ドラクエ1 〜のろい〜



 竜王の城。勇者はとうとうこの城の地底、奥深くまで辿り着いた。思っていたよりずっと長い旅だった。

 あと一息。後はこの奥でのさばり返った竜王の息の根を止めてやるだけだ。

 (……ん?)

 勇者は横道へそれた通路の奥に、宝物庫を見つけた。

 (……せっかくだから土産でも持ってってやるか)

 勇者は並んでいた宝箱を片っ端から開けていった。土産と言っても、あの姫君が喜びそうなものは、何一つ無かったが。

 最後の箱を開けたとき、竜の鱗を張り合わせた紐のようなものが、勇者の手首に巻きついてきた。

「!? ベルト……か?」

 バックルと思われる箇所には、今にも飛び出してきそうな禍々しいドラゴンが精巧に彫り込まれている。

 しかしいかにも、怪しい。

 身に着けるつもりなどサラサラ無く、巻きついた手首から外そうとした、次の瞬間。

「うっ!?」

 なんとベルトは蛇のように腕に絡み付き這い上がって来た!

「な……っ」

 腕から上半身へするすると伝って、そのままずるりと腰に巻きついた。バックルに掘り込まれたドラゴンはパックリと口を開け、ずるずると自身の尾を飲み込んでゆく。

「ぐ……っ」

 慌てて外そうともがいたが、どんなに力を込めてもベルトのドラゴンは尾に喰らいついて離さない。逆に、どんどん尾を飲み込んで勇者の身体を締め付けた。息が、つまる。

「ぅぐ……っ、っは、げほっ……!」

 全身から力が抜けていく。

 ――なんてこった。ここまで来て、こんなアイテムにひっかかるとは……。

 げほげほと咳き込み、額にはじっとり脂汗が浮かぶ。これではとても戦いどころではない。

「……くそ……っ」 

 よろめきながら、なんとか竜王の城の脱出を試みた。ここまで来るのにも随分多くのモンスターと戦ったのだ。この状態で、外へ出られるか……。それはほとんど無謀な賭けに思えた。



 しかしさすがは勇者というべきか。瀕死になりながらも、なんとか竜王の城の外へ出た。キメラの翼を放り投げ、対岸に見える城へと飛ぶ。

 懐かしい城門を見上げたとたん、視界がぐにゃりと歪んだ。限界だ。

 力尽きて倒れこむと、見張りの兵士が駆け寄ってきた。このご時世、城の外へ出る奴は滅多に居ない。何度も出入りしているせいで、既に顔は覚えられている。

「あぁ、お帰りなさい、どうしまし……」

 言いかけて、兵士はピタリと止まった。

「?」

 わずかの動きもおっくうで、視線だけ上に向けると、兵士はやけに険しい顔をしている。

「呪われてますね?」

「……」

 見れば、分かるだろ、助けろ……

 言いたかったがもう声も出ない。ただゼィゼィと息をついた。もう一人の兵士が駆け寄っくる。

「むむっ、呪われしもの! さっさと立ち去れ!!」

 ……!?

 冗談だろ。

「残念ですが、呪われた者をこの神聖なラダトーム城へ入れる訳にはいきません。出直してください」

 ……。

 …………。

 う・ご・け・な・いって……!!!

 怒りでハラワタが煮えくり返りそうだった。しかしもう何か言う気力もない。成す術無く、視界はどんどん暗くなって行く。

 ちきしょう、俺が死んだらこの城を呪ってやる……!!



 目の前が真っ暗になったとき。聞き覚えのある声が耳に届いた。

「……さまっ」

 一瞬幻聴かと思ったが、次ははっきりと聞こえた。

「勇者さまっ」

 勇者は無理やり目を開けた。

「……ひ、め……」

 なんだってこんなとこに。

 視界の端に移った真っ白いドレスの裾は、土色に汚れている。ハァハァ息を切らしているのは駆けてきたのだろう。

「お戻り下さい、ローラ姫さま、外は危険でございます!」

「呪われし者の身体にお手を触れるなど……! 」

「黙りなさい! 邪魔立てするなら即刻クビです!」

 相変わらず、ワガママで威勢がいい。瀕死だと言うのに勇者の頬には笑みがこみ上げた。

 そうだった、この姫が居る限り、この城に呪いをかけるなんて事到底出来やしないのだ。

「勇者さま、街へ行きましょう! ラダトームの街には呪いを解く術を持つ魔道師がいます。さあ、ローラに掴まって!」

 言うなり、勇者の両手首を掴んで肩にまわし、背負うようにして立ち上がった。

「んんん……っ」

 しかし一歩も踏み出せない。

 それはそうだろう。非力な姫君が、長身の勇者を背に引きずるようにして、立ち上がれただけでも上出来だ。

「ひ、め……。歩きます。肩、借りますよ」

 ぐっと、両足に力を込め、ローラ姫の両肩に乗せた腕の片方を外して隣に並ぶ。もはや一歩も歩けないものと思っていたが、意外と底力は残っているものだ。なんとか、歩ける。

「勇者さま! 良かった。誰も協力してくれないんですもの」

「姫の協力で……十分です」

 微笑んでみせると、ローラ姫はぽっと頬を染めた。

「まぁ……。私、勇者さまのためなら協力は惜しみませんわ。嫌だと言われてもお助けします」

「そりゃ、……心強い」

「だって私……」

 心なしか、ローラの瞳は潤んでいる。

「勇者さまを、お慕いしているんですもの」

「……」

 きっぱりと言い切ったローラに返事は返さなかったが、ただ勇者は満足して笑った。



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