ドラクエ3 〜ネクロゴンド〜



「くっそぉ〜っどこまで続いてんだよっ!この洞窟はぁ〜〜っ」
わぁ〜っ、わぁ〜っ、わぁ〜っ

耐え切れずに叫んだセロリの声がこだましている。
パエリアも足を止め、額の汗をぬぐった。
「ふぅ…、少しきついな」
実際は『少し』どころでは無く、相当、きつい。

ネクロゴンドへと続く洞窟である。
長い洞窟は何処まで行っても終わらない。
モンスターも階ごとに強さを増して、みな既にボロボロになっていた。
唯一、体力が残っていると言えるのはライスだけだ。
「そろそろ、限界かな、こりゃ。休むか?」
先頭を歩いていたライスは、パエリアを振り返って尋ねた。
「そうだな…」
パエリアも後ろの2人を振り返る。
目が合うと、カシスは何とか笑顔を作って見せたが、疲れは隠し切れない様子。
セロリは先程の叫びが最後の力だったらしい。顔もあげられないようだ。
「…これ以上進むのは、危険だ。休憩しよう」

一行は袋小路になった通路に腰を下ろした。

◆◇◆◇◆

「大丈夫か、セロリ?」
セロリは仰向けになってひっくり返り、ハァハァ息をついている。パエリアは心配そうに覗き込んだ。
「……だいじょーぶだよ…っ!…」
息切れしながら叫んだが、無理をしているのは明白だ。
回復役のカシスも今はぐったりと壁にもたれていて、とても呪文どころでは無さそうである。
パエリアはセロリの額の辺りにそっと手をかざした。
『――ホイミ』
ほとんど暗闇の洞窟の、一隅にぽうっと小さな光が浮かび上がる。
「………」
光が消えると、セロリの呼吸はようやく落ち着いたようだ。
「……サンキュ、パエリア…」
セロリは照れくさそうに顔を横に向け、ボソ、と言う。
パエリアは微かに微笑んで、今度はカシスの方に向かい、手を伸ばした。
「え。僕は、大丈夫ですよ、パエリアさん。少ししたら、自分で…」
「――良いから。たまには私にやらせてくれ」
「いえ、でも…」
まだ断ろうとするカシスを無視して、パエリアは詠唱を始める。
『ホイミ』
また、暗い洞窟を僅かに照らす、優しい光。
「…パエリアさん…」
呪文が終わると、パエリアはふふ、と満足げに笑った。
「…いつもされているからな、お返しだ」
それから、ふと真顔になり、マジマジと自分の手を見つめた。
「…本当は、もっと高度な呪文が使えるといいんだが。……あまり、得意じゃないんだ…」
悔しそうに言って眉をひそめる。
「大丈夫、すぐ使えるようになりますよ」
カシスは微笑んで、ありがとうございました、と頭を下げた。

「あー、パエリア…」
一番外の通路に近い位置で、見張りをしているライスが、ごほん、と咳払いした。
「? …なんだ?」
パエリアが振り返ると、
「あーー、いや、その、そうだ。…俺もココんとこ怪我してんだけどよ…」
ライスは右腕を前に出して見せた。パエリアには良く見えなかったが、腕には小さな切り傷があった。
「………そうか」
パエリアは、ぼそ、とそれだけ言ってすぐに目を逸らした。
それは無いんじゃないか? と思ったライスだったがしかし口には出せなかった。

回復してやるべきだったろうか。
…パエリアは真剣に悩んだ。
休憩前のライスの様子からは、大した傷など有りそうには見えなかった。俺は平気だから、と自ら見張り役を買って出たライスだ。…しかし、自分に声をかけたくらいなのだから、実は相当深い傷があったのでは……?
そこまで考えて、パエリアはさっと青ざめて立ち上がった。
「ライ…」
ライス、と声をかけようとして、その気配に気付いた。

――魔物!
魔物の気配は当然この通路の入り口付近、ライスの真正面にある。
ライスは既に剣を抜いていた。

――ガキィィンッ!!!
激しい金属の交わる音。そして。
――ザシュッ
これは肉を絶つ音だ。

パエリアは剣を抜いて走った。
今の音はどっちだ……っ
暗すぎて良く見えない。
駆けつけるとライスが膝をついていた。
「――ライスッ!!!」

「ちっ…」
ライスは小さくうめいて剣を持ち替えた。利き腕をやられたのだ。
「おいパエリア気をつけろ!そいつは連続で攻撃してくるぜっ!!」
パエリアはキッと目の前の魔物を激しく睨んで切りかかった。
『地獄の騎士』。6本の腕を持つ、がいこつの剣士だ。その剣さばきはなかなかのもの。
――ガキィッ!
先程と同じく剣の交わる音が狭い洞窟内に響き渡った。
しかしその躯の魔物はまだ5つの剣を持っている。

パエリアはとっさに後ろへ跳躍して剣を交わした。
――うかつには近づけない。
…と。

『――べギラゴンッ!!!』

後方から響き渡る声と同時に、激しい炎が吹き荒れた。

――ゴウッ!!!!

