二十二.



「い、一体……何事!?」

 楓は狭い部屋に並べられた最高級の調度類を眺めてぽかんと口を開けた。

 真新しい几帳に屏風、鏡台、唐櫛笥(からくしげ:化粧道具入れ)……。なんと畳まで運び込まれようとしている。

「……」

「あっ、姫さま! 姫様は奥に! 出てきては駄目ですよ!」

「だ、だって何よーっ! これっ」

 八重にぐいぐいと奥の間に押し込まれたが、あの調度類はただ事では無い。頭の中将からの贈り物が運ばれるから、使いの者に姿を見られないよう奥に行け、と言われて随分立つ。何をそんなに手間取っているのかと覗いてみれば……。

「おかしいじゃないっ」

 結局全ての調度が並べられ、楓がようやく自室へ帰れたのは夕刻だった。

「な、何考えてるんだあの中将は……っ!」

 もともと狭かった部屋はより一層狭く感じられ、不釣合いに高級な調度の中で楓は全く落ち着かなかった。

「中将さまは……、ひょっとして、その……」

 八重は何か言いかけて、言いにくそうに口篭った。

「何よ?」

「あの……もしや、か、勘違いされたんじゃ……」

「勘違い?」

「ほら、前々から、ご結婚されるつもりで御文を寄越していたでしょう? この度の返事をもしや良い返事と取られたのでは……」

「……え」

 楓は酷いめまいに襲われた。

「そっそ、それってもしかして……」

「はぁ……。ですから、ご結婚されるおつもりなのでは……」

「ばっばっ、馬鹿言わないでよーーーっ!!!」

 何で急にそうなるんだ。ただ、十五夜に一緒にお菓子を食べましょうと言っただけだというのに、どうして。

 追い討ちをかけるように、何と備前の伯父から早馬の文が届いた。



 ――姫や。わしは知らんかった。まさかお前があの関白左大臣家の蔵人の頭の中将様と恋仲であったとは……! 知らん事とはいえ、今までお前に見合いなど勧めてほんに悪い事をした。この伯父を許して欲しい。

 しかしまぁそれにしてもこんな晴れがましい事が現実に起きるとはわしは夢を見ているのか、未だ信じられん。昨日、頭の中将殿よりの早馬が来て、明後日の吉日に姫を頂きたいと知らせがあった時にはわしはだまされているのかと思った。

 それにしても……わしにも一言くらいお前の口から相談をして欲しかったよ。いや、相手が相手だ、わしに相談したところで何も事態は変わらんがな。中将殿は正式な妻としてお前を迎えると言ってくださってる。

 幸せになるんだぞ。あの方は浮気な方ではあるが、少しでも長く寵を頂けるよう、何もできんがわしはとにかく祈っている。

 急な事でわしからの贈り物は間に合いそうにも無い。その辺は頭の中将殿がすべて取り仕切ってくれると言って下さったが、わしは少し寂しいよ……。また京に帰った時には訪ねるからな。達者でな。



「……っ!」

 楓は文を叩きつけて地団太踏んだ。

「あっ、あっ、あっさり許すなーーーーっ!!!」

 そのままへなへなと座り込んで突っ伏し、悪い夢なら覚めて欲しいとひたすら祈った。

「姫さま……。私があのような文を勧めたばかりに、本当に申し訳無い事に……。でも、こうなってしまってはもう引き返せませんわ」

「! な、なんで……っ」

「だって、中将さまはきちんと手順を踏まれてますもの。御文をおくり、返事を貰ったところで、きちんと後ろ楯の叔父上に許可を得て……」

「私は、そんなつもりじゃなかった……っ」

「……」

 しかしもう本当に、頭の中将の早業で、事態は引き返せないところまで進んでしまっているらしかった。



 楓が呆然としている間にも時は流れ、直ぐに結婚の当日、十三夜の朝はやって来た。しかしこの日、楓の身の上にさらに思いも寄らない驚くべき事態が起こるとは、誰も予想もしていなかったのである……。



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