ドラクエ3 〜激闘!最後の戦い〜



暗い暗いフロアに灯される紅いかがり火の列。
ボッ……ボッ……ボッ……
音を立てて灯されてゆくそれは一行を歓迎しているかのように見えた。

大魔王ゾーマの姿は既にかがり火の向こうに大きな影を落とし揺れている。

威圧を押し返すようにライスが一歩踏み出した。
「へっ……上等じゃねぇか!」
パエリアがうなずいて皆を見回した。
「ふっ……そうだな……」
すらりと剣を抜き放つと剣を高く掲げ、息を吸い込む。
「行くぞ!!」

かがり火の間を矢のように駆け抜けながらパエリアは叫んだ。
「大魔王ゾーマ! 私はおまえを倒すためここまで来た!」
ゾーマの影が動いた。
玉座から立ち上がって一行を迎えるかのように手を上げる。
しかしその手から発せられた凍てつく波動は、走る一行の足を一瞬止めた!
「!」

ゾーマの口から低い低い声が漏れる。
「勇者パエリアよ! なにゆえもがき生きるのか? 滅びこそ我が喜び。死にゆく者こそ美しい……。さあ、我が腕の中で息絶えるが良い!」
ゾーマの腕が動く。
パエリアは一瞬怯んだ身体を奮い立たせるように雄たけびを上げた。
「うおおおおお!!」
邪悪な波動を突き破って突進する。
勢いのまま跳躍しゾーマの肩口から切りつけた!!
――ザンッ!!!

「ぅあ……っ」
呻きをあげたのはパエリアだ。
切りつけたと同時にゾーマの長い爪はパエリアの腕を捕らえ深々と突き刺さっていたのだ。
「どうした。 こんなものか?」
乱暴に爪を引き抜いてゾーマは薄笑みを浮かべた。
確かに切りつけたと思ったゾーマの肩口には、衣服の破れすら見えない。
――負けない!!
恐怖を振り払うようにパエリアは剣を握りなおした。
カシスが駆け寄って呪文を放つ。
「パエリアさんっ! ――『ベホイミッ』」

ライスが猛然とゾーマに突進する。
セロリがすかさず印を結んだ。
『バイキルトッ!』
「おおおっ」
脳天めがけて振り下ろされるライスの大剣。
しかしゾーマはひと睨みでその剣をはじき返した!!
――ガキィッ!!!
「ぐっ……!!」
はじかれた剣を握るライスの腕に激痛が走り、指先の血管は破れ血が噴き出した。
衝撃にライスは膝を付く。
ゾーマの身体にはかすり傷ひとつつかない。
「なんのつもりだったんだ?」
不気味な笑みを浮かべ、ゾーマはライスの身体を蹴り上げた!
「ぐああっ!!」
パエリアの目の前をライスの巨体がボールのように飛んでいった。
「ライス!」
「ライスさん!」
カシスが慌ててライスの元へ走る。

剣を構え、ゾーマを見据えたままパエリアは息を飲んだ。
――ライスの剣が全く歯が立たないようでは、とても……!

その時。高く掲げられたセロリの杖が閃光を放った。
『――メ・ラ・ゾーマッッ!!!!』
杖の先から発せれる巨大な火球。真っ直ぐにゾーマ目掛けて襲いかかる!
黒目の少ないゾーマの目がカッと大きく見開かれた。
「かぁぁっ」
――ボシュゥッ!!!!
火球はゾーマの目の前で弾けて掻き消えた!
「……っ!?」
愕然の表情でセロリは杖をおろす。
ゾーマの口元が薄く歪んだ。
「……本当の『メラゾーマ』とは」
圧倒的に邪悪な眼光がセロリを捕らえた。
「――こうだ!!」
ゾーマの伸ばした指の先、そこから瞬時に生じた火球はセロリのそれより数段巨大だった。
信じられない速度でそれは放たれ、あっと思うまもなくセロリの身体に直撃した!!
――ボオォオオンッ!!
「セロリッ!!」
パエリアが駆け出す暇も無かった。
セロリは腕で庇う余裕すら無く真正面からそれを喰らった。
「……っ」
爆撃の煙の中、まだかろうじて立っていたセロリは、バタ、とつんのめるように前へ倒れた。
既に意識は無い。

「小僧……。このわしに魔法が通じるとでも思ったか」
ゾーマは再び指を伸ばした。倒れ伏したセロリ目掛けて再び火球が生み出される。
――!!
思案する暇などない。
パエリアはゾーマに突進した。
「やめろぉっ!!!」
蚊でも鳴いたかと言う様に、ゾーマはパエリアを無視し、火球を放った。
「!!!」
――ボウォオオンッ!!
間一髪パエリアは間に合った。セロリに向けられた火球を全身で受け止めたのだ。
「ぅあああっ!!」
投げ出されるように床に倒れ込み、パエリアはごろごろと転がって火を消した。

