ドラクエ3 〜マイラ温泉〜



「マイラ名物露天風呂でございま〜す♪」
のどかな温泉の村。
一行はアレフガルドの北西に位置する小さな村へとやって来た。
闇に覆われた世界とはいえ、のどかな村も存在しているものだ。

「温泉!?」
受け付けの女性に、ぴょん、と飛び付きそうな勢いで、カリィが叫んだ。
「……嬉しそうだな、カリィ……」
パエリアがやや呆れ気味に言うと、当然でしょ、とカリィは胸をそらせた。
「だって長旅でもうドロドロだもん! 入っていくでしょ!? ね、ね! パエリア!!」
しかしパエリアは気が進まなかった。
温泉に入りたいのはやまやまなのだが……。
「……ここは、混浴なのだろう……?」
という事はつまり男女一緒に入るというわけで……。
パエリアは眉をひそめてうつむき、ちらりと後方をうかがった。

「ば、馬鹿パエリア! ヘンな心配すんなよな!! 一緒に入ろうなんて思ってねぇーよっ!!」
セロリが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あはは、僕達は後で入りますよ、安心してください」
カシスもおかしそうに笑う。
「ま、しょーがねーな。……残念だけど……」
最後の方は小声で、ライスも言った。

「ね! 入ろ、パエリア!」
嬉しそうにはしゃぐカリィに、パエリアはうなずくしかなかった。

温泉の香りというのは独特で、柔らかなお湯に浸かりながら、パエリアは身も心もほぐされる心地がした。
岩壁にもたれて、ほぅ、とため息をつくと、カリィが隣りに並んできた。
「はぁ〜、気持ちいいね、パエリア♪」
「ああ……」
白い湯気を見上げて、また、ため息。
カリィはニマ、と笑ってパエリアを覗き込んだ。
「ふふ、ねぇパエリア、結構スタイル良いよね」
「ばっ…」
ばしゃ、と水音を立ててパエリアは思わず膝を抱えた。頬がカッと熱くなるのが分かる。
「あはは、可愛い〜。でも、ホント、ウエストなんかあたしよりくびれてるしぃ〜、胸ももしかしたら……」
「カリィ!!」
真っ赤な顔で睨むと、カリィはぺロ、と舌を出した。
「ごめんね。……でも、もったいないなぁ……いつも着てる服じゃ、全然分かんないもんねぇ……」
あごまでお湯に浸かって沈みそうになりながら、パエリアは顔をそむけた。
「……いいんだ。あの服が一番動きやすい……」
大体もったいないなどと考える方がどうかしている。何がどうもったいないと言うのだ……。
ブツブツと呟きながら、パエリアはのぼせそうになってきた。

「もう、上がるぞ……」
ざぶ、と飛沫をたてて立ち上がると、カリィも慌てて後を追ってきた。
「あ、待ってよ、あたしも出る〜」

◆◇◆◇◆

宿屋の一室。
残された男性陣はパエリア達の帰りを待っている。

ライスはベッドの端に腰かけて頬づえを付いていた。
「あぁ〜あ、せっかくの混浴だったのになぁ……」
「まだ言うかジジィッ!!!」
鋭くツッコミを入れるセロリの顔は真っ赤だ。

「なんだよ、お前だって興味あんだろーが?」
ニヤ、とライスが笑って言うと、セロリは側にあった枕を投げ付けた。
バシィ、と飛んできたそれを受け取って、ライスはまだ笑っている。
「こんのエロジジィ! お前と一緒にすんなよなっ!!」
「素直じゃねぇなぁ……鼻血出てんぞ?」
「!!!」
バッとセロリが顔を押さえると、ライスは腹を抱えて大笑いした。
「あっはっは、冗談だ、冗談……っ」

セロリ得意の爆発呪文が飛び出す寸前で、呆れ顔のカシスが割って入った。
「もうそのくらいにしたらどうですか、ライスさん……」
ライスは目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、すまねぇ、とつぶやく。
セロリの目には悔し涙が浮かんでいた。