凄まじい熱が渦となってガイコツを襲う。
あっという間に焼き尽くされ、躯の魔物は消し炭となって消えうせた。
辺りには激しい熱気だけが残る…。

「…へんっ、火葬なんてゼータクだったか…?」
座り込んだ姿勢のままで、セロリが腕を突き出していた。

「すごいな…いつの間に」
あんな凄まじい呪文を、パエリアは初めて見た。
「へへ、こんなの…」
セロリは得意げに言いかけた。が、直ぐにパエリアは踵を返し、ライスの元へと駆け出してしまった。
「……」


「大丈夫か、ライス!」
「ん、ああ…くそ、油断したぜ…」
今度の傷は本当に深い。地面に座り込んだライスの周りに、血溜りが出来始めていた。
「…っ、…すまない…」
さっき呼ばれた、あの時に。
あの時にすぐ駆けつけていれば、こんな事にはならなかったハズだ。
パエリアはぎゅっと唇をかみ締めて、その傷に手を伸ばした。
「回復を…」
必死に意識を集中する。
カシスが近づいて、パエリアの背後から声をかけた。
「パエリアさん、変わりましょう」
「…」
パエリアは振り返ってカシスを見上げた。
変わったほうがいい。
その方がいいのだと、分かりきっているのに、何故かパエリアは首を横に振っていた。
どうしてかは分からない。
自分が回復してやりたかったのだ。
「パエリアさん…?」
首を傾げるカシスに背を向けて、パエリアは再び意識を集中させ始めた。
『――ベホイミ』
先程より2回りほど大きな光が出来る。見る見るうちに傷が塞がり、流れていた血がぴたりと止まった。
「…お」
ライスが驚いたようにパエリアを見る。
パエリアも自分で驚いて顔を上げ、ライスと顔を見合わせた。
「……できた、のか…?」
「ははっ、おー、もう痛くねぇっ、すげーじゃねぇか、パエリア!」
ライスは、はっはっは、と上機嫌に笑い、腕をぐるぐると回して見せた。
「…はは、…良かった…」
ホッとしてパエリアも、笑顔を見せた。


「――セロリさん」
「なんだよ」
袋小路の通路の奥に、セロリは座り込んだままである。カシスに声を掛けられて、面白く無さそうに顔を上げた。
「…手、見せてください」
しゃがみこんで、カシスはセロリの手を取ろうとする。
「…手っ?…な、なんだよ、別になんとも…っ」
「――無い訳ないでしょう。僕は見てたんですよ」
ぴしゃり、と言われてセロリは渋々手を差し出した。
「あぁ、やっぱり」
セロリの手はヤケドで痛々しく腫れ上がり、所々皮がめくれていた。
初めて使った高度な呪文。扱いきれずにセロリは炎を浴びたのだ。

「…まったく。無茶をするのはパエリアさん1人で十分ですよ」
ブツブツ言って、カシスは呪文を唱え始める。
「なんだよ、別に頼んでなんかないだろっ!」
呪文が終わると、セロリは振り払うように手を引っ込めた。
やれやれ、とカシスは肩をすくめる。
「べ、別に、あんなもん簡単なんだっ!た、たまたま今のは調子が…」
「ハイハイ」
言い終わらないうちに返されたカシスの適当な返事。セロリは顔を真っ赤に染めた。
「カシス!!お前ちゃんと人の話を…」

そこへやって来たパエリアが2人の間に入った。
「何を揉めてるんだ…」
慌ててセロリは怒鳴った。
「別に!なんでもねーよっ!!」
パエリアは訝しげに首をひねり、尋ねるようにカシスをみる。
「……」
カシスはいつも通りにっこり微笑んだだけで、何も言わなかった。
ライスもやって来てセロリを覗き込む。
「ははーん、あんなスゲェ呪文使って、ますますへバッちまったんじゃねぇか?」
笑いながらライスは言った。
セロリはバッと立ち上がって、ライスの胸倉を掴んだ。

「てめぇっ…ジジイッ!!!お前なんか、…お前なんか…、オレがいつかぶっ殺してやるんだからな!!覚悟しとけバカやろぉっ!!!」

「??…?」
訳も分からず怒鳴られて、ライスはきょとん、と立ち尽くす。
(そんなに怒らせるような事言ったか…俺…)
パエリアも不思議そうに首をひねった。
「何を怒っているんだ…セロリ…?」

「う、うるさいっ!怒ってなんかないっ!!!」

セロリの目にはうっすらと涙が溜まり始めているように見える。
カシスは少しだけ同情して、ため息をついた。
「さぁさぁ、そんな事より、少し休みましょう。またいつ魔物が来るか、分かりませんからね」

それもそうだな、とパエリアがうなずく。
一行は短い休息を取るために、それぞれ思い思いの場所に腰を下ろし始めた。



<もどる|もくじ|すすむ>