十二.
色とりどりの秋の花々に囲まれ、管弦の楽が鳴り響く賑やかな庭園。橋を渡した庭の池には飾り舟まで浮かべて、貴人達の訪れも絶え間ない。今日の宴の名目は一体何だったかと、考えなければならないほどにいつも賑やかな、三条の左大臣邸。その、寝殿造りの東の対で、邸にはおよそ似つかわしくない暗く沈んだ表情の頭の中将が、ごろりと布団に包まっていた。
「はぁ……っ、くそ、なんだってこの邸はいつもこううるさいんだっ」
布団を引き被ってごろごろ転がりながら、頭の中将・幸宗はぼやいた。
幸宗は今日は物忌みと称して邸に引きこもっている。宴にも顔を出すようにと先ほど父の左大臣が顔を見せたが幸宗には全くその気がなかった。
五条の小さな邸に住む姫君を訪ね、そこで下人(しもびと:身分の低い人)の男と取っ組み合いの喧嘩をし、顔に傷を作って帰ってきたのが昨晩遅くの事だ。付き人の吉政はどうしたのかとしつこく尋ねて来たが「うるさい」の一点張りで答えなかった。喧嘩の事はどうでも良いのだ。問題はその前の姫の話。「貴族の男なんか信じられない」と姫はそうはっきり言っていた。あの台詞は直接は伊予の介に向けられていたとはいえ、隣に自分がいる事を充分承知で言っていたのだ。それに「浮気な男を許せない」とも。
「あぁ」
それなのに自分はあの姫君の伯母にまで手を出しているのだ。伊予の介からその話が出た時は、まさか名前まで出やしないかと肝を潰した。
これまでの自分の所業を思うと、幸宗は自分自身を呪いたくなる。それほど姫の言葉は衝撃だった。
「幸宗さま」
「なんだ」
不機嫌に答えると、吉政がやれやれと首をすくめつつ姿を出した。
「文が届いてますよ」
幸宗はばっと布団を蹴飛ばして飛び起きた。
「誰から!」
「大外記の三の姫さまから」
「……」
幸宗はまた布団を被る。
「そこへ置いとけ」
「そこへって……」
幸宗が指差した部屋の隅には無造作に置かれた文が山となっている。一応埋もれてはいるが下には文箱が置いてあった。
「女房にでも片付けさせたらどうですか」
「誰も来るなって言ってあるんだ! ほっておけ。お前もさっさと出ていけよ」
「はぁ、でも……」
吉政は跪くと勝手に文を並べて片付けはじめた。
「これ全部女性の文ですね。最近全く返事をされてませんが、こんなに溜めて、大丈夫ですか」
「お前な……」
幸宗は青筋を立てて睨んだが吉政はてきぱきと文を仕分けしていて取り合わない。この下男はもう慣れていて、ちょっと怒鳴ったくらいでは言うことをききやしないのだ。諦めて幸宗は布団から這い出た。
「ちぇ、なんだってこんなにおくって寄こすんだろうな」
吉政が並べている未開封の文を片端から開けてざっと目を通していく。特に興をそそるものもなく、幸宗はぽいぽいと文を吉政に投げていった。一応全部に目を通したが、何も感じるものはなかった。幸宗がため息をつくと、吉政はぼそりと何か呟いた。
「……十七か……」
「何?」
「いえ、女人の数が……」
「……」
吉政は差出人ごとに仕分けしていたのである。中にはもうほとんど連絡をとっていないようなのもいるが、まぁそんなものだろう。
「はぁ……」
幸宗は酷く後悔しつつ文を睨んだ。なんとかして全て無かった事に出来ないものか。
「……」
しばらく思案した後、幸宗はおもむろに立ち上がった。
「支度だ、出掛けるぞっ」
「おや、どちらへ」
吉政が尋ねると、幸宗は仕分けられた文の束から一通づつ引っつかんだ。
「これ、全部回る」
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