「あれ、セロリ。そーいや、『消えさり草』と同じ効果の呪文があったよなぁ……なんだっけ?」
「……『レムオル』か……?」
「それそれ! それ使えば覗きなんかし放題だなーオイ」
「!!」
「あっはっは、俺も魔法使いになりゃ良かっ…」
「死ねこの野郎……メラゾー…」

「ハイそこまで!!」

大音量の怒声を上げたカシスの表情は、まだ穏やかに微笑んでいる。……が、2人を萎縮させるのには十分だった。
「全く……そろそろお2人が帰って来たみたいですよ」

パタパタと廊下を歩く足音が近づいていた。

◆◇◆◇◆

「カリィ! いいから返せ!」
「あはは♪ 良いじゃない、たまには、ねっ」
「し、しかし……っ!!」
こんな姿をもし仲間達に見られでもしたら…………嫌だ。
ひらひらと足元に纏わりつく柔らかな布地。慣れない格好にもつれそうになりながら、パエリアはカリィを追いかけている。

いつもの服をカリィに取り上げられてしまい、パエリアは代わりに出された服を着ている。それは、普通の女性物の服……ワンピースだったのだが、普段のパエリアならば、とても恥ずかしくて着れ無いような代物だった。
しかし裸で外に出るわけにもいかず、渋々それを着たのだが……。

「何よぅ、前にあたし、言ったでしょ?」
ピタ、と止まってカリィはパエリアを振り返った。ニンマリ笑ってパエリアを見上げる。
「好きな人が出来たら、おしゃれもしてね……って」
「な……」
何の事を言われているのか、分からない。
ただ早く、いつもの服を返して欲しい。
「何のことだ……」
「とぼけたってダメよぉ〜、あたし、分かっちゃったんだから」
「???」
くす、と笑うとカリィはまた部屋を目指して歩き出す。……と。
バタン、奥の扉が開いた。

顔を出したのは魔法使いの少年だ。
こちらをチラ、と見て口を開きかけ、そのままカチン、と硬直した。
「……」

「あ……」
しまった、とパエリアは唇を噛んでうつむく。妙な格好をしているせいで驚かせてしまった。
「どうしたんですか、セロリさん」
続いて長身の僧侶も顔を出す。
「…………おや」
意外そうに目を見開いて、動きを止めた。

パエリアは泣きたくなってきた。
「カ、カリィ……っ」
消え入りそうな声で抗議するが、カリィは聞く耳を持たず満足げに笑っている。

実際、パエリアはキレイだ。
いつもは逆立ち気味の髪も、風呂上りの今はしっとりと落ち着いている。上半身はピッタリとして、スカートはフレアーの白いワンピース。本当はもっと派手な服を着せたかったのだが、あいにくカリィの持ち合わせはそれしか無かった。
それでも、十分。……やっぱりパエリアはキレイ……と、カリィが再び満足げに頷いた、その時。

「なんだ、どうかしたのか?」
扉の奥からまた一人、顔を出す。
パエリアを凝視して、固まること……10秒。
「……パエリア? だよな……」
マジマジと、あからさまな視線を感じて、パエリアは居たたまれなくなった。
「み、見るな……っ」
弱く叫ぶが、皆の視線はパエリアに止まったまま。
部屋に逃げ込みたいのだが、パエリア達の使う奥の部屋は、3人に廊下を塞がれてしまって行く事が出来ない。
「……っ」
パエリアは踵を返して駆け出した。
そのまま宿を飛び出して外へ。
「あっ、パエリア……ッ!」
カリィの呼び止める声が聞こえたが、パエリアは振り返らずに走って逃げ出した。

