ドラクエ3 〜空へ〜



凍える空気が吹付けていた。
「寒い…」
紫になった唇を震わせて、パエリアが呟く。
みな、同感で、それぞれ頷く。
「とにかく、行こう」
パエリアはキッと遠くに浮かぶ城のシルエットを睨んだ。

ネクロゴンド山頂。
魔王バラモスが根城を構える、不吉な土地。全ての災いはここからやって来ると言われている。
不気味にそびえる城を目指すと、その周りには深い堀が張り巡らされていた。
愕然として立ち止まり、パエリアは頬を強張らせる。
「こりゃ、渡るのは無理だな」
堀の様子を探るように、覗き込んでライスが言った。
毒々しい色の水。さらには氷水。
入れば命は無いだろう。

「……」
パエリアは水面を凝視した。
――ここまで来て。
立ち尽くすパエリアの肩を、カシスが優しく叩く。
「何か、方法を考えましょう」
「……」

「そーだっ、アレは!?オーブだよっ!!」
セロリが喜々として叫んだ。
「……オーブ…?」
パエリアはセロリに視線を移して呟く。
「そーだよっ、『6つのオーブを集めた者は、船がいらなくなる』!」

ポルトガを出航した時に、ちら、と耳にした噂。
ハッとしてパエリアは目を見開く。ライスを振り返った。
「オーブは今いくつある!?」

「…っと…、ブルー、パープル、イエロー、レッド……」
言いながらライスが道具袋を探る。
「4つ、か…」
眉間に皺を寄せたままパエリアが呟くと、ライスは軽く首を振った。
「あと、これだ」
そう言って取り出したのはグリーンの。……ライスがテドンで入手したものだ。

「それじゃ、あと1つ、ですね」
カシスが言い、パエリアはこく、と頷く。
…と、鈍い光をたたえていたオーブが、突然輝きを増し始めた。
フォォーーン……と微かに空気を揺らす音。
まるで何かを呼んでいるかのような。

音の呼ぶ方向に目を凝らすと、小さな祠が微かに見えた。
――あれか!
皆頷いて、祠を目指した。

そこには6つめのオーブ……シルバーオーブが待っていた。

◆◇◆◇◆

セロリのルーラでネクロゴンドを降りた一行は、レイアムランドへとやって来た。
聖なる地。
不死鳥の伝説が眠る地。
ネクロゴンドよりも更に極寒の氷の国である。
人の住め無いその国の中心には、不死鳥を祭る祠があった。

重い扉を押し開けて、静かな祠に足を踏み入れると…。
左右に並んだ双子のエルフが、左右対称に振り返って一行を迎えた。
白く透ける肌は白磁のような、緑の髪は錦糸のような。並んだ姿はそっくり同じ、双子のエルフ。
双子は同時に口を開く。
「「私達」」
パエリアは始め、それが精巧な作り物なのではないかと錯覚した。
「「この日をどんなに」」
広くは無いが、天井の高い、厳かな祠。
「「待ち望んだ事でしょう…」」
祠に透き通った声がこだまする…。

「さあ、オーブを」
エルフの片割れが促すようにパエリアに近づいた。
「あ、ああ…」
気圧されて立ち尽くしていたパエリアは、ハッと正気に返って頷く。
「私達、あなたを待っていました」
もう1人も近づいて手を差し伸べる。

促されるままパエリアは、オーブを手に祠の中心へと進んだ。
台座の真ん中に掲げられた、巨大な卵。
囲むように、6つの台座。

「さぁ、ここへ」
エルフに導かれて、6つの台座の一つ一つにオーブを捧げてゆく。

「おい、何が起きるんだ…?」
遠巻きに見ているライスが、同じく遠巻きに立って様子を伺うカシスに尋ねた。
「さぁ…まさか不死鳥って…」
カシスは半信半疑な様子で首を傾げる。
じっと卵を凝視していたセロリが声を上げた。
「なぁ、あの卵、今、動かなかったかっ?」
「え…?」
カシスが振り返り、ライスも同時に卵を見た、その時。

台座に捧げられた6つのオーブが強く輝いた。

双子のエルフは両腕を広げ、交互に祈りを捧げる。
激しい魔力の渦が。生命の力が唸りを上げ渦巻く。

「時は来たれり」

「今こそ目覚める時」

「大空はお前のもの」


「舞い上がれ空高く――!」


◆◇◆◇◆

「うへー、でっっけぇ、鳥…」
ライスは唖然としてその姿を見上げた。
自分より大きな生き物自体、見る事は珍しい。それも、鳥だ。

――クエエエエエェェーーッ!!

「うあああ、うるせえっっ」
耳元で鳴かれてライスは堪らず耳を塞いだ。

「美しいな…」
ほう、とパエリアはため息をついて見上げた。
白く大きな、触れば沈みそうな羽。
白い尾羽はどこまでも長く伸びている。
綺麗な瞳はレッドオーブをそのまま嵌め込んだように見えた。
不死鳥ラーミア。たった今産まれたばかりである。
「ラーミア…」
パエリアが呼ぶと、ラーミアは肩羽をその頬に押し付けるようにしてじゃれついた。
「ははっ」

「すげぇー、これ、乗れんのか??」
「の、乗れるでしょうね…、これだけ大きければ」
ずっと見上げていたカシスはそろそろ首が痛くなってきた。
「『心正しき者なら、乗れる』そうだぞ」
ふ、とパエリアが笑って皆を振り返った。

