ドラクエ3 〜ルビスの塔〜



ルビスの塔。
精霊ルビスが眠るとされる塔である。
ルビスはこのアレフガルドの大地を作った創造主だが、今はゾーマの呪いによって、この塔に封印されているという話だった。

「くそーっ、なんだよこの床ぁ……っ」
口をとがらせてセロリがぼやいている。
パエリアは振り返って声を掛けた。
「気をつけろよ、セロリ」
「……っと……」
踏むと回転する仕掛けの床である。簡単に足をとられて、セロリはヨロヨロとよろめいた。
通路は細く、踏み外せば階下に叩きつけられるという寸法だ。
「アブネェな、言ってる側から」
落っこちそうになったところを、横からひょいっと手を差し出して、ライスが止めた。
「よ、よけーなお世話だっ」
セロリはムキになってその手を払いのけた。

「わぁぁ〜ん、ヤダヤダ、ラ、ライスさん、こっちもぉ〜っ」
カリィが情けない悲鳴をあげて、床の淵で踏みとどまっている。
「あー? またかよ、……ったく、面倒だ」
ライスはズカズカと近づいて、ひょいっとカリィを肩の上に抱き上げた。
「えっ、や、やだ、降ろしてよっ」
「この回転床抜けたらな」
「うそ、やだっ」
ジタバタと、カリィはライスの肩の上でもがく。ふとカリィがパエリアの方を向くと、バチ、と視線が重なった。
慌てたようにパエリアはスッと目を逸らす。
「え……っ」
カリィは慌てて顔色を変え「降ろしてよ」ともがいたのだが、結局その床を抜けるまでライスに離してもらえなかった。

何とか回転床を通り抜け、上る階段に差し掛かったところで、パエリアはため息をついた。
「ふう……厄介な塔だな」
カリィがパエリアの元に駆け寄って、
「……ね、ねぇパエリア、あのね、アレは、ほら、不可抗力っていうか……」
小声でぼそぼそと耳打ちする。
「? ……何の話…」
いぶかしげに言いかけて、パエリアはハッとして剣に手を掛けた。
「――魔物だ!」
階上で待ち構えていたのは『ライオンヘッド』に『サタンパピー』。
一行が身構える前に、ライオンの鋭い牙の生えた口から業火が吐き出された。
――ゴォッ!!
先頭のパエリアは両腕を交差して、避けずにそのまま炎を浴びた。
「きゃあああっ!!!」
甲高いカリィの悲鳴が、狭い階段に響く。
パエリアは背後のカリィを庇ったのだった。
パエリアは剣を引き抜き、そのまま駆け上って階上へ。一気にライオンヘッドに斬りつける。

「おいどけよカリィッ!!」
セロリがカリィを押しのけて、続いてライスも階段を駆け上がった。

「大丈夫ですか、カリィさん」
階段を上る途中で、カシスが立ち止まった。
「う、うん。あたしは何処も……。でも、パエリアが……っ」
カリィが言い終わる前に、カシスは頷いて階上へ向かった。

パエリアの剣が唸る。
「おおおおっ」
――ザンッ!!!
『マヒャド!!』
飛び散った血で赤く染まった氷の刃が魔獣に突き刺さりとどめを刺す。
気をとられたサタンパピーの背後へ、容赦なくライスは剣を振り下ろした。
――ザシュゥッ!

動かなくなった魔物等を見下ろし、パエリアは剣を振って付いた血を落とした。
「パエリアさん」
カシスが駆け寄って、パエリアに回復呪文を掛ける。あちこちに出来た小さな火傷は次々と消えていった。