「あ……っ」
村外れの林に駆け込んで、パエリアは木の根につまづいた。
「……っ、こんな服……っ」
普段なら、こんな事で転んだりは絶対にしないのに。
「こんな、服……」
スカートの裾にピンクと銀の細い糸で花の刺繍が施されているのに気づいた。繊細な装飾に眩暈がしそうだ。
パエリアはそっと手を伸ばして刺繍を指でなぞってみた。
「きれい、だな……」
ぼそ、と呟いて、それからグッと布地を掴んだ。
――私には、似合わない。
よほど滑稽だったのだろう、皆呆れた顔で自分を見ていた。

仕方ないではないか。
もうずっと、自分の服の事など気にかけたことも無かった。
ただ毎日剣を握って過ごしてきた自分に、似合うはずなど、ないのだ。
「……カリィの奴……」
カリィになら、こんな服もさぞ似合うだろう。無理やり自分に着せたカリィが、恨めしくさえ思えてくる。

「パエリア……ッ」

不意に男の声が名前を呼んだ。
ぎく、として振り返る。
そこに居たのは、……一番、来て欲しくなかった人物。
どうしてなのか分からない。しかしパエリアはたまらなく嫌だった。

「来るなっ!!」
鋭く叫ぶと、近づこうとしていたライスはピタ、と足を止めた。
「まいったな……」
頭を掻いてぼやいている。
パエリアは木の根に座り込み、膝を抱えて顔をうずめた。
「……行ってくれ、頼むから……」
嫌だ。
これ以上見られるのは耐えられない。
しかしライスは立ち去る気配も無く、そこに立ち尽くしている。
「マジで、まいった……」

「……。ライス、行けと言って……」
耐え切れなくなってパエリアが顔を上げると、ライスは思ったより近い位置で膝を付き、パエリアを見下ろしていた。
大きな手が伸びてパエリアの髪に触れる。
「……っ!」
「……パエリア」
パエリアは避けようと身をよじった。が、ライスの腕はパエリアの肩を捕らえて離さない。
「何をする……っ!」
「似合ってるぜ?」
「ふ、ふざけるなっ!!」
「俺は本気だ」
「……!」

パエリアはキッとライスを睨んだが、ライスは逸らさずに見つめ返してくる。
パエリアの目に、思わず涙が浮かんだ。
「……い、……嫌だと、言っているのに……っ」
「あ……」
まずい、とライスが慌てたが、遅かった。パエリアの目からボロ、と雫がこぼれ落ちる。
「悪い、パエリア……だけど悪気はねぇんだ。本気で……可愛いと思ってんだよ」
うつむいたパエリアの頭に、ライスは、ぽん、と手を置いた。
しかし振り払うようにパエリアは首を振る。
「……嘘だ……」
「嘘じゃねぇって……信じろよ」
パエリアはまた首を振った。
「まいったな……」
今日3度目のセリフを繰り返して、ライスはパエリアの髪をなで続けた。

「あぁ〜っ!! ちょっとライスさん!! 何!? 何してんのっ!? あぁ〜っ、パエリアッ大丈夫!?」

カリィがガサガサと葉音を立てて飛び込んできた。
「! カリィ……ッ!」
パエリアはバッと立ち上がってカリィに詰め寄った。
「さっさと、服を返してくれっ」
厳しい口調で言うと、カリィは渋々パエリアの服を差し出した。
「ご、ごめ〜ん、そんなに怒んないでよ〜」
服を受け取って、パエリアは逃げるように宿へと駆けていった。

「ねぇちょっとぉ、ライスさん、何したの?」
「何にもしてねぇよ……」
「もぉ〜っ、……パエリア、怒っちゃったぁ〜。カシスさんにも怒られちゃったし……」
恨めしそうにライスを見上げ、カリィは首をひねった。
「……ライスさん?」
ライスはまだ放心したように、パエリアが駆けて行った先を眺めている。
「あ? ……ああ……まいったなぁ……」
ライスはぼやいて、頭を掻きながら宿の方へ歩き始めた。



<もどる|もくじ|すすむ>