいぜ」
そして、パエリアの手を引っ張って、こっちこっち、と上へ上っていく。

一番上の階までやってくると、そこには大きな白い筒があった。

「……?」
「覗いてみろよ」
言われて、促されるままに覗くと、そこには掴めそうなほど近くに、星空が広がっていた。
「……!」
驚いてセロリを振り返ると、満足げにうなずいている。
「な、すげぇだろ? 仕組みは良く分かんないんだけどさ」
「……うん」

パエリアはもう一度その筒を覗き込んで、ため息をついた。
星に見とれるなどもう何年ぶりの事だろう。それが美しいということさえ忘れかけていた。
しばらく見とれてから、パエリアはセロリを振り返って微笑んだ。
「……きれいだな」
セロリは嬉しそうに笑ってパエリアの手をひいた。
「な、外行こうぜ」

2人は丘の上に並んで寝そべり、星を眺めた。
こんなに穏やかな気持ちになったのは、もう随分久しぶりな気がする。
ふと、幼い頃のことが思い出されてパエリアは微笑んだ。
「……そういえば、昔も……こうして星を眺めた事があったな」
「ああ! あの時は屋根に登ったんだっけ?」
「そうだ……」
パエリアはくくっと笑った。
「おまえが降りられなくなって、大騒ぎになったんだ。後でルイーダに叱られたな」
「!! よ、余計な事は思い出さなくていいよっ!」
パエリアがくすくす笑い続けるのを、セロリはふくれっつらで眺める。

そのうち、セロリはふっと真顔になって言った。
「なぁ、魔王を倒したらさ……。アリアハンに、帰ろうな」
「……」
パエリアはきょとん、としてセロリを眺めた。
「倒したら、か……」
考えてもいなかった。その先の事など。
「そうだな……」

「それで、帰ったらさ、また昔みたいに一緒にいようぜ! ……昔みたいに、毎日遊んで暮らせるわけじゃないけど……でも、一緒に……!」
セロリは興奮気味にそう言って、体を起こした。
つられて、パエリアも起きあがった。
「……ああ」
あの頃のように。平穏に。毎日平和に暮らせたら……。
「……そうだな」
口元に笑みを浮かべてうなずく。

すると、セロリは右手の小指を立てて差し出した。
「じゃ、約束」
「……?」
パエリアは不思議そうな顔をした。
約束、というほどたいそうな事でもないと思ったのだ。セロリとは近所だし、帰れば一緒にいるのは当然だと思った。
それでも、なんとなく出された小指に、小指をからめた。
「……これで、いいか?」
パエリアは首をかしげて少し笑った。

セロリは、がっかりしたような、怒ったような顔で、うつむいた。頬を染めて、口を引き結んでいる。
「……パエリア……」
小指を絡め、うつむいたままで、セロリはつぶやいた。
「? どうし…」
パエリアが問いかけた、次の瞬間。

ひどく近い位置にセロリの顔が迫った。と、思う間もなく、唇に、柔らかく、ぬるい感触があたった。

――!?

それは、ほんの一瞬の出来事。

「パエリア、……オレ」
セロリが真っ直ぐに見つめている。

(――…今、…何が)
あまりに真っ直ぐなセロリの眼差しに、パエリアは身がすくんだ。息づかいを肌に感じるほど近い距離。逃れようとして、とっさに身をよじった。
「……っ!」
拍子にバランスを崩し、パエリアは仰向けに倒れた。引きずられるようにセロリも倒れる。
――どさっ
セロリはパエリアに覆いかぶさるような格好になってしまった。

言葉も、でない。
パエリアは、ただ呆然と、上になったセロリを見つめた。
セロリの方も、驚いた顔をしてパエリアを見つめている。

そのまま、数瞬、見つめ合って――

「ごっ、ごめん」
セロリは急に慌てて飛びのいた。
殴り飛ばされなかっただけセロリは運がいい。

パエリアは、地面に手をついて、ゆっくりと身体を起こした。
「……な、ぜ」
声が、かすれる。

セロリは慌てふためいて叫んだ。
「い、今のはわざとじゃないんだっ! ごめん」

”今のは”というのは、どれのことだろう。
驚きすぎて頭が混乱している。
「…」
パエリアが何も言わないでいると、セロリは不安になったのか、しゃがみこんでパエリアの顔色を伺った。
「なぁ、ごめん。本当に、わざとじゃなかったんだ。……パエリア…、怒ったのか……?」
最後の方は泣きそうな声だった。

どこまでが、わざとじゃなかったんだろう。
あれは、倒れる前の、あれ、は……
パエリアはぶんぶん、と思い切り首を振った。
「……いい。怒ってない」
短く答えると、セロリはまだ不安げにパエリアを見つめている。
パエリアは叫んだ。
「――事故だっ。……そうだろう…っ?」
「……!」

沈黙が流れる。
パエリアが顔を上げると、セロリはひどく寂しそうな顔をしていた。
「…うん…」
呟いて、うなだれる。

「……」
「……」
2人ともしばらく無言で座り込んでいた。そのうち、セロリがすっと立ち上がった。
くる、とこちらに背を向けて。
「……でも、約束は……約束だからなっ!」
そういい残して、逃げるように走って行ってしまった。


約束。

……魔王を倒したら、アリアハンへ帰る。そしたら、ずっと、一緒に……。

パエリアは頬を染め、ごくりと喉を鳴らした。
何か、とんでもない約束をしてしまったような気がする……。
パエリアは座りこんだまま、ただ呆然とセロリが駆けて行った闇を眺めていた――。



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