ドラクエ3 〜アレフガルド〜



「なぁ、マジで飛び降りるのか…!?」
大穴を覗き込んだセロリは青い顔をしてパエリアを振り返った。
「ああ。…いくしか無いだろう」
パエリアもセロリの隣りに並んでその穴を見下ろした。
底が、見えない。
しかし邪悪な波動は確かにここから流れ込んでいる。
『ギアガの大穴』。
穴を囲んでいたはずの高い塀は、今は瓦礫と化して、魔王がそこを通り抜けた痕をまざまざと残していた。

「行くぞ!」
パエリアは仲間達を振り返った。
「うぅ〜パエリア〜ッ、手、手繋いで〜っ」
カリィはそう言いながらパエリアの左腕にしがみ付いた。
ふっ、とパエリアは笑った。
「そうだな、はぐれないように、そうした方が良いかもしれない」

「お! じゃあ俺も!」
ライスはニヤリと笑ってパエリアの空いた右手を握った。
「ああっ!! ゴリラのくせに100万年早いんだよっ!! どけよっ!!」
セロリは強引にライスを押しのけてパエリアの手を取ろうとした。しかしライスもどこうとしない。
「早いもん勝ちだろ、こーいうのはよー」
「このぉ…っ!!」
サッと杖を振り上げ呪文を唱えようとしたセロリを、ライスは慌てて取り押さえて口を塞いだ。
「そー何度も喰らうかよっ」
「〜〜っっ!!!」

「……さ、行きましょうか、パエリアさん」
2人が揉めている間にカシスがやって来てパエリアの手を取った。
「……。…あ、ああ…」
パエリアはぎこちなく頷いた。
「? あれ? パエリア、どうしたの…?」
「な、何がだっ!?」
「……え。ううん。……なんでもない」
パエリアの頬はほんのり赤らんでいる。カリィは少しだけ小首を傾げ……それからニンマリと笑った。

◆◇◆◇◆

――ひゅぅうううううんっ

「わああああああっ」
「きゃああああああっ」

ぱっかりと空に亀裂が入っていた。
放り出された5人は手を繋いだまま落下している。

「……くっ」
信じられない思いでパエリアは自分が通り抜けた空の亀裂を見上げていた。
どんどん遠ざかっていく亀裂。
逆に、下に広がる大地が迫ってくる。
(――まずいな)
叩きつけられれば無事ではすまない。

セロリが叫んだ。
「しっかりつかまってろぉっ!!!」
瞬間。
セロリの身体が光を発し、5人はまるで『ルーラ』のような魔力のオーラに包まれた。
大地まであと数メートルの距離。
落下が一瞬だけ止まり、そこからゆっくりと地面に落ちた。


「――あ、危なかったなぁ……」
ライスは汗をぬぐいながら笑った。
「……わ…笑い事じゃありませんよ……」
「そうだよっ、怖かったぁ〜っっ!!!」
カシスはゲッソリし、カリィは涙目になっている。

「セロリ、お前のお陰で、助かった…」
パエリアもさすがに冷や汗をかいていた。
「な、なんとかな……」
とっさに機転を利かせ、ルーラを応用したのだが、上手く行くかは五分だった。セロリもまだ青ざめている。


それにしても。
「ここは、どこだろう……」
パエリアは辺りを見回したが、あいにくの闇夜でよく見えない。
自分達は確かにギアガの大穴に飛び込んだはず。ならば行く先は地底のはずだ。
それが、目の前には広がる大地。見上げればそこにある、空。
異世界にでも、迷い込んだか……。
パエリアは立ち上がった。
「……少し歩いてみるか」

◆◇◆◇◆

星の無い夜だった。
暗い草原を歩いて、ようやく闇に目が慣れたころ、『ラダトーム』という名の城下町に辿り付いた。
夜中だというのにざわざわと人の往来が激しい。
店もみな、開いている。

「…?」
パエリアは不思議に思って街の様子を見回した。
「……何か、ヘンだな」
行き交う人々の表情はどこか暗い。そして皆……異様に青白かった。
「なんか、不気味〜〜っ」
ゾンビみたい、とカリィは声をひそめて言った。
「アッサラームみてぇに、夜の街……ってワケでも無さそうだな…」
ライスも辺りを見回して頭を掻く。

ともかく夜が明けるのを待って、明日、城へ行ってみようという事になった。
一行は宿を目指した。

「夜は明けませんよ」
あっさりと宿の主人は言った。
明日の朝早くに起こしてくれ、という頼みに返された返事。
「あなた達、上の世界から来たんでしょう…」
主人は青い顔に落ち窪んだ目で、パエリア一行を見上げた。
「ここは、闇に閉ざされた世界、アレフガルド。……夜は明けません…」

「何言ってんだ!?」
セロリが叫んだ。
「じゃあ、ずっと夜が続くって事かよ!」
「明けないって事は、そうなんじゃないですか……」
カシスが言うと、主人はコクリとうなずく。

セロリはキッとカシスを睨んで、宿を飛び出した。
「……セロリ!?」
パエリアが驚いて追いかける。
皆もパエリアに続いて外に出ると、セロリは両手を広げて空を仰いでいた。
「何してんだ?」
ライスが首をひねった、その時。

『――ラナルータッ』

セロリが唱えたその呪文は、昼夜をひっくり返すという、とんでもない大呪文である。
――しかし。
闇は、晴れない。
「……ぐっ!!」
天を仰いで集中していたセロリが突然苦しげにうめき、ガクッと膝を付いた。

