ドラクエ3 〜カリィバーグ〜



スー大陸の東。
女商人のカリィがあっという間に人を集め開拓した新興の街は『カリィバーグ』と名付けられた。
まだ出来たての建物ばかりで町全体が新築独特の香りに包まれている。
それでも、とてもにわかに出来たとは思えない、美しい街並みだった。

パエリアは街の入り口で立ち止まり、驚いて辺りを見回した。
「……すごい、な…」
カリィを置いていったのはつい先日の事に思えるのに。この短期間の間にここまで街を成長させるなど、夢にも思っていなかった。
「ほんとに……ここ、だよな?」
セロリも目をまん丸にして辺りを見回している。
「これは驚きましたね」
カシスも感心してうなずいた。
「はーっ、すげぇなぁ。こりゃ美味いもんが食えそうだ」
ライスは嬉しそうに笑った。

「カリィに会いに行こう」
パエリアが言って、4人は街の奥、一際立派な建物を目指した。そこが街の創始者であるカリィの館だと聞いたのだ。

しかし。
「今はカリィはここに居ないぞ」
屋敷の前で、門番の兵士はふっふっふ、といやらしく笑った。
どういうことだ、とパエリアが詰めよると、兵士は得意げに、クーデターが起きて、カリィは今は牢に閉じ込められている、と説明した。
「そんなバカな話があるかっ!!」
パエリアは怒りをあらわに兵士の胸倉を掴んだ。しかし兵士はなおもカリィを嘲るように言い募った。
「カリィは街の者を人とも思わずに働かせたのだ。当然の報いだ」
カッとパエリアの頬が怒りに染まる。
パエリアは兵士を地面に叩きつけた!
――ダンッ!!
「わぁ、パ・パエリアッ!!」
ぎょっとしてセロリが悲鳴をあげる。
「大丈夫ですかっ」
カシスも慌てて兵士に駆け寄った。
叩きつけられた兵士は泡を吹いて失神していた。
カシスがしゃがみこんで兵士に回復呪文をかける。
「あ…」
――しまった。そんなに力を入れたつもりは無かったのだが、やりすぎた。
パエリアは不安げにその様子を眺める。
「しょーがねぇなぁ…」
ライスがつぶやくと、パエリアは落ちこんでうつむいた。
ライスは慌ててパエリアの肩を叩いた。
「まぁ、ほら。俺は簡単には死なねぇしよ、殴るなら俺だけにしとけ?」

◆◇◆◇◆

カリィは広い牢の奥に、座り込んでいた。
「カリィッ」
パエリアが呼ぶと、カリィは顔を上げた。パエリアの姿を見て、嬉しそうに微笑む。
それから立ち上がって、ゆっくりと格子の方へ歩いて来た。
「パエリア。…来てくれたんだ。久しぶりだね」
頬が少しこけてやつれている。ピンクの髪がひどくパサついていた。
「カリィ、なぜ、こんな事に…」
「…ごめんね。みっともないとこ、見せちゃって」
カリィは照れたように笑って髪を掻きあげた。
「カリィ…」
頬のこけた笑顔が痛々しくて、まともに見ていられなかった。

「とにかく、ここを出よう、カリィ」
「え?」
「牢の鍵は…っ」
パエリアが振り返って言うと、カシスが心得顔で『最後の鍵』を手にしていた。
「これで開くでしょう」
受け取って、パエリアは牢を開けようとした。
「待って、パエリア!」
カリィは叫んだ。
「なんだ?」
「ダメだよ、あたし、逃げられない…」
「な、なぜだ?」
パエリアは驚いて目を見開く。
「あたしが、悪かったんだもん。…もう少しここで反省してれば、きっと街の人も許してくれると思うから…」
カリィは微笑んでいた。
「そんな…」
「何言ってんだよ!お前が街を大きくしたんだろ!?こんなトコに閉じ込められるなんておかしいじゃねぇかっ」
セロリが怒って叫ぶ。
パエリアも同感だった。
「セロリくん…。でもね、これはあたしと、この街の問題だから…」
悲しそうにカリィが言った時。

「おい、まずいぞ」
後ろに控えていたライスが言った。
カツン、カツンと牢番がやって来る足音がする。
「貴様ら、何をしている!面会は終わりだ。さぁ、よそ者はさっさと出て行け!」
牢番は一行に槍を突きつけて脅した。
そんなものに怯むパエリア達では無いが、また騒ぎを起こすわけにもいかない。
大人しく牢を去ることにした。

