十九.
「き、嫌い……」
言われた時には、泣くかと思った。
「……じゃ、ありません。……好きかどうかは、……わ、分かりません……っ」
幸宗は姫の両手を握り締めた。
「本当ですか?」
胸が早鐘を打っている。まるで本物の病にかかったように。
(これは、脈がある……!)
しかしの姫の方はまずいことを言ってしまったとでも思っているのか、唇をかみ締めて眉をひそめ、視線を泳がせている。
「……」
しかし幸宗はもう止まらなかった。
「私はその言葉が聞けただけでも嬉しい。急な事ばかり言って、申し訳なかったと思っています」
「……わ、私、でも、結婚とかお付き合いとかは……」
姫は引きつった顔でじりじりと距離を置こうとしている。幸宗は姫の手をぎゅっと握って引き寄せた。
「……では私は、懲りずに文をおくりましょう。あなたからの返事をもらえる日を夢見て、毎日でも文をおくります」
「……だ、だからそう言うの、困ります……!」
必死で顔を背け、声を絞っている姿が、可愛らしすぎていっそ憎くなる。
「……文すらも、許して頂けませんか?」
「……だ、だって、毎日なんて……」
「こんな事をいうと怖がらせてしまうかもしれませんが……姫、私はあなたを今この場でどうしようと、罪にはならない身なんですよ」
「!!」
ばっ、と今度こそ手が振り払われた。
「や、やだ……っ」
怯えたようにずるずると後退して行く。幸宗はゆっくりと立ち上がった。姫はびくっとして目を閉じ、身を竦める。
「……でも、そんな事はしません。私はあなたの……心も欲しいんです」
言うと、姫はそっと目を開け、幸宗の方を見上げた。
「……っ」
「文、出させてくださいね」
そう言って姫に微笑みかけ、退出しようとすると、姫が叫んだ。
「あ、あの……っ、どうして!? こんな、身分も低くて、行儀も悪くて、全然受け入れもしない私の事なんか、放っておいてくれればいいのに。……もっと中将さまには相応しい方がたくさんいるでしょう!?」
一息に言って、ふぅっと息をつき、じっと幸宗の返事を待っている。
「……さぁ? どうしてでしょうねぇ?」
「へ?」
姫はきょとん、と間の抜けた表情で幸宗を見上げている。くすくすと笑って、幸宗は言った。
「私にも、よく分からないんです。……でも、恋とは、きっとこういうものなんでしょう」
それから毎日、幸宗は姫に文をおくった。内容は色事だけでなく、宮廷のことや日常のこと、友人のことや家族のことなど、多岐にわたる。少しでも姫の興を引こうと、様々な話題をおくった。
たとえ返事は来なくとも、毎日、毎日、おくり続けた。
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