二.



 車はゆるゆると都大路を下り、もう五条を過ぎようとした頃だった。

「幸宗さま、もうそろそろ着きますよ。起きてください」

「ん……あぁ」

 車中でまどろんでいた幸宗は目をこすり、どこからか琴の音が流れてくるのに気づいた。少し眠ったせいで気分もよく、むくむくと興が湧いてくる。

「なぁ吉政」

 声をかけながら物見を開ける。

「どうされました?」

「この、琴の音は……」

 言ったとたん、琴は大きく音を外した。しかし外した音については無視されたのか、そのまま不協和音が鳴り続けている。

「……」

「……そこの、今通り過ぎた小さい屋敷だと思いますが……、酷いですね。私でも分かる」

 確かにこんな酷い演奏は聞いた事が無い。

「……どちらの、姫だろう……」

「姫……ですかね……」

 よく見ると、屋敷の前にはなかなかに立派な網代車が停まっていた。従者も数人、車の周りに残っているようだ。

「おい、ちょっと行って聞いてきてくれ」

「えぇっ!? ……また……。こんな演奏聴いて、よく興が湧きますね」

「うるさいな、早く行けよ」

「……分かりましたよ……」

 しぶしぶ、といった調子で吉政は出かけていった。

 その間も、琴の音は不協和音を鳴らし続けている。

(それにしても、ひどいな……)

 くくく、と幸宗が笑った時、グアーーンッと一際派手な音を鳴らして演奏は途切れた。驚いて物見から外を伺うが、さすがに屋敷の中の様子までは分からない。琴があんな音を立てるとは知らなかった。まさか投げつけでもしたんだろうか、さすがにそんな姫は嫌だ……と思ったとき、吉政が帰ってきた。

「幸宗さま、分かりましたよ。あの車は備前の守のものでした」

「えっ!」

 備前の守といえばこれから通おうとしている六条の女の旦那である。大抵は任国へ行っていて留守なのだが、都へ帰ってきていたのか。

「どうも、北の方(妻)を任国へ連れて行くつもりで帰京したようです」

「えぇっ!」

 少なからずショックだった。恋とは到底よべないが、備前の守の妻は、幸宗にとって心安らげる貴重な存在だったのだ。

「それで、あの屋敷はその北の方の妹の家らしいですよ」

「……妹?」

 そういえば、ちらと女に妹の話をされた事があった気もする。たしか何処かの大貴族の邸に女房として仕えていたとか、なんとか……。

「でもその妹はもう亡くなって、今はその娘が住んでいるそうです」

「ほぉ」

 娘と聞いて、幸宗は目を輝かせた。

「……ここの娘は、もう備前の守以外に頼れる縁者も無いそうですよ」

「ふーん……」

「あ、車が動き出した。帰るようですね、それにしてもさっきのけたたましい音はなんだったんでしょう……」

 言葉どおり、屋敷の前に停められて居た網代車はがらがらと通りを抜け、六条の方へと走り去っていった。

「……今日は、六条へは行けないな」

「そうですね。……なにか嬉しそうですね……」

 吉政の眉がぴく、と引きつった。

「よし、こちらの屋敷に世話になろう!」

「……」

 はあああぁーーっと、吉政は盛大なため息をついていたが、幸宗は気持ちよく無視してやった。



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