ドラクエ3 〜幽霊船〜



闇に浮かび上がった不気味な船体を見上げて、パエリアはふっと笑った。
「面白そうだ」
その美しい微笑と、おどろおどろしい船体が酷く似合わない。
「行ってみよう」
ためらいもせずに言い切る、その神経がセロリには信じられなかった。
「お、おい、本気で言ってんのか!?」
「? もちろん本気だ」
パエリアは不思議そうにセロリを一瞥して、あっさりと言った。

「幽霊船か、はっはっは、こりゃいいや。財宝でも眠ってねぇかな」
ライスは上機嫌でさっさと脇に着けた船に乗り込もうとしている。
カシスも続こうとして、ふとセロリを振り返った。
「大丈夫ですか?セロリさん。顔が真っ青ですよ、船に残った方がいいんじゃないですか?」
呆然としていたセロリはハッとして、
「う、うるさいっ、お前はどうなんだよっ!?」
とわめく。
「僕は、パエリアさんが行くなら行きますけど」
カシスは平然として、いつも通りの穏やかな笑顔だ。
どうやらこのパーティに正常な神経の持ち主はいないらしい。…セロリ1人を除いては。

3人はさっさと幽霊船に乗り込んで、まだぐずぐずしているセロリを振り返った。
パエリアは悪気も無く声をかける。
「どうした、セロリ?怖いなら残ってもいいぞ」
セロリは半ばヤケクソで
「うう、うるさいっ、へーきだよっ!!」
と怒鳴った。

こうしてパエリア一行は、揃って幽霊船に乗り込んだ。

◆◇◆◇◆

船の中はあちこち腐りかけ、歩く毎に軋んだ音を立てた。辺りには骨となった死体がこれ見よがしに転がっている。
「これはひどいな…」
パエリアは思わず首をすくめて辺りを見回す。

「宝箱はねぇかな…。…ん?」
キョロキョロと辺りを見回していたライスがふと動きを止めた。
「げ。おい、カシス、アレって…」
そう言いながらカシスをつつく、ライスの視線の先には、ふらふらとさ迷う青白い炎。
――人魂だった。
カシスは、ああ、と事も無げにうなずいて、
「どうも、ここにはさ迷えるみたまがたくさんいるようですねぇ」
とのんきに言った。
(げーーっ)
声にならない叫びをあげたのはセロリである。

「おい、成仏させてやれよ。僧侶だろ?」
ライスが言ったが、カシスは嫌そうな顔をして片手をひらひらさせた。
「何言ってるんですか、こんなにたくさん、やってられませんよ」
よく見れば、船のあちこちに、人魂だけでなく、亡霊やゾンビが大量にうごめいている。
いよいよ真っ青になったセロリは、それでも先頭を歩いているパエリアが心配になった。
「パ、パエリア…怖くないか?」
「? 私は平気だ」
振り返ったパエリアは顔色一つ変えていない。セロリは深いため息をついた。

◆◇◆◇◆

「おっ、おい、宝箱だ」
しばらく船内を探索し、船底へ続く階段を降りた時、ライスが嬉しげな声をあげた。
やたら古びてはいるが、まだ開けられた形跡は無い。
ライスはさっそく開けようとして手を掛けた。
「あっ、おい待てよ!!」
セロリが叫んで駆け寄る。
しかし、一瞬、遅かった。
開かれた宝箱の底でギロリと光る2つの目玉。長い舌が飛び出して、ライスの腕を噛み砕こうと飛び掛った。
「うおっ!?」
『ミミック』だ。
「バカ、だから言ってるじゃねぇかよ、宝箱開ける時はオレに言えって!!」
セロリは、以前ピラミッドで酷い目にあって以来慎重になり、必ず『インパス』の呪文で中身を確かめるようにしている。
「へっ、この程度の魔物にやられるかってんだ」
ライスは大剣を振り上げミミックに斬りかかった。
「舐めてるとやられるんだぞっ、そいつはザ…」
セロリがむきになって言いかけた、その時。
ギィギィと耳障りな、ミミックの洩らす音が邪悪な呪文に変化した。
『ザラキ』
「!!」
血も凍りそうな悪寒が耳から流れ込んで背筋を走り、セロリは思わず立ちすくんだ。
駆け寄ろうとしていたパエリアとカシスもほぼ同時に立ち止まって耳を塞ぐ。
真正面で剣を振りかぶっていたライスの動きがピタリと止まった。

一瞬後。
セロリの目の前で、ライスの大きな身体が前のめりにつんのめった。

「――ライスッ!!!」
セロリの悲鳴に近い声が上がる。
声にハッとして顔を上げたパエリアとカシスも息を飲んだ。

「ライスッ!?おいバカ起きろよっ!!」
必死に叫ぶセロリはライスの肩を揺すろうと手を伸ばす。
そのセロリに食らいつこうと、容赦なくミミックは飛び上がった!
「…あっ」
避ける間もない。
セロリは目をつぶって両腕で自身をかばった。
とっさに走り出したパエリアの剣も届かず、カシスの呪文も間に合わない。

――ズガッ!!

鈍い音がしてセロリはその場へ座り込んだ。
…痛みは……感じない…?
驚いて目を開けると、無機物と化した空の宝箱が、真下から長い剣に刺し貫かれて浮いていた。
剣の柄を握るのはごつい戦士の手。
「……いやぁ〜、焦った」
ライスは罪の無い顔で笑いつつ、まだ倒れていた身体を起こし
「コイツ、呪文使うんだっけな」
ぼやきながら剣を引き抜いた。
「て…っ」
「あ?」
「てめぇ驚かせんなこのクソジジイッ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつけるセロリは本気で怒っている。
ライスは気にも止めないようで、
「バカお前、俺の機転で上手く勝ったんじゃねぇか、これも戦略ってや…つ…」
と、そこまで言って、口を閉ざした。
パエリアが無言で鋭く睨んでいるのに気づいたのだ。心なしかその肩はワナワナと震えているようにも見える。
「やぁ、はは、まぁ、ほら、最初はマジでやられたかと思ってぶっ倒れたんだけどよ、なんとか生きてたから様子を伺ってたんだけど……まずかった、か?」
ライスの語尾が弱まって、無言で睨んでいたパエリアはくるりと踵を返した。
そのまま奥へと歩き出す。
セロリもパエリアの後に続いて、一辺死ねっ、と捨て台詞を残して行ってしまった。

やれやれ、とカシスはため息をついて、取り残されたライスの元へ近づいた。
「大丈夫ですか?」
意外にも優しい声音で、座っているライスに手を差し出す。
ライスは意外そうにカシスの顔色を伺って、
「お、おう…」
と恐る恐るその手を掴んだ。
並んで歩き出したカシスはにこにこと機嫌よさそうである。

またパエリアを怒らせて云々…と文句を言われそうな気配だったのに、どうしたことかとライスがいぶかしんでいると、カシスはにっこり笑ってライスの方を振り向いた。
「ふふ…ライスさん、あなたのおかげです」
「……あ?」
そのカシスの微笑に、なんだか恐ろしいものを見てしまった気がしてライスは身をすくめる。
「さっきの戦闘を見たせいでしょうか。なんだか、使えそうな気がするんですよ……『ザラキ』……」

ふふ、ふふふ、と嬉しそうに笑うカシスの隣りで、ライスは再び血の気が引いて行くのを感じていた…。



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