十四.



 現れた時平は、前触れもなく、性急なしぐさで綾音を抱きしめた。

「……っ!?」

 唐突に時平の春の香が強く薫る。直衣の絹が頬にあたり、互いの衣擦れの音が闇に響いた。ぐっと掴まれた腕の力強さに驚いている間に、時平は綾音の髪を救って口付け、何、と言いかけた時にはもう、腰の辺りを強く抱きかかえられて、床板に押し倒されていた。

「……っ」

 時平の視線が、真っ直ぐに降りて綾音を刺す。唇が、身体が、震え出すのが分かった。気づいて、時平がささやく。

「……ごめん、綾音……。怖いか……?」

「……」

 言葉が、出ない。

 ――どうして、ここに。どうして、こんな。

 聞きたいことは浮かんでいるというのに。

「……ごめん」

 時平は眉を寄せ、辛そうに目を伏せた。

「俺は諦め切れない。たとえ綾音が、後宮に上がりたいと言っても。……どうしても、諦め切れないんだ。……許してくれ」

 そこまで言うと、時平は辛そうな顔のまま目を開いた。あっという間にその顔が近づき、綾音の唇へ唇が落ちる。押し付けられる熱い感触。

「……ん、ん……っ」

 あまりに長い口付けに、息苦しくなり、綾音は顔を背けた。まるで、あの晩のよう。あの晩とは、自分の気持ちは違っているはずなのに、何故だかまた、目頭が熱くなって、勝手に涙が溢れだす。そしてまたあの晩と同じく、時平の口から切ないため息が漏れた。

「……綾音……。嫌か」

 分からなかった。答えられず、ただ涙だけが零れる目で、時平を見つめる。

「……嫌でも、駄目だ。あの晩のようにはいかない。……今日を逃す訳には、行かないんだ、綾音」

 時平は追い詰められた目をしていた。また、口付けが降りてこようとして、綾音は無意識に首を振っていた。嫌々をするように。……時平を、怖いと思った。

 時平の動きが止まった。

「……掛金を……、外したのは、何故だ、綾音」

「……え……?」

「俺だと、分からなかった……?」

「……」

 綾音はまた、首を振った。確かにあの時、外に居るのは時平だと、予感していたから。

「じゃあ、なんでだよ……」

 顔を背けて、呟く、声。切ない声に、綾音の胸がきゅう、と締め付けられる。

(まただ)

 ……また、泣かせてしまった。綾音はたまらず、時平に手を伸ばした。





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