二十一.



 ――こんばんは、姫。夜ともなると最近はすっかり寒くなって参りましたね。宮中でも最近は風邪をお召しの方がいらっしゃるようです。ちゃんと暖かくされていますか?

 先日、春宮の妃の宣耀殿の方が、急な季節の変化のせいか、少し体調を崩しましてね。あの方は最近ご懐妊の兆しが見られたところでもありますから、春宮も心配だったのでしょう。宣耀殿に篭ったまま、五日も出てこなかったのですよ。

 ここ最近、右大臣は自分のところの姫君を春宮へ差し出そうと必死に口説いていた最中だった事もあって、激怒していました。内大臣には年頃の姫は居ないはずなのですが、やはり春宮が一人の妃にご執心というのは面白くないようですね。

 お前は頭の中将で、殿上(でんじょう)の風紀を守るのも役目なのだから、春宮を何とかして引っ張り出せ、と大臣二人に顔を揃えて無茶を言われました。

 断りようも無いので、しぶしぶ、大臣達と共に春宮のところへ声をかけに行きましたよ。そうしたらこの春宮、何と言ったと思いますか。

「俺は生涯、宣耀殿の方ただ一人だ!」

 と、こう怒鳴られましてね。その時の大臣達の顔ったら見ものでしたよ。あれには宮廷中が騒然としました。

 そうそう、私はあの春宮の母方の叔父にあたるのですが……だから似ているのでしょうね。一人の姫に、一途なところが……。

 その後、大層評判を気にされた宣耀殿の方が、なんと、訪れる方々に唐菓子を配っていました。高級な菓子で、私などでも滅多に口には入らないのですが、本当に美味でした。……文ではお伝えできなくて、残念です。

 姫も、十五夜にはお菓子を食べるのでしょう? 私もその日はあなたを思って菓子でも食べる事にします。

 あなたは、月のように冷たい情け知らずな方ではない。いつか、私の元へ降りてきてくれると、信じています。     頭の中将 幸宗



「……相変わらずお見事な手跡ですわぁ……」

 八重は読み終えた文をうっとりと眺めている。

「う、うん……」

 油断していた。……最近、色事を書いて来ないと思っていたのに、結局この文では最後の方が……。

 楓は頬が熱く、体中がほてって仕方が無かった。

「ねぇ八重、わたしやっぱり、病気かも……っ」

「……姫さま、それは中将さまにお会いすれば治りますわよ」

「はぁっ!?」

 また適当な事を、と楓は憤慨した。中将に会ったりしたら、余計に症状が酷くなりそうなのに。

「……姫さま……。そのような症状を、恋って言うんですわ」

「こ……っ! 恋ぃーー!?」

 何を言ってるんだこの阿呆な女房は。

「ばっ、馬鹿いわないでよ! あんな人と恋なんて出来ないの! なんで不幸になるのが目に見えてる人をわざわざ好きにならなきゃいけないのよっ!!」

「あら姫さま。恋というのは、するものじゃありませんのよ」

 八重はふふふ、と口元を押さえて笑った。

「気づいたら落ちているものなんです」

「……っ。で、でも私は……っ、ち、違うもん!」

 楓は認めたくなかった。認めるわけにはいかなかった。

「違うんだからね……!」

 八重があんまり馬鹿なことを言うものだから、症状がますます酷くなった気がした。

「……でも姫さま、そろそろ一度くらいお返事を返されませんと。もう一度会って、確かめて見ればいいんですわ」

「あ、会う……?」

 きゅぅっと、胸の辺りが疼いた。あの中将ともう一度、会う。

「お嫌ですの?」

 八重はにこにこと訊ねてくる。……会うこと事態が、嫌な訳では、無かった。むしろもうずっと、会って、御文に書かれたあれこれについて、話がしたいと思っていた。……だけど。

「大丈夫ですわよ、中将さまはとってもお優しい方ですもの。無茶な事はされませんわよ」

「……そうかなぁ……」

 心が慌しく揺れ動いて、楓はくらくらして来た。

「うぅ……」

「では、私が代筆しましょうか? ね、姫さま」

「うぅ、でも」

「さ、気が変わらないうちに出してしまわなければ」

 八重は楽しそうに硯(すずり)や筆を出して準備し始めた。

「もう直ぐ十五夜ですわ。ふふ、それを口実にしましょう」

「えっ、ねぇ、待ってよ……。ちょっと……!?」

 八重に強引に押し切られ、結局、文を出してしまった。



 ――もう直ぐ、十五夜ですね。美しい月を一人で眺めていると、なにやら切なくなって参ります。この間は、美味しそうなお菓子について書かれた御文を頂きましたけど、我が家でも団喜(だんぎ:お菓子。お団子)をご用意いたしますわ。中将さまのお口には会うか分かりませんけれど、よろしければご一緒に、ご賞味されてみませんか?



 姫さまらしい文が出来たわ、と八重は満足そうにしているが、楓はもう居ても立っても居られなくなった。また、今日、その日のうちに訪ねてくるかもしれない。

 顔を会わせるんだと思うと、何故だか胸が潰れそうに緊張して、楓はへなへなと脇息にしがみついた。

 しかし意外にも中将は、その日のうちに訪ねては来なかった。代わりに、矢のような速さで返事が来た。



 ――二日後、十三夜の夜にお訪ねします。夢うつつで、今は歌も何も浮かびません……。取り急ぎ。     幸宗



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