どうすれば。
どうすればいい?
剣も、呪文も……


「虫けらだな……貴様らは」
ゾーマの暗い声が脳の奥にまで響いてこだまする。

どうすれば。

パエリアの心に絶望が忍び寄る。

「…っざけんなっ!! 調子に乗るんじゃねぇっ」
パエリアの視界を塞ぐように、戦士が立ち上がった。
「おいカシス、回復、早く!!」
剣を身構え乱暴に言い放つ。
「ライス」
パエリアはハッとして身を起こした。
そうだ、まだ戦える。
どうするも何も無い。戦うんだ。
跳ね起きて剣を握りなおし、カシスに向けて叫ぶ。
「私はいい、セロリを!!」
いつもはパエリアを優先するカシスもこの時ばかりは指示に従ってセロリの元へ向かった。

「行くぞライス!」
「おお!」
2人同時に駆け出してゾーマを強襲する!

「馬鹿めらが、まだ分からんのか」
ゾーマは氷のような目で2人の動作を眺めた。
――ガォオオンッ!!!
――ガッキィィィンッ!!
激しい剣の衝撃がフロアを揺るがす。
「……っ!!」
「……くっ!!」
膝を付いたのは襲った二人。二人の両腕からは血が滴り、剣を握る手の感覚も消えかけている。
しかしゾーマには傷一つ付かないのだ。
「くそぉお……っ!!!」
激痛に顔をしかめてパエリアは大魔王の姿を睨めつける。
……戦い方が、見つからない。

「パ……リア……ッ」
後方から声が聞こえた。
カシスの呪文によってようやく意識を取り戻し、セロリは顔を上げて必死に声を振り絞った。
「ひ……光の玉だ! 早くっ!!!」

――光の玉!
竜の女王に授けられた神器。――そうか!

ゾーマの表情が一瞬醜く歪んだ。
パエリアは剣を放り投げ、道具袋から素早くそれを取り出すと両腕で高く掲げた。
「私に力を! 邪悪なるものに災いを!!!」
――キュォオオオオンンッッ
激しい光の濁流が玉からあふれ出し、七色に辺りを染め上げたかと思うと白くはじけ全てを飲み込んだ!!
「きさま……っ う、ぐあああああああっ!!!!!」
ゾーマのあげた悲鳴も激しい光の渦に飲み込まれ掻き消える。

強い光が徐々に納まると、パエリアは剣を拾い上げて駆け出した。
ゾーマの身体を覆っていた邪悪なオーラは明らかに弱まっている。
――いまだ!!
パエリアに続いてライスも駆け出した。

カシスが両腕を頭上で交差し印を結んだ。
『――バギクロスッ!!!』
セロリが上体を起こし杖を拾って振り降ろす。
『イ・オ・ナ・ズンッ!!』
爆撃と真空の刃の渦。
ゾーマの身体は燃え上がり切り刻まれた!
渦の中心へ飛び込んでパエリアが剣を振り落とす。
「おおおおっ!!!!」
――ザシュゥッ!!
ライスの大剣もうなりをあげた。
「らああっ!!」
――ドグォオオンッ!!

はぁはぁと肩で息を切らし、パエリアはうずくまった大魔王を見据えて身構えた。
手ごたえが確かにあった。
ごくりと音をたててつばを飲み込む。
――やれる。
証拠にゾーマの身体からは至る所から青紫の血が噴き出している。

ゾーマの身体が大きく揺らめいて立ち上がった。
「……く、はははっ、まさか『光の玉』を持っていたとはな……面白い」
焼けただれた顔に深い傷が刻まれ、ゾーマの顔は青紫の血で不気味に照らされている。
「良かろう、相手をしてやるわっ!!」
叫びとともに邪悪な波動が四方へと飛んだ。

パエリアはものともせずに突進し剣を振るう。
――ザンッ!!
――ドゥッ!!
切りつけたと同時に、ゾーマの腕がパエリアの脇腹を殴りつけていた。
「……っ」
床に激しく叩きつけられパエリアの息が一瞬止まる。
しかしパエリアの目には飛沫をあげるゾーマの青紫の血が写った。
そしてよろめいたゾーマの背後に見えるライスの姿。
「これでどうだっ!!!」
――ザシュッ!!
叩きつけるようにライスはゾーマの背に斬り付けた。
「……ぐあっ……」
ふら、ふら、とよろめき、とうとうゾーマが膝を付く。
「おのれ……」
激しい憎悪とともにゾーマの元へと集中し始める魔の力。
圧倒的な禍々しさでそれは膨れ上がり、今にも弾けようとしている。
感知したセロリは青ざめて叫んだ。
「まずいっ……、離れろーーっ!!」
慌ててライスは飛び退って伏せた。

しかしパエリアは微動だにしない。
ゾーマはニヤリと笑ってパエリアに対峙した。
「死ぬが良い、勇者の小娘! ――『メラゾーマッッ』!!」
かつて目にした事の無い巨大な火球が膨れ上がり襲い掛かる!!
パエリアは両手で握った剣を真っ直ぐに頭上へ突き上げた。
『ギ・ガ・デ・インッ!!!』

――ガガガガガオオオッ!!