「パエリア、またね。…いつか会いに来てね…」
手を振るカリィの、寂しそうな笑顔に。パエリアの胸は締め付けられた。

◆◇◆◇◆

「くそっ」
――だんっ!
足を踏み鳴らし、パエリアは叫んだ。
「どうしますか?」
なだめるようにカシスはパエリアの肩をに手を置いた。
「助け出すなら、手伝いますけど」
「無理やり連れてっちゃうか!?」
セロリも意気込んで言う。
ライスはため息をついて言った。
「本人が行かねぇって言ってんだ。どうしようもねぇだろ」
「だけど…っ」
納得いかない様子でセロリは頬を膨らませる。
「…ライスの、言うとおりだ…」
パエリアは低くうめくように言った。
カシスが意外そうに眉を上げる。セロリも叫んだ。
「なんだよ、諦めんのかっ!?」
「……」
パエリアは無言で宙を睨んでいた。

◆◇◆◇◆

深夜。
パエリアは1人で宿を抜け出し、牢に向かった。
どうしても、カリィを牢になど入れて置きたくなかった。
どうしても。

「カリィッ」
パエリアは牢を開けて眠っているカリィを起こした。
「え、パ、パエリア…。どうして」
「話は後だ、早く逃げようっ」
言って、カリィを立たせて開け放った出口へと手を引く。
「ダ、ダメだよ、パエリア…。あたし、逃げるわけには行かない…」
カリィは立ち止まった。パエリアは掴んだ手をぐっと引き寄せる。
「なぜだっ!おまえはこの街の為に働いたんだ!そうだろう!?」
カリィは首を横に振った。
「うん…でもね、やりすぎちゃったんだよ…。あたし、間違ってた。町の人の気持ちまで考えてなかったんだ…。だから、反省して…」
カリィが言い終わらないうちに、パエリアは再び手を引いて行こうとする。
「とにかく、出よう、カリィ!このままではまた見つかって…」
「ダメだよっ!」
カリィは鋭く叫んだ。目を潤ませて、パエリアを見つめている。強い眼差し。
「カリィ…」
「あたし、もう少し反省するから、だから…せっかく来てくれたのにね。ごめんね。」
ごし、とカリィは目を擦る。

何故だ。
――どうして、こんな事に?

目の前のカリィが、悪いことなどするはずがない。
絶対に。

「…いやだ」
パエリアは声を震わせて言った。
「お前をここに残していくのは嫌だ…っ」
「…パエリア…」
カリィが困ったように微笑む。
それからパエリアの首に手を回した。
「また、会いに来て、パエリア。…あたしは大丈夫だから」

「…っ」
パエリアはぎゅっと眉をひそめた。
「…どうしても、ここを出る気はないのか?」
「うん。」
パエリアはふっと諦めてため息をついた。
「…また、来る。必ず」
短くそう言った。
「その時は、世界は平和になっているだろう」
カリィは少し笑って、パエリアを見上げた。
「うん。パエリアなら出来るよ。待ってるから」
「その時まだお前がここに居るようなら、私は…きっと、力ずくでもおまえを連れ出すだろう」
カリィは、おかしそうに笑った。
「あはは、パエリア……。意外と、わがままだよね」
「…カリィ…」
冗談で言っている訳ではないのだ。
パエリアは眉をひそめてカリィを睨む。
「…ねぇ、気をつけてね。絶対、無事で、また会おうね。」
「……。…ああ。」
結局カリィは、ここを出ると、約束してはくれなかった。

◆◇◆◇◆

パエリアが1人牢を後にすると、仲間達が心配そうに待ち構えていた。
「お前達…」
「気がすんだか?」
ライスが言う。
セロリはがっかりしたように肩を落とした。
「やっぱダメだったのか…」

「パエリアさん」
カシスが一歩出てパエリアに何かを見せた。
魔力の篭った黄色い玉。『イエローオーブ』だ。
「インディオの老人から頂きました。カリィさんが僕たちの為に買っておいてくれた品だそうです。」
「…そうか」
パエリアは玉を受け取り、握り締めた。

カリィが応援してくれている。
まずは魔王バラモスを倒さなければ。
全て終わったら、またきっと会いに来る。

パエリアは誓って、街を後にした。



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