じめての。 〜XXX〜


…ドキドキして、落ち着かない。
目の前に広げてあるノートの数式。
その数字達が、ぐるぐる回って踊ってるみたいな気がしてきた。
足したり引いたり掛けたりなんて、とても出来ない。

「亜矢っ!」
「――はいっ」

あたしはぎゅっと握り締めてたシャーペンを思わず落っことして、顔を上げた。
目の前には、彼の顔。…ちょっと眉をひそめてる。

「ちゃんと、考えてる?」
「うん、か、考えてるけど…っ。分かんなくて」
そう。考えようとはしてるんだよ、だけど、だけど…
「…ほんとかなぁ…。なんか、落ち着かないみたいだけど」

そりゃあ、だって、しょうがないよ。
だってここは、今いるこの場所は、彼の部屋なんだから…!!

「明日で最後なんだからさ。頑張ろうよ。…ほら、どこが分かんないの?」

彼は数学が得意だ。
明日は現文と数学の試験。現文はもう運に任せるとして、数学は、公式くらいはちゃんと抑えようと思って、こうして彼に教わってるんだけど…

逆に、緊張しちゃって何も考えられない…
それに、部屋の中が気になってしょうがない。
彼の部屋は割とキレイで、ちょっと殺風景で、だけど趣味は悪くない感じで…
あ、でもあの押し入れはちょっと怪しいなぁ…。何か隠してありそう…?
だってHな本くらい持ってるよね、普通…

「あ・や!!」

「うああっ、はいいっ」

突然耳元で叫ばれて、心臓が飛び出しそうになった。

「俺が言ってること、全っ然、聞いてないよな」

うあ。貴志くん、怒ってる。
はぁ…って、大きなため息をついた。

「ご、ごめん!ちゃんと聞くから…っ」
あたしは慌ててシャーペンを拾って身構えた。
「ほんとかなぁ…」
彼は白い目であたしを見る。ちょっと口を尖らせて。

うう。なんか嫌な予感…
こういう顔する時って、大抵イジワル言うんだ。貴志くんは。

「あんなトコに、エロ本なんて隠してないよ?」
貴志くんは押入れを親指で指して冷めた笑みを浮かべた。

うう。
じゃ、じゃあどこに…?………じゃなくて。
「ご、ごめんなさい…。ちゃんと、勉強するから…」
あたしは恥ずかしくなって俯いた。
……どうして、考えてる事分かっちゃうんだろう……。

「うん」
貴志くんはにっと笑った。
「分かれば宜しい」


それから、あたし達はしばらくマジメに数学を勉強した。

「…で、こうなるから、…確率の公式使って………答えは?」
「…えっと…えーっと、………に、28%…?」
恐る恐る、あたしはこたえる。
「お。……正解」
彼は一瞬意外そうな顔して、それから嬉しそうに笑った。
…ほ〜っ…。
思わず胸をなでおろす。
だって、あんまり間違えてばっかりじゃ、かっこ悪いもんね…

「うん、今のが出来れば、大体OKかな」
「ほ、ほんと!?」
「……でも、テストじゃ自分でどの公式使うか考えるんだよ?」
「う、うん!頑張る!大丈夫!」
「…おっ頼もしい。…じゃ、休憩しよっか。ちょっと疲れたよな」
彼が笑って言う。
あたしは嬉しくなって何回もうなずいた。
そしたら彼はははははっ、て笑った。


「なぁ、こっちこない?」
彼の後ろには、ベッドがある。ベッドの側面にもたれるようにして、彼は床に座ってるんだけど。
あたしは、テーブルを挟んで向かい側。
「…う、うん」
ちょっと緊張して、うなずく。
立ち上がってテーブルの向こうに移動する。

…ドキドキする。

彼の家は、両親とも働いてて、平日の昼間は、誰もいない。
…今は、あたし達、2人だけだ。

ドキドキ、する。

あたしは彼の隣りに座った。
「……なぁ、緊張してる?」
彼はあたしの顔を覗き込むようにして言った。
「え。う、ううんっ。ぜぜ、全然っ」
あたしは思いっきり首を振った。
ぷっと彼が吹き出す。
「ははっ、それじゃ緊張してるって言ってるようなもんだって」
だって。だって…
あたしはかぁーーーっと顔が熱くなるのを感じた。

だって。あたし達って付き合ってるし。
2人きりだし。
これって…。

「も、もぉ…っ。しょーがないじゃん…。緊張、してるよ…」
してるよ。しょーがないでしょ?
ほっぺたから湯気が出そうだ。
あたしは顔が上げられなくなってしまった。

「…あ、ごめん」
彼はちょっと慌てて言った。
「…なぁ…あのさ、亜矢。……俺も。…俺も緊張してる…」

え。

「貴志くん…?」
意外過ぎるセリフに、あたしが思わず顔を上げると、彼も真っ赤な顔をしてた。
目が合ったら、彼は照れたように笑った。

そっか。
…貴志くんも、緊張してるんだ…。

なんだか、嬉しい。
ドキドキが大きくなる。…でも、嫌じゃない。

彼の顔が近づいてきて、あ、と思う間に唇が触れた。
あたしは目をつぶった。
首の後ろと、腰に手を回されて、抱きしめられる。

あったかい。
身体も。唇も。

あたし達は、長い間、唇をくっつけてた。

「亜矢…」
唇が離れて、目を開けたら、彼の目が真っ直ぐにあたしを見てた。
少し目を細めて、じっとあたしを見つめてる。
どくん。
心臓が、大きく飛び跳ねた。

また、唇が触れる。

あったかくて。ドキドキする。でも、どこか、安心する。

唇が離れると見つめあって。
またすぐにくっつけて。

くっつけたり、離したり。
何回も、何回も。
そんなキスを繰り返した。



そのうち、彼は突然腕を突っ張って、身体を引き離した。
「ああーーっ、ダメだ!」

「えっ」
あんまり突然だったから、思考が付いていかない。
な、何!?何!?なんで、突然…

「ごめんっ、俺、ヤバイ。…外行こうっ」
彼は真っ赤になって、あたしから顔を背けた。
立ち上がって、俯いて。少し苦しそうな顔をしている。
や、ヤバイって、何が…

…あ。
「………」
また顔が熱くなる。

なんとなく、分かってしまった。

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