ドラクエ3 〜最後の勇者〜



――カシィッ
振るったばかりの剣を荒々しく鞘へ収め、先へ続く道のないフロアをぐるりと見回してパエリアは舌打ちした。
「くそっ……なぜ先へ進めない!?」
ゾーマ城へ侵入して随分たつ。
最奥のこのフロアには中央に禍々しい玉座が据えられてはいるがその主たるゾーマの姿は見えない。
しかし気配は感じるのだ。
邪悪で強大な、その気配。この城のどこかに……!

「落ち着けよ、無駄に体力使うなって」
ライスはフロアの壁を端から叩いて調べている。しかし片手で頭を掻き毟って、苛立っているのは確かだ。
「あーっ、もう俺の呪文でぶっ飛ばしてやろうかっ」
反対側から壁を調べていたセロリも、苛立って声を上げた。

這うようにして床を調べていたカシスが呆れ顔を上げてため息をつく。
「馬鹿な事を言ってないで真剣に……おや」
言いかけたカシスがふと真顔になってパエリアの方を向いた。
「? どうしたカシス」
パエリアが一歩踏み出すと、
「パエリアさん! そこ!!」
「……?」
急に叫ばれて、踏み出そうとした足を上げたまま首をひねる。
上げた足をゆっくりと、床に落とした。
――カツーーンッ
「……」
反対の足を踏み出す。
――カッ
「戻って下さい!」
――カツーーンッ
あきらかにそこだけ、他の床とは異質な音がした。
「……。ここ、か?」
パエリアが確かめるようにカツカツと床を蹴る。
地底へ落ちていくような音が反響した。

カシスはうなずいて立ち上がった。

◆◇◆◇◆

地下深くへ続く長い階段を降りる。降りるにつれ、空気が濃い水気を含んで、まとわり付く不快感に一行は眉をよせた。
「気持ち悪……」
ぼそ、とため息まじりのセロリの声。
先頭を歩くパエリアが心配そうに振り返った。
「大丈夫か?」
「ああ……さすが、空気も悪いな……」
「ああ……」
暑くも無いのにじわじわと吹き出る汗。ぐいっと腕で拭って、パエリアは薄暗い通路の奥を睨んだ。
「もうすぐだ」
狭い通路の奥に光が見えた。
開けたフロアへと続いているのだ。

――もうすぐだ。

かみ締めるように、パエリアは口の中で反芻する。
魔物達が争っているのか、不穏な喧噪が遠くに聞こえていた。

◆◇◆◇◆

近づくにつれて、それは確信に変わった。
大きな赤い竜。
かつてパエリアも戦った、オロチに良く似た巨大なドラゴン。
『キングヒドラ』が今まさに業火を吹きつけようとしている、その影は。

――人間だ!!

確信すると同時に叫びながら剣を抜いて走った。
「助けるんだ! 早く!!」
なぜこんな場所に人がという疑問を浮かべる暇も無かった。
炎はその人を直撃し、竜巻のように激しく膨れ上がった!
――ゴォアアオオオオオッ!!

「ーーっ!!」
吹き付ける熱気に体当たりするようにしてパエリアは突っ込んでいった。
――もう助からないかもしれない。
もし人影に見えたのが本当に人間ならば助かるはずが無い業火だ。

しかしその影は信じられないことに業火の中を突っ切って飛び上がり、手に持った武器をヒドラの頭目掛けて叩き付けたのだ!
――グァオオォンッ!!
突き刺さった斧はヒドラの頭を真っ二つにかち割って、口内に残っていた炎は脳天からも噴出した。
『ギャァァオオオォォーーッ』
断末魔の悲鳴があがる。
炎を纏った人影は、斧を握り締めたまま、床にたたきつけられるようにして転がった。
ついで、ヒドラの巨体も地響きを立てて崩れ落ちる。
――ズォオオォンッ

「……っ!!」
あまりの光景に、一瞬ひるんでパエリアは立ち尽くした。
しかし直ぐに気を取り直してまだ燃えている人影の元へ走る。
――『勇者』。
その言葉がなぜか脳裏をよぎった。