「ご、ごめんね、あたし、また……」
泣きそうな声のカリィがようやく階段を上って来た。
こんな事は何度もあった。カリィは戦闘の役には立っていない。むしろ……。
気にするな、と言おうとしてパエリアが口を開きかけた時、
「カリィさん、もう、限界じゃないですか?」
パエリアの傷の具合を伺いながら、カシスがそっけなく言った。
「……!」
カリィはハッとしてうつむいた。カリィ自身、最初から、戦闘の役に立たない事など分かっていた。それでも、邪魔をしないように、自分の身だけは守ろうと努力して、なんとか付いて来ていたのだ。しかし激化する戦闘に、カリィはもう、自分自身の身を守る事はおろか、こうして足を引っ張る結果になっている。

「……カシス」
咎めるようにカシスを睨んだパエリアだが、何も言う事は出来なかった。カシスの言った事は事実。
どのみち、最後までカリィを連れて行く気はなかったし、近頃のカリィが、体力的に辛そうなのはパエリアにも分かっていた。

パエリアはカリィの元まで行って、肩を叩いた。
「……カリィ、この塔を出たら、……上の世界へ、戻ってくれ」
「……」
カリィは悲しそうに眉を寄せた。
「……そうだよね、最初から、危なくなったら帰る約束だったもんね……」
うつむいたまま言って、それから顔を上げた。
「分かった」
諦めたような笑顔だった。

◆◇◆◇◆

一行は塔の最上階へとやってきた。
広いフロアは天井が開いていて、冷たい風がひょうひょうと吹き付けている。
そのフロアの中心に、今にも動き出しそうな美しい彫像があった。ほこりを被って汚れてはいるが、厳かに美しくすらりと手足の長い女神像。

「……あれか」
呟いて、パエリアが歩み寄る。その手には、呪いを解く鍵とされる『妖精の笛』が握られている。
パエリアは立ち止まって横笛を唇に押し当てた。誰に教えられた訳でもないのに、笛はパエリアを操るように、一つの美しい調べを紡ぎだす。

一続きの旋律が終わると、像は中心から白い輝きを放ち始めた。
目が開けていられないほどに輝いたかと思うと、像はゆっくりと身動きした。
色を取り戻した長い翠の髪が、風にふわりと、なびく。

「……よくぞ封印を解いてくれました……。私は大地の精霊ルビス。あなたは……?」
神々しい微笑みに真っ直ぐ射ぬかれて、パエリアは一瞬たじろいだ。が、直ぐに我に帰って返事を返す。
「……私はパエリア。大魔王を倒す旅をしている……」
「そう」
ルビスは髪を掻き揚げるようにして両腕を首の後ろに回し、胸に下げていた赤い宝珠のチョーカーを外した。
「あなたは……勇者ね?」
ルビスはいたずらっぽく笑ってパエリアを手招きした。吸い寄せられるようにパエリアが近づくと、その首に手を回す。
「これはお礼です。パエリア、あなたにこの『聖なる守り』を与えましょう」
「……」
されるがまま、パエリアの胸元に聖なる守りが付けられた。
「もしも大魔王を倒してくれたら……その時はきっとまた、恩返しをします」
パエリアの耳元で、ささやくように言うと、ルビスはすっと体を離した。
美しい精霊の回りを細かな光の粒子が舞っていた。
「私はルビス。この国に平和が来ることを祈っています……」
取り巻く光の粒子がひときわ濃くなった、と思うと、ルビスは光と共に姿を消していた。


「…美しい精霊だったな」
パエリアが言って、胸元の『聖なる守り』を手にとった。毒気を抜かれて立ち尽くしていた皆が、ハッと我に返ってパエリアを見る。
「……」
手の中の赤い石をパエリアはじっと見つめていた。
「……」
……また一つ、自分の使命に重みが増した気がする。
「おい、行こうぜパエリア」
ぽん、とライスはパエリアの肩を叩いた。
見上げると、ライスはいつも通りに笑っていて、パエリアは何故かホッとした。
「……ああ」

◆◇◆◇◆

塔の下。カリィは帰るためのキメラの翼を用意して、みんなの前に立った。
「それじゃあね、皆! …お世話になりました!」
ペコ、とピンクの頭を下げて、にっこりと、笑顔。

