二十七.
必死に馬を走らせながら、幸宗はあれこれと想いを巡らせた。
今この時期に内大臣が姫を得ようとするその意味は。内大臣は既に帝の下へ玉の一人娘を上げている。娘に皇子が生まれれば良し、しかしこのまま生まれなければ……?
先日春宮の妃に懐妊の兆しがあったばかりだ。妃の出自はつい先の除目(じもく:役職を決める儀式)で大納言になったばかりの家柄であるが、生まれるのが皇子であれば事態はどう転ぶか分からない。大臣達には脅威のはずだ。生まれた順番はさほど重要視されないのだから、春宮の元へも娘を上げ、保険としたいのは当然だろう。
右大臣は春先からずっと自分のところの姫を春宮妃に、と何かにつけて勧めていたが、春宮はいっこうに「うん」と言わない。それどころか春宮は先日「生涯、妃はただ一人」と言って宮中を騒がせていた。しかし内心、内大臣はずっと焦っていたはずだ。
「なんでよりによって内大臣なんだ……っ!」
幸宗は汗を飛ばしながら馬を駆る。内大臣は一筋縄ではいかない相手だ。まさかあの大臣が、あの姫の父親とは……! 幸宗は暑さだけではなく、汗を掻いていた。
しかし諦める気はさらさら、無い。
どうやって手に入れるか。問題はそこだ。
馬が大通りを駆け抜け四条を過ぎようとしたとき、牛車とそれをかこむ随身の列に出くわした。小奇麗に飾られた女車。
(……これだ!)
「止まれ!」
幸宗は列の真ん前で馬を急停止させいななかせた。
ぎょっとした随身たちが腰に差した刀に手をかけて馬をとり囲む。
「何者!!」
幸宗は馬上から名乗った。
「私は蔵人の頭の中将。こちらの車はどちらの者だ」
随身たちははっとして刀に掛けた手を外した。従者の一人が前へ出て、膝を折って口上を述べる。
「こちらは内大臣家の姫君のお車にございます。中将殿、道をお空け下さいますよう」
「……」
幸宗は馬を降りた。
「姫君と話がしたい」
「……!? これは、異な事を」
従者は幸宗の行く手を阻むように立ち上がった。
「内大臣様より、姫君の姿を誰にも見せるなとの固いご命令でございます。話など……」
論外だと言わんばかりに首を振った。
「どいて頂こう。私はこちらの姫君と婚約していたのだ」
「!? ば、馬鹿な……!」
「……通るぞ」
幸宗は従者の脇をすり抜けて車へと向かう。
「お待ちを! そのような大事を言いふらされては困ります。姫君を、どなたとも合わせる訳には参りません!」
無視して進もうとすると、はっしと袖をつかまれた。
「中将殿! 中将殿といえど、内大臣から咎めがありますぞ!」
「触れるな! 無礼者め!!」
幸宗は袖を振り払った。
「……内大臣殿には後ほど私の方からきっちりと話をつける。お前などの出る幕ではない、黙っていろ」
低い声で睨み据え、従者が萎縮したのを見て幸宗は車に近づいた。
「姫! ……私です、頭の中将です……!」
「……っ」
中には姫以外にも、恐らく女房達が居るのだろう、数人の気配がした。
「……お止めになって……っ」
「姫君……、いけませんわ……っ」
女房に止められているのか、何やらもみ合う音が聞こえる。
「姫!」
もう一度呼ぶと、ぱたん、と物見の窓が開けられた。
泣き腫らした目の姫の顔があらわれる。ぽろぽろとまだ零しながら、幸宗を真っ直ぐに見上げてきた。
「……中将さま……っ、助けて……!」
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