稲妻の閃光と灼熱の炎がぶつかり合いゾーマ城を揺るがす。
激しさに壁がひび割れ大地さえも悲鳴を上げて振動する。

――オオオォォッ!!

「ゾーマッ……!! これで最期だ……ッ」
パエリアの声とともに光は強く白く輝いてゾーマを飲み込んで溶かし始めた。
「ぐうぉおお……っ」
ゾーマの身体が、パラパラと指の先、足の先から崩壊してゆく。
「パ、パエリアよ……、見事なり……っ。だ、だが光ある限り闇もまたあるのだ……。わしには見える。わしが滅んでも、再び何者かが闇から現れよう……。ふははっ、だがその時お前は年老いて生きてはいまい。わは、わははは………っ!!」
パエリアの瞳にカッと一際強い光が宿った。
「……消えろっ!!!」


――オオォンンッ!!
――オォンンッ!!
――オォン……ッ!


振動は鳴りやまない。
熱気に身を焦がされたカシスは慌てて『フバーハ』の防御呪文を発し、自分とセロリの身を守った。
パエリアは光の中心で白く輝く。ゾーマの姿もはもはや光に溶けて見えない。

永遠とも思える瞬間が辺りを包んだ。

◆◇◆◇◆

余りの激しい閃光に、気を失っていたライスが目を覚ました。
意識が無かったのはほんの数瞬のようだ。
見れば辺りは瓦礫の山。城はのかたちは跡形も無く、どこまでも荒んだ大地に積み上がった瓦礫。
瓦礫は自分の身体の上にも積み重なって、息が苦しかった。
這い出そうとして身動きすると、足首に激痛が走った。
「ちっ……」
気づかないうちに怪我を負っていた。左足の足首がありえない方向を向いている。
「……なんだこりゃ……、気持ちわりぃ」
他人事のように言って瓦礫をどけ、なんとか上半身だけ起こした。
辺りの様子を確かめる。

「ライス!」
ライスの姿を見つけて、魔法使いの少年が駆け寄って来る。
「! おう、無事か」
「……ああ、だけど、カシスもパエリアも……っ、居ないんだ!」
セロリは今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。
「あ!?」
「カシスはオレの目の前で飛んできた瓦礫に当たって倒れて……、その後はオレも記憶が無くって、気づいたら居なくなってたんだ。パエリアは分からない……っ」
早口でしゃべって肩で息をしている。
「おい、落ち着け」
なんとかなだめようと、努めてゆっくり口を開いた。
「いいか、お前、どうせ俺も居なくなったと思ってたんだろ。こんだけ瓦礫が散らばってんだ。どっかに居るはずだ。……探すぞ」
言ってライスはゆっくり立ち上がろうと地面に手を付いた。
「! ライスお前、足……っ」
驚いてセロリが声を上げる。
「おう、肩かせよ。……っつぅ……っ」
「無理だ! 座っとけよ!」
セロリが肩を貸したところで、大柄のライスを支えきれる訳もない。まして折れた足は少し触れただけでも激痛が走るのだ。
「……ちっ……くそ……」
セロリは道具袋から最後の薬草を取り出してライスに放った。
「全然無いよりマシだろ。……すぐカシス見つけてくるから、待ってろ」
ぐっと握りしめたセロリの拳は震えていて、泣くのを堪えているように見えた。
ライスはフッと笑った。
「おお、頼もしいじゃねぇか」
「馬鹿ゴリラ! お前が肝心なときに頼りにならねぇんだよっ!! いいか、そこ動くなよ!!」
憎まれ口を叩いて、セロリは駆けて行った。
その背中を見送って、ライスはため息をつき、それから暗い空を見上げた。

無事で居てくれよ……。


その時。暗い空の端に、薄い光がさした。地平線が黒く浮かび上がる。

「!? ……な……!?」

光は徐々に徐々に強くなって、闇に紛れていた景色をあらわにしていく。
やがて黒い地平線から、太陽が姿を見せた。
暖かな光が大地を照らし始める。

闇の世界・アレフガルドに、夜明けが訪れたのだ――。



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