「カリィ……」
声を掛けようとして、パエリアは急に胸が痛くなって唇を噛んだ。
「あはは、そんな顔しないでよ。……パエリア、笑って?」
「あ、ああ……そうだな」
ぎこちなく微笑もうとするのだが、パエリアの頬はひきつっている。
「ほら、さっきみたいに」
カリィはいたずらっぽく笑う。
「? さっき……?」
「そう、さっき。パエリアさ、すごく自然に笑ってたよ」
ふふふ、とカリィは楽しそうに笑った。
「……?」
「なんかね、安心しちゃった♪」
カリィはちらりとライスを見やった。
それからぽん、とパエリアの肩を叩いて「……行こうぜパエリア」と耳元にささやく。
それでパエリアはハッとした。
確かに自分は笑っていた。
特に意識もせず、自然に……。
「ね!」
カリィはもう一度、楽しそうに笑った。
「?」
カリィの声が急にひそめられたので、ライスには聞き取れなかったらしい。眉を上げて不思議そうな顔をしている。
カリィは、顔を上げて皆を見回した。
「それじゃあ……」

「……気をつけて帰れよなっ」
セロリは少し眉をひそめ、怒ったような口調で言った。
「大丈夫よセロリ君、あたしだって結構強くなったもん」
「薬草はちゃんと持ってますか?」
「うん、腐るほど」
カリィは大きなバックを開けてホラ、と広げて中を見せた。何がなんだか分からないほどたくさん物が詰まっている。
「元気でな」
「ライスさんも……」
言いかけて、カリィはライスに一歩近づいた。
「パエリアの事、泣かせないでね」
「……あ?」
「ね!!」
有無を言わせない口調でカリィはライスに詰め寄る。バツが悪そうにライスは頬を掻いた。
「……いつだって泣かす気なんかねぇんだけどなぁ……。……努力するよ」
「うん!」
カリィは満足げに笑って大きなライスを見上げる。
ちぇ、とライスは舌打ちした。

「それじゃあたし、行くね! 皆、頑張ってね!! 遠くからだけど、応援してるから……! 皆の事、信じてる!」
カリィはキメラの翼を高く掲げた。そのまま放り投げれば翼に込められた魔力が解き放たれる。
「ま、待ってくれ、カリィ…ッ」
パエリアは思わず呼び止めた。
「あ……私は……」
「?」
「……おまえがいて、良かった。……色々、ありがとう……」
「……うん。あたしも。……ねぇパエリア」
カリィはキメラの翼を持った手を降ろし、パエリアの手を握った。
「あのね、これから大魔王と闘おうっていう人に、こんな事言うのは変かも知れないけど……。……幸せになって」
「……! ……あぁ、おまえも……」
カリィはもう一度にっこり笑うと、パエリアの手を離した。
手をあげて、今度こそキメラの翼を放る。
はじけた翼の魔力はカリィの身体を包み込んで、瞬時に光の玉になったかと思うと、あっという間に宙を駆け上って空の亀裂に吸い込まれていった……。


「……行っちまったか」
暗い空を見上げたまま、ライスが呟いた。
「……なんだ、さみしーのかよっ」
セロリがからかうようにおどけて言うと、
「まぁ、多少はな」
ライスは平然として答えた。セロリはつまらなそうに口を尖らせる。
「寂しいのはセロリさんでしょう?」
「オレは寂しくなんかねーよっ」
前と同じセリフを繰り返して、セロリはカシスに笑われている。

「パエリア?」
黙っているパエリアと視線を合わせるように、ライスは背をかがめた。
「元気出せよ?」
パエリアは、ふ、と笑って顔を上げた。
「……大丈夫だ」
寂しい気持ちは確かにある。……だが、不思議と落ち込みはしなかった。

パエリアは背を伸ばした。
「行くぞ! 大魔王との戦いは近い!」
皆を見回して毅然と言い放った。
「おう!」
「ああ」
「はい」
皆うなずいて、一行は塔の小島を後にした。

目指すは、大魔王ゾーマの城――



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