ドラクエ3 〜友達〜



パエリア一行はラーミアの背に乗って、『ギアガの大穴』を目指していた。
一番先頭、頭部付近に座ったパエリアは、冷たい風に吹かれながら、
「カリィに会いたいな…」
ぽつ、と呟いた。
もう帰れないかもしれない戦いの前に、会っておきたい。ふと、そう思ったのだった。
(しかし…)
やはり今はそれどころではないな、とパエリアは首を振った。

「お、いいんじゃねぇか?」
「よし! 行こうぜっ!」
後ろに居たライスとセロリはほぼ同時に言った。パエリアは独り言のつもりだったのだが、2人には聞きとがめられたらしい。
「……しかし…」
パエリアはうつむいた。
――次に会う時は、世界は平和になっているだろう。
最後にカリィに言った言葉。あの時は、バラモスを倒したら会いに行くつもりで言ったのだった。
しかしまだ世界は……。

「? 何処へ行くんですか?」
尾羽あたりに座り込んで青い顔をしているカシスには何も聞こえなかったらしい。
「おう、カリィのトコにな…」
ライスは言いかけて、ふと言葉を途切れさせた。
「おい! ありゃなんだ?」
下界を指差してラーミアから身を乗り出し、カシスを手招きした。
カシスは笑顔のままこめかみを引きつらせた。
「……懲りない人ですね……」

ハッとしてライスは慌てて手を引っ込める。
「バ、バカ、違うっ。…ホントに見た事ねぇ場所に城みてぇなのが…っ」
「? 何だ?」
パエリアもライスの隣りに並んで下界を見下ろし、セロリも続いた。
「あっ、本当だ。あんなトコに城がある!」
セロリが歓声をあげる。
「どこの城だろう…」
ほぼ世界中を旅して来たつもりで居たが、まだ知らない国があったのだろうか。
パエリアが首をかしげた時。

――クェェエエッ!!

ラーミアが大きく鳴いた。そのまま急下降を始める。
「!? ラーミア、どうした!?」
振り落とされそうになり、パエリアは背にしがみついた。ライスもセロリも慌ててパエリア同様しがみ付く。
「……!!」
カシスは蒼白になって羽を握り締めながら、あぶら汗をいくつも浮かべていた。

◆◇◆◇◆

そこは小さな城だった。
岩場に囲まれて、空以外、外界からの入り口は見当たらない、閉じられた盆地。その真ん中にぽつり、と建った小さな城。
「……静かだな…」
城があるにも関わらず、人の気配をほとんど感じない。

「ラーミア、ここは何処なんだ?」
パエリアはラーミアの首を撫でながら尋ねた。
「クゥー…?」
ラーミアは「さぁ?」とでも言いたそうに首を傾げている。

「とにかく行ってみようぜ!」
セロリが勇んで歩き出す。ライスも後に続き、パエリアも行こうとしてふとカシスを振り返った。
「……カシス、大丈夫か…?」
「…ええ、平気、です…」
あまり平気では無さそうな応えが返って来た。

◆◇◆◇◆

城の奥から苦しげな息遣いが断続的に響いている。
城の住人のエルフやホビット達によれば、それは『竜の女王』のものであるという。
天界に一番近いという、この城のあるじ。
パエリア達は城の奥へと進んでゆき、その扉を開けた。

――フゥー…、フゥー…

巨大な、ドラゴンが横たわっていた。
姿かたちはドラゴンそのものだが、しかし禍々しさは感じなかった。
『よく来てくれました…、勇者よ…』
優しい声音が、頭に響いた。
「あなたは…」
パエリアが言うと、ドラゴンは優しい瞳を少し細めた。
『私は竜の女王。神の使いです…。…魔王と戦う勇気が、あなたにありますか…?』
「……」
パエリアは瞳を見開き、竜を見上げた。
――勇気。
大魔王ゾーマの出現により、パエリアの中の勇気は一度、消えかけた。
しかし。
「戦います」
キッパリと言った。
「……勝って、本当の平和を…手に入れます」
死にに行く戦いではない。勝ちに行くのだ。
パエリアは勇気を取り戻していた。それは仲間達の力によって。

竜の女王は苦しげな息遣いの中、微かに笑みを浮かべた。
『では、これ、を………』
右腕の爪の先から、オーブに似た輝く宝珠が差し出された。
「これは…?」
『闇を照らす、力となるでしょう……。あなたが、平和を取り戻す事を、祈り、ます…』
途切れ途切れの声が響き、苦しげに女王は尾をうねらせた。
「女王!?」
パエリアは竜の元へ駆け寄った。
『頼みます、パエリア……。生まれ出る、私の赤ちゃんの為にも……!!』
竜の女王は最期の咆哮を上げると、バタン、と尾を落とし、こと切れた。
そこに、大きな卵が産み落とされていた。

渡された『光の玉』からは、体温のような暖かさを感じた…。

◆◇◆◇◆

竜の女王の城を後にして、一行はカリィの居るスー大陸へと向かった。
パエリアは、やっぱりいいと言ったのだが、ライスとセロリに押し切られたのだ。

パエリアは近づいてくる大陸を見下ろしながら、ふぅ、とため息をついた。
もしも、まだカリィが牢に入れられていたら。
今度こそ自分は無理やりにでも連れ出してしまうかもしれない…。

