ドラクエ2 〜結成〜



「……マリア」

 呼びかけても、返事もしない。窓際の椅子に座って、だたぼんやり外の様子を眺めている。

 マリアはとても無口だった。

 ……いや、違うか……、オレが嫌われているだけかもしれない。

 マリアが人間の姿に戻って三日。酷く痩せているのは変わらないが、食事も睡眠もとって、すっかり体力は回復している。顔色もだいぶ良くなって、昨日、パウロが何か話しかけた時に、返事を返しているのも聞いた。

 それでもオレは心配で、マリアの側を離れる事が出来ずにいた。

「……ねぇ、もう馬鹿なマネはしないから、一人にして」

 何度か聞いたそのセリフ。だがオレは首を縦には振らなかった。

「ダメだ」

 マリアは僅かに眉を寄せて、何か言いたげな表情をしたが、またゆっくりと窓の外に視線を戻した。

 これだからオレはマリアに嫌われているんだろう。だけど、どうしても。マリアを一人にするのが怖かった。

 コンコン、とドアをノックする音がした。

「……あれ……、まだ、ここにいるの」

 顔をだしたパウロは、呆れた、と言うようにオレを見て、肩をすくめた。あれから三日。オレは寝てない。

「ねぇ、いい加減休みなよ。これじゃ、出発もできやしない」

「……だけど……」

「いいから、寝て。大丈夫、王女の事は……僕がちゃんと見てるから」

「……」

 本当か、と問う前に、ほら、と背を押されて促された。

「目、離すなよ」

 それだけ言うと、オレは追い出されるようにしてマリアの部屋を出た。自分とパウロでとった部屋に戻ると、急に眠気が襲ってきた。

 今の今までちっとも眠くなんか無かったってのに。

 着けてた装備をガチャガチャと床に脱ぎ捨てて、オレはベッドに倒れ込んだ。直ぐに意識は途切れた。



 目が覚めると辺りは暗かった。部屋の隅の、ランプの明かりがやけに眩しく目に入る。いったいどれだけたったのか。

 身体を起こしてみると、ランプを置いたテーブルの椅子に、パウロが腰掛けて何か書物を読んでいた。どうせ呪文だかなんだかの本だろう、ブツブツ呟きながら指先で印をかたどっている。

「……パウロ」

 声をかけると、パウロはゆっくり振り返った。

「起きたんだ。随分よく寝てたね」

 優美な笑顔がもどかしい。

「マリアは?」

 早口で尋ねた。

「大丈夫、……眠ってるよ」

「……目ぇ離すなっていったろ!」

 念押しして出てきたってのに。

「……」

 パウロは呆れた、というようにため息ついて首を振った。

「一人にして欲しいそうだよ」

 そんなのはもう何回も聞いてる。

「……ダメだ」

 オレは直ぐにでもマリアの様子を確かめるため、立ち上がった。パウロの横を通り過ぎようとして、腕を掴まれた。

「……やめなよ」

「離せ」

「飼い殺しにする気なの?」

「!」

 なんて事いいやがる。

 オレはキッとパウロを睨みつけた。しかしパウロのほうは涼しい顔してオレを見上げてる。

「……そんなつもりはない」

「でもこれじゃ、そうなっちゃうよ。……そろそろ、今後のマリア王女の身の振り方について、考えきゃいけないと思うんだけど」

 今後? 先のことなんて、考えていない。

「……僕は、サマルトリアか、ローレシアで引き取るのが良いと思ってるんだ」

「……」

「ムーンブルクはもう無いんだよ。……王女には気の毒だけど……。僕らは旅を続けなきゃいけない。ずっとこのままここにいるって訳にも行かないでしょう?」

 確かに、そうだ。ずっとマリアの側について、この街に居るわけにはいかない。俺たちには旅をしろって命令が下ってる。

「……サマルトリアか、ローレシア、か……」

 目を離すのは怖い。だが、パウロの言うとおり、それが一番安全な気もする。俺たちの国だって、いつ魔物の襲撃を受けるかは分からないが、この街の安宿に泊まっているよりは、はるかに安全だ。

「じゃあ……ローレシアだ」

 ローレシアはこの三国の中では一番の軍事国家。城の造りも要塞のようになっている。サマルトリアはお国柄なのか兵達もやけにのどかで、訓練も満足に行き渡っていないようだった。城も観光客を受け入れやすい、開けっぴろげな造りになっている。

「まぁ……妥当かな」

 つまらなそうな口調で言いかけて、ハッとしてパウロは目を見開いた。

「……マリア王女」

 いつの間に入ってきたのか、マリアが部屋の扉の前に立っていた。

「何の相談?」

 怒ったような口調で言って、つかつかとこちらへ歩いてくる。パウロに顔をぶつけるようにして、

「余計なお世話は、やめて欲しいわ」

 言い放った。

「……その、格好はどうしたの?」

 パウロは冷静にマリアを見ている。言われてみれば、マリアはいつの間に調達したのか見たことの無い服装をしている。ローブにブーツ。手には杖。まるで、旅にでも出て行きそうな。