◆◇◆◇◆

「く……目が……」
苦しげに息を吐き出しながら、焼け爛れて開けない目をこすろうと腕を動かす。
しかし僅かに震えただけで、その腕はもはや二度と満足に動かないのではと思えるほど深い傷を負っていた。
「動かないで下さい!!」
必死の形相でカシスは呪文を唱えているが、とても持たないのは、誰の目にも明らかだ。

壮年の戦士だった。
激しい火傷のせいで分かりにくくなっているが、浅黒い肌。隆々とした筋肉。
まっ黒な髪はパエリアと同じく碧色にも見える程。

……まさか、と思った。

目の前で今まさに息絶えてしまいそうなその人を見つめて、パエリアは何度も息を飲み込んだ。

……まさか。

ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
考えるほど、呼吸は苦しくなっていく。

「……どなたか、知らんが」
苦しげな息づかいの中で、男は絞るような声を吐き出した。
「しゃべらないで……っ!」
懸命に呪文の光を送り込みながら、カシスがほとんど泣きそうな声で叫んだ。

パエリアは男の声に吸い寄せられるように傍らへ寄って、膝を付いた。
「……なんですか……?」
耳元に問いかける。
カシスは何か言いかけて口を開き、諦めたようにぐっと唇を噛んだ。

「……どうか、伝えて欲しい。……私は。ア、リアハンの……、オルテガ」


――ああ。

「……もし、そなたが」
しっかり胸に刻もうと、パエリアは父の口元に耳を寄せた。
「ア、アリアハンへ行く事が、あったなら……そこに住む、パエリアに……この父を」

オルテガの手が、何かを探るように、少しだけ動いた。
パエリアはその手をぐっと握り締めて耳を澄ます。

「父を、許してくれ……と」

――――!
いくつもの言葉が、一瞬のうちに浮かんで消えた。
勇者として育ったこと。
父の愛が欲しかったこと。
母が寂しそうに笑ったこと。

「許すことなど何も・何もありません……っ、私は……っ」

ぽたぽたと雫が落ちて、ぐったりしたオルテガの手の甲を濡らした。
最期に微笑んだように見えたのは、錯覚だったろうか。
言葉は父に届いたのだろうか。

「私はただ、あなたに会いたかった……」

◆◇◆◇◆

一行は、オルテガの遺体を魔物に荒らされないよう、奥まった場所へ隠し、さらに奥へ奥へと進んで行った。

「……なぁ、少し休んだほうがいいんじゃないか?」
セロリが心配そうに声をかけてきた。
「……なぜだ」
「なぜって……」
「覚悟していた事だ」
もともと、生きているとは思っていなかった。
とうの昔に死んだと聞かされた。
ひと目会えた。
ひと目でも会えて。
ほんの、一瞬の……。

勝手に涙が滲んで、視界がぼやける。
「くっ」
パエリアは足を止めて、乱暴に腕で拭った。

覚悟など。
出来るはずも無かったのだ。

「パエリア」
ぽん、と大きな手に背中を叩かれ、無理やりに通路の端へと寄らされた。
「座れ。見張っててやる」
横柄に言われて少々むっとしたが、ライスのそれは優しさだ。
「少しだけ、お言葉に甘えましょう、パエリアさん。僕も回復したい」
「あぁ……」
そういえばカシスは随分回復呪文を使っていた。
「……そうだな。少しだけ」
言うと、セロリはあからさまにホッとした様子で、「じゃあオレも見張っとく」とライスの隣に並んだ。

もう、邪悪な気配の根源はすぐ間近に迫っている。
パエリアは何度も深呼吸をして気を落ち着けた。

今は塞いでいる場合ではないのだ。
決戦の時。
パエリアは剣を抜き放ち、祈るように両手で柄を握り締めると、目を閉じた。
最期の戦いだ。
父もここを目指したのだ。

勇者オルテガの遺志を継ごう。
私は、勇者。

ふっ―と、剣を握る両手が、一瞬、暖かい何かに包まれたような気がした。
ハッとしてパエリアは目を見開く。しかしそこにはただ淀んだ空気と、見張りに立つ2人の仲間の後ろ姿だけ。

(父さん……)
見えない姿に目を凝らす。

パエリアはもう一度、口の中で呟いた。
(父さん)
――力を、貸してください――



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