大陸の東に降り立ち、一行は『カリィバーグ』へと向かった。
新興のその街の、入り口付近まで来て、パエリアは立ち止まった。
「え…」
人影が、見えた。

「パエリアーーッ!!」
こちらへ向かって手を上げ、元気に駆けてくる。揺れるピンクのポニーテルは…。

「あれ!?アイツ、なんで…!?」
セロリが叫んで、ライスとカシスは不思議そうに顔を見合わせる。
カリィはパエリアの前まで駆けて来て、両手を膝につき、はぁはぁと息をついた。
顔を上げて、にっこりと笑う。
「会いに来てくれたんだね!パエリアッ」
「あ、ああ…」
「あのね、街の人も許してくれたの。あたし、牢を出してもらったの」
「! そうか…!」
――良かった。
パエリアも笑った。
「ねぇ、パエリア、バラモス倒したんだね! あたしね、今からアリアハンに行こうと思ってたの! あなたに会いに! ねぇ、凄いね、パエリア!!」
カリィは無邪気に笑って言った。
「……」
パエリアは困って、眉を寄せた。
確かにバラモスは倒した。だが……。
「カリィ……」
――言わない方が、良いかも知れない。
パエリアは視線を逸らした。
「え? 何? どうしたの?」

ライスがやって来て口を開いた。
「…世界はまだ平和になってねぇんだよ」
「――ライス!」
パエリアはとがめるようにライスを見上げた。
「いずれ分かる事だろ?」
「…っ、しかし…」
カリィが不思議そうに2人の顔を見比べた。
「…え? どういう事なの…?」

◆◇◆◇◆

「そっか…。また、旅に出るんだね…」
事情を聞いたカリィは、寂しそうに肩を落とした。
「……」
パエリアも眉をひそめ、うつむいている。

しばらくして、カリィは顔を上げた。
「ねぇ、パエリア、あたしも連れて行って?」
「! バカなことを…」
即座にパエリアは首を振った。しかしカリィはさらに続ける。
「ねぇ、あたし、そりゃ戦力にはなれないかもしれないけど…。少しでも力になりたいの」
お願い、とカリィは胸の前で手を組んだ。
「…ダメだ!…生きて帰れる保証は無いんだ」
「危なくなったら帰るから! 『キメラの翼』なら、いっぱい持って来てるもん!」
ほら、とカリィは大きなショルダーバッグから翼を取り出した。
「…っ、しかし…」
「だって、パエリア…、…なんだか辛そうだもん、放っとけないよ」
「…!」
――そんな風に、見えるのだろうか。
パエリアは思わず唇を噛んだ。
「ね、少しの間でもいいの」
カリィは真剣な眼差しでパエリアを見つめている。
「……」

少し離れた位置でセロリ、カシス、そしてライスの3人は様子を見守っていた。
「連れて行くのかなぁ…」
「大丈夫ですかねぇ…」
「おい……また俺が置いていかれるのはごめんだぞ…」


パエリアは、ふぅ、と息をついて、首をかしげた。
「…どうして、そんなに心配してくれるんだ…?」
「えっ!? だって、パエリアだってあたしが牢に入ってた時、一生懸命になってくれたでしょ?」
「…そうかもしれないが…」
パエリアはまだ納得いかずに眉をひそめる。
「…命の危険があるんだぞ…」
「あたし達、友達でしょ!!」
カリィはパエリアの両手を握って、叫ぶように言った。
カリィの大きな瞳に見つめられ、そらす事も出来ず、パエリアは何度もまばたきした。
――友達。
「……う、うん…」
つい気圧されてうなずくと、カリィは「あはっ」と嬉しそうに笑った。
……初めてかもしれない。
今までパエリアには、友達と呼べるような人間は居なかった。唯一呼べるのは、セロリくらいなものだ。ずっと剣の修行に明け暮れて、そんな人を作る暇も無かった。
…友達…。

「それじゃ、連れてってくれるでしょ?」
ね、と嬉しそうに笑って言うカリィに、パエリアはつい、うなずいてしまった。
「し、しかし、本当に危険な旅なんだ。危なくなったら直ぐに戻るんだぞ…っ」
慌てて、付け足すように言った。
「うん、うん!大丈夫っ!」
ぱち、とカリィはウインクして微笑む。
それから、ライス達3人組の方へ跳ねるように駆けて行った。

「ねぇっ! あたしも行く事になったの! よろしくねっ!!」

ライスは呆れたように呟く。
「マジかよ…?」
「うるさくなりそうだな…」
セロリもぼやいた。
「よろしくお願いしますね」
カシスだけはにっこり微笑んでカリィを迎えた。

(大丈夫だろうか…)
つい許してしまったが、やはり失敗だったかもしれない。
パエリアは早々に後悔した。
…しかし。
「……?」
仲間達の元へ向かって歩きながら、何故だか頬がゆるむのを、パエリアは止める事が出来なかった。



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