「買ってきたわ」

「……そうじゃないよ」

「……」

 マリアは背筋を伸ばすと、杖の先でコンと床を叩いた。

「あなた達、ハーゴンを倒しに行くんでしょう?」

 はったと俺たちを見据える赤い目は、炎を宿しているようだった。

「……私も行くわ」

「え?」

「だっ、ダメだっ!」

 すぐさま答えると、マリアはキッとオレを睨みつける。

「どうして?」

「どうしてって……」

「わたしもロトの末裔。あなたたちと一緒よ」

「関係ない、ダメだ!」

 連れて行くわけには絶対にいかない。この旅は、ほとんど死にに行くような旅だ。国をまるごと一つ滅ぼすような軍勢に、三人で行って何ができる? ロト伝説の力なんて、実のところオレはほとんど信じちゃいない。ただ国民を慰めるための、義理で放り出されたと思っている。

 そんな旅、犠牲は少ない方がいい。まして、このマリアを巻き込むなんて、絶対に、出来ない。

 パウロが椅子から立ち上がった。

「マリア王女。あなたの気持ちも分かるけど、この旅は危険なんだ。僕たちだって、自分の事で精一杯。あなたをずっと、守りきれる自信はありません。……申し訳ないけれど」

 本当に申し訳無さそうに言って、頭を下げる。金の髪がさらりと揺れた。

 マリアは冷ややかな目でそれを見降ろしていた。

「……あんまり、舐めないでくれる?」

「え」

「バギ!」

 一瞬にして、鋭い風が巻き起こり、真空の刃が飛び交った。

「!」

 身動きする間もなかった。気づけばテーブルの上の書物がズタズタに引き裂かれ、パウロの髪はパラパラと宙を舞っていた。オレの頬にも、ピリリと痛みが走って、生暖かい感触が流れていくのが分かる。

「今。やろうと思えばあなた達を殺せたわ」

「王女!」

 厳しい表情でパウロはマリアに一歩詰め寄った。

「わたしを連れて行かないなら、それでもいい。わたし一人で行くだけよ!」

 両手にしっかりと杖を握りしめ、一歩も引かない様子で俺たちを睨んでいる。

「……わがままな」

 パウロはため息をつき、うるさげに前髪を掻き揚げながらドカッと椅子に座った。マリアはオレに視線を移した。

「……」

 赤い瞳に飲まれたように、オレは何の言葉も発せず、ただイライラと歯軋りした。

「……それじゃ、行くわ。……元の姿に戻してくれたことは、お礼を言います。ありがとう。……さよなら」

 す、と頭を下げて、すぐにマリアは踵を返した。

「待てよ!」

 慌てて呼び止めて、腕を掴んだ。

「行かせる訳ないだろ!」

「……離して」

「ダメだ!」

「あなた、ダメしか言わないのね。それじゃあわたしを連れて行く?」

「……それは……」

 どうしろって言うんだ。こんな細い腕。いくらローブを身に纏って、勇ましく呪文唱えたって、直ぐにも折れちまいそうじゃないか。

「……離さないと、さっきの呪文で今度はその手を切り落とすわよ」

「……っ!」

 とたんに、背後で笑い声が聞こえた。ははは、と愉快そうに笑って、オレの肩に手が掛かる。

「何だ、パウロ」

「もう、負けだよ、僕たちの」

「何?」

「連れて行こう。……いや、一緒に行こう。ね、マリア王女」

 パウロはオレからマリアへと視線を移し、ぱちりとウインクした。

「馬鹿、何言ってんだ」

「しょうがないよ。無理に僕たちの国へ連れて帰ったって、兵士殺してでも脱出して一人で旅立ちそうだ」

「あら。殺したりはしないわよ」

 失礼ね、とマリアは頬を膨らます。しかし殺しはしないが何かしてでも脱出はするということか。

「……」

 本当に、この細い身体で旅を? 野宿だってあるし満足にメシさえ食え無い事もある。当然モンスターとの戦いで、痛い目にあう事もある。

 オレはもう、こいつにはただ穏やかに、何一つ傷つかずに暮らして欲しいんだ。

「しょうがないよ、ね」

 パウロが悟ったような笑顔でオレを覗き込んだ。

「どうなの? ローレシアの王子さま?」

 マリアの赤い瞳がオレをじっと見つめた。

「くそ……っ」

 オレは半分泣きたい気持ち、半分叫びだしたい気持ちだった。この赤い瞳に逆らえない。

「ちくしょう、分かったよ! 一緒に行けばいいんだろう!?」

 そう言って、掴んでいた腕を離してやると、厳しかったマリアの表情がフッと崩れた。眉間に寄っていた皺がとれ、長いまつげが何度も上下する。

「ほんとう?」

「仕方ねぇんだろ!?」

 半分やけっぱちで叫ぶと、マリアはパァッと、微笑んだ。笑った顔を初めてみた。その一瞬だけ、時間が止まったようだった。あんまりにも、眩しすぎた。

「……ありがとう……」

 そうか、本当は。本当はこんな顔だったのか。こんな風に、光が差すみたいに、笑う奴だったのか。オレは初めて本当のマリアを見た気がした。

 マリアはすっと手を差し出した。パウロも優美な笑顔を浮かべてその手を握る。促すように、俺を振り返った。つられてオレも二人の手の上に手を乗せた。

「打倒、ハーゴン!」

 マリアが言った。

「世界に平和を!」

 パウロも言う。二人の視線が俺に向けられた。

「……絶対、無事で戻るぞ!」

 叫ぶと、二人がオーッと返した。

 そうだ、守る。

 オレは、硬く誓った。

 ロト伝説だってなんだって信じてやる。ハーゴン倒して、無事に帰る。

 オレは、マリアを守る。

 絶対に、絶対に守りきって、無事に帰ってやる!!



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