五.
「あーもう、この役立たずっ!!」
怒鳴られた吉政は恨みがましい目で主人の幸宗を見上げている。
「そう、言われましても……」
五条の屋敷に泊まった晩より、七日。毎日一首づつ、幸宗は歌をおくり続けている。律儀にも、きちんと訪問の約束を取り付けてから再び訪れようとしているのだ。
しかし。
「なんで一回も返事が来ないんだっ」
「はぁ……なんでも、手を痛めたそうで……」
「ほう、昨日は頭痛、一昨日は腹痛……。なんで毎日理由が変わるんだ?」
「……」
「そこまで嫌われてるって事かよ」
「……」
「俺が何かしたか!?」
「……さぁ……」
吉政は疲れ果てて主人の叫びを適当に受け流している。
「もういい」
幸宗が言うと、吉政はあからさまにほっとした表情をしたが、
「返事は待たない! 今日、行くぞ!」
「…………」
主人の元気な声に、深いため息をついたのだった。
何の約束も取り付けられてはいなかったが、そこは頭の中将の身分に物を言わせ、無理やり五条の姫君のもと、面会の座を設けさせた。
しかし通された場の姫君の前には、几帳が三重に立てかけられていた。
「ひ、姫……」
「……」
「これは、何とも……几帳を減らしては頂けないでしょうか。私の声は聞こえますか?」
「聞こえます!」
「はぁ……では、私の文は読んでいただけたでしょうか」
「はい、でも私……姫なんて呼ばれるような身じゃありません。と、頭の中将さまには合いません!」
きっぱりと言い切られ、幸宗は落胆した。釣り合わないことは最初から分かっている。それでも、幸宗ほどの人物に見初められるというのは女にとってこの上ない名誉な事で、誇りにされこそすれ、ここまで厭われる理由が分からなかった。現に今まで付き合った女達は皆最初から嬉しそうだったのに。
「姫……そこまで、私がお嫌いですか」
「……私、誰とも付き合えません」
「え」
「私、誰ともお付き合いする気も、結婚する気も、ありません! 誰とも!」
「……」
幸宗は絶句してしまった。ここまで頑なな女性に出会ったことは無かった。……しかしその態度は余計に……幸宗の興をそそった。
その時、渡殿に女房が控える気配があった。
「あの、失礼いたします。姫さま、備前の守さまが……」
「えっ」
姫が驚いて腰を浮かす。
「伯父様が来たの!?」
「……それはまずいな」
幸宗も舌打ちして立ち上がった。
「では私は奥の方へ隠れていましょう。好きでもない男の事で、いらぬ咎めを受けでもしたら大変だ」
「では、こちらへ……」
女房に案内されて、幸宗は隣室へ身を隠した。
しばらくして、どたどたと男が渡って来た。
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