「どうした!?」
慌てて駆け寄ると、セロリはハァハァと息を切らしていた。
「……すげぇ魔力に、阻まれた……。この夜は、大魔王の魔力が作ってる……!」
「――!」

「…だから、言ったでしょう…」
様子を見に来た宿の主人は、やれやれ、というように首を振った。
「……あなたは若いのに随分優れた魔法使いさんのようですが……無駄です。魔王には誰も敵いませんよ……」
諦めきった表情。
パエリアはハッとした。
この国の人々は、皆この主人と同じ顔をしている。
未来に希望を持てず。諦め、絶望し――。
あの時の。
あの、絶望に飲まれそうになったあの時の自分と、同じ……。
「……諦めてはダメだ!」
パエリアは首を振った。
「魔王を――倒す。私が…」
言いかけて、仲間を振り返った。
「私達が……!!」

皆、ハッとしてパエリアを見つめた。
「パエリアさん…」
「パエリア…」

宿の主人はふぅ、と重いため息をついた。
「……勇者ご一行さんですか…」
「……!」
…勇者は初めてではないらしい。主人の言い方に驚いてパエリアは目を見開く。
「部屋は空けておきますよ。先にラダトーム城へ行ってみてはどうですか?」

◆◇◆◇◆

勧められた通り、早速ラダトーム城を訪れ、一行は王に対面した。
「上の世界から来た、勇者と申すか…」
王は重々しく言った。
「今までにも数多くの勇者が旅立った。しかし帰って来た者は一人もおらん……」
――数多くの勇者。
パエリアは王の言葉を反芻した。
勇者は自分1人では無い――どこか安堵する思いと……しかし誰も戻らないという事実。
しかし自分は……
「……私は、必ず…」
言いかけたその時、王は意外すぎる言葉を吐き出した。
「そう、あのオルテガさえも……」

――!!
――オルテガ――!?

驚愕に目を見開いたまま、パエリアは硬直する。
「オルテガだと!?」
思わずライスが叫び、慌てて頭を掻き言い直した。
「…っと。オルテガとは、誰の事ですか」

「……? そうか、オルテガも上の世界から来たと言っていたな……。知り合いか……?」

「知り合いも何も……」
言って、ライスがパエリアの方を見る。皆の視線がパエリアに集まった。
パエリアは唇を震わせ、やっと口を開いた。
「……父は……、……生きているのですか……?」

◆◇◆◇◆

オルテガは10年も前にこのアレフガルドへやって来た。
当時は酷い火傷と怪我を負い、命も危なかったという。オルテガは名前以外の記憶を無くしていた。
記憶はついに戻らないまま、それでも身体が回復すると、オルテガは大魔王を倒す為に旅立って行った。
各地で武勇伝を築いたオルテガだったが、そのうちプッツリとその消息は途絶え、今も行方不明になったままだという――


王宮を後にして、城下の宿へ向かう途中。
ずっと無言だったパエリアがふと立ち止まって口を開いた。
「父は――生きているかもしれない」
旅立ったというのはもう随分前の話だ。可能性は薄いかもしれない。……それでも……。

「探そうよ! パエリア!!」
カリィが言って、パエリアの背を叩いた。
「お父さんも、大魔王を倒そうとしてたんでしょ!? きっと、生きてるなら何処かで会えるよ……!」
「どっちにしろこのまま行けば良いんだな」
ライスが相槌を打つ。
「行こうぜパエリア! オレは協力する!」
セロリが叫び、カシスもうなずいた。
「僕も協力は惜しみませんよ」

「皆……」
パエリアは胸が熱くなった。
どうして皆、こんなにも自分に良くしてくれるのだろう……。
過保護だと、嫌がった事もある。
しかし、今は……。
「……ありがとう」
ふふ、と笑って皆を見回した。

…と。
「なーんか、最近可愛くなったなぁ…」
ライスが突然おどけた口調で言った。
「!」
パエリアはハッとして頬を染める。
「な、何を……!」
「いやぁ、最近素直になったっつーか、うん、前より可愛……」

――ブオオッ!!

「うおっっとぉ!!!」
パエリアの繰り出した拳を、ライスはすれすれのところで交わした。
「あ、危ねぇ、危ねぇ…」

「ライス!! どうしていつもお前はそんな事ばかり言うんだ!!」
パエリアは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「う……だから前も言ったじゃねぇか、俺は正直…」
「ま、まぁまぁ!!」
ぐっと握りしめたパエリアの拳を、カリィが慌ててやんわり押さえた。
「いいじゃない。可愛いなんて、いいコトよ?」
「…っ、しかし…!」
しかし可愛いなどという言葉は、カリィのような女性にこそ似合うのだ。こんな自分に向けられても、からかわれているとしか思えない。
パエリアはキッとライスを睨んだ。
どうしてだろう。
ライスに言われると余計に腹が立つのだ。……ライスだから、余計に……

「馬鹿ゴリラ。女心が分かってねぇなぁ…そーいう事は口に出すもんじゃねぇんだよっ、…まーゴリラにゃ難しいだろーけど」
セロリは声をひそめてライスを見上げ、ニヤ、と得意げに笑った。
「……」
ガキに言われたくねぇ、と思ったライスだがこの件に関しては失敗ばかりなので何も言い返せない。ちぇ、と舌打ちして、ライスは頭を掻いた。
見ているカシスは、ヤレヤレ、と空を見上げ、そっとため息をついた。

「ねぇ、パエリア…」
カリィはパエリアの耳元に顔を寄せた。
(……絶対大丈夫だよ! 頑張ってね! あたし、協力するから……!)
囁かれた言葉。

パエリアはきょとん、として何度もまばたきした。
……何を、頑張るというのだ……??

頑張る事は、たくさん、ある。
魔王を倒す事。父を探す事。……しかし今のカリィのセリフは、何か、どこか、違うような……。
「…??」
にっこり笑ってウィンクするカリィにつられ、パエリアはぎこちなく微笑み返した。



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