「じゃあ大丈夫だ!」
セロリは自信満々に応える。
「う…どうかな」
ライスは苦笑いして顎を擦る。
「……」
カシスは微笑んだまま。…ノーコメントらしい。

「ふっ…大丈夫だ、私が保証する。行こう!……ラーミア」
パエリアが言うと、ラーミアは美しい羽を、ばさり、広げた。
ぶわっと風が起こり、差し出された羽。
ラーミアは「キュゥゥ――」と小さく鳴いて促している。

パエリアは頷いて背に飛び乗った。
続いてセロリも乗り込む。
ライスとカシスも、一度顔を見合わせてから、覚悟を決めたようにその背に乗った――。

◆◇◆◇◆

「すっっげぇーーーーっ、見ろよパエリア!!ほら、ほらっ、もう祠があんなになっちゃったぞ!」
「うん、うん。本当だ、すごい…」
興奮してセロリが叫び、隣りのパエリアも驚嘆してこくこく頷いている。

風はごうごうと吹付けるが、不思議と落ちる気はしなかった。
寒さもさほど感じない。
これもラーミアの力か。

後ろに乗ったライスもさすがに驚いた様子で感嘆のため息をついている。
「こりゃ、ホントにすげぇや…」
地上は既に遠く、水平線が緩い湾曲をえがいていた。

「なぁライスッ!アレは!?アレ、アリアハンじゃないか!?」
雲の影が落ちた島。遠くに見え始める島の輪郭。
指差してセロリが振り返る。ライスもセロリの方へ移動して、身を乗り出し目を凝らした。
「どれ。いや、ありゃランシールじゃねぇか?」
「そうか!…にしてもあっという間だなーー」
「一瞬だな…船では何日もかかったのに…」
パエリアも目をぱちぱちさせて、ぐんぐん迫ってくる島を見おろした。

「…はしゃぎすぎですよ…」

1人気乗りしなそうな呟きが聞こえる。
尾羽付近に座ったまま動かない、カシス。
表情は笑顔だが、何かぎこちない。笑顔が、張り付いている、というか…。
顔色も、悪い。

「? カシス…?」
不思議そうにパエリアが首をひねる。
「どうしたんだ?」
さすがに立ち上がれないので、ずるずるとパエリアはいざリ寄ってカシスに近づいた。
「いえ、なんでも、ありませんよ…」
「…そうか…? しかし顔色が良くないぞ…」
パエリアが言ったが、カシスは無言のままかぶりを振った。

セロリとライスは顔を見合わせた。
(……まさか…)
セロリはコソコソとカシスを指差して、ライスに耳打ちする。
(…や、意外と…)
ライスはニヤ、と笑ってカシスを横目で伺った。

「よう、カシス、あんまり具合が良さそうじゃねぇなぁ…」
ニヤニヤ笑って声をかける。
カシスのこめかみがピクリと引きつった。
「……おや。そう見えますか…?」
冷静な、カシスの返答。相変わらずの、笑顔。しかし何故か、空気が一瞬張り詰めた気がして、思わず側にいたパエリアは身を引いた。

カシスには何度も苦い思いをさせられたライスである。
――弱点を見つけたかもしれない。
思わず緩んだ顔でカシスに声をかけた。
「こっちのが眺めが良いんだぜ、来いよ」
「――遠慮します」
速すぎるほど速い返事。
ライスはニヤリ、と意地悪く笑った。
「なんだ、暑いのか?」
見ればカシスの額には玉の汗が浮かんでいた。
決して暑くは無い環境、むしろ寒いはずだ。
「……」
カシスは無言である。
ライス同様、カシスに対しては含むところのあるセロリは、楽しそうにそのやりとりを眺めていたのだが……だんだん、まずい、ような、気がしてきた。

「まぁ良いから来てみろって」
ライスは、カシスに近づこうとして、身を乗り出した。
「お、おいライス…」
セロリは不穏なものを感じてライスの腕を掴んだ。
(―や、やばくないか?)
(―あぁん?こんな時でもねぇとアイツにゃ負けっぱなしだぜ!?)
ひそひそと声を交わしてから、ライスはセロリを振り切ってそのまま移動しようとした。

「いやぁ、絶景ってのはこれだな、はは、おいカシ、ス…?」
カシスの腕を引こうとして、伸ばされたライスの手が止まった。

「……キ…」

カシスは笑顔のまま、口の中でブツブツと何か呟いているのだ。
パエリアも不思議そうにカシスの横顔を眺める。
「? なんだ、カシス?」


『…ザ…ラ…』

「!!!!!」

パエリアはとっさに飛びついてカシスの口を塞いだ。
張り付いた笑顔のまま、カシスは恐ろしい呪文を呟こうとしていたのだ。
「お、お前、何を…っ」
慌てて飛びついたパエリアの手をやんわりと外して、
「やだな、冗談ですよ」
いつものようににっこりと微笑む。

――ウソだ

全員が思った。

「…ごめん。悪い。なんでもない…」
言いながら、ライスは冷や汗を流しつつ、ずず、とあとずさった。
セロリは蒼白になって、戻ったライスにしがみつく。
「だ、大丈夫かよ…」
「なんとか……」
なんとも情けない声で呟くライスを見上げ。
人には触れてはイケナイ部分もあるのだ、と深く学んだセロリであった…。



<もどる|もくじ|すすむ>