じめての。 〜デート〜

初デートは映画館。
…って決まってるような気がしたから、映画を観た。
それから、喫茶店に行った。
お決まりのコースだ、と思う。…たぶん…。

あたしは、楽しかった。
映画はB級だったけど、だけど全っ然楽しかった。
緊張しまくってたけど、なんかもうずっと浮かれてて、疲れるんだけど、嬉しくて。
会話も途切れることもあったけど、ずっと黙りこくるって事もなかったし。
楽しかった。


…でも…彼はどうだったんだろう?


もう、帰り道。あたりはだいぶ薄暗くなっていて。
並んで、あたしの家に向かって、歩いてる。

…彼は、どうだったのかな…?

「…でさ、山根のやつ慌てて逃げてやんの」

「……」

「バカだよな、あんなタバコ、今吸ってたやつかどうかなんて分かるだろ?」

「……」

「………。……村上?…」

「……」

「村上!」

「うあ!?あああごめ、ごめん、ボケっとした!?してた!?あたし!!」

どどどどうしよう!
いつもなら彼の一言一句聞き漏らすまいとしてるこのあたしなのに!
ああ、よりによってデートの最中にアッチに行ってしまうとは!

彼はプッと吹き出した。
「はははははっ、は、ほんと、おっかしいよな、村上って」

「うぇ、ええ、うん。そう?」

それって、それって誉めてるの…。………ていうか、やっぱり、けなしてる?

「なんかさ、考えてることが顔にでまくってるよ。面白い」

え。え。え!?
それってやっぱり誉めてるの?

彼はマジマジとあたしの顔を覗き込んだ。その距離20cm弱…!
すごい、近い位置に彼の顔がある。
うわ、結構、お肌がキレイ。

…って、これって、この距離ってもしかしてもしかすると…!?キ、キキ、キス…?しかもこれって、ここって、『路チュー』というヤツでは…!?
どうしよう!?
うわ、どうしよう、ここって、もう、家のご近所なのに…!?!

だけど突然、彼は笑いながら顔を離した。
「ははははははっ、こんなとこで、何にもしないって」

がーーーん。
…バ、バカ過ぎる…、あたし。
一気に体中の力が抜ける。

「わ、ごめん、笑いすぎた。ごめん、マジごめん」
彼は慌ててもう一度、あたしと同じ目の高さになった。
…あたしってそんなに顔に出るのかな。

「なぁ、あのさ…」

「え?」

彼は突然、くちごもって、頭をかいた。…ふいっと、顔を背けてしまう。
何?何??

「北野くん?」

「や、なんでも…行こ」

そう言って、歩き出した。
あたしも慌てて歩き出す。

な、なんだったんだろ?

ま、まさか早くも別れ話じゃ…!!
なんかまた気が遠くなってきた。
やばい。
考え出すと止まらない。
どうしよう、失敗した?今日。そ、そんなはずは…
いやいやいや、いっぱいした。
何度かコケそうになったし、映画館でポップコーンこぼしたし、人にぶつかったし…。
ああでも北野くんずっと笑ってたからどれの事だか分かんないよ…!いや、ひょっとしたら全部かも…!


彼は足を止めて、あたしを見て、また頭を掻いた。
「そんな顔すんなって…、…やっぱ、気になる?」

「え、う、うん」
ドギマギしながら彼の顔を見上げる。

「あのさ」

彼はそこで言いにくそうにうつむいて。
あたしの右手を掴んだ。
左手で。

「…ごめん、タイミング、難しくってさ…」

…感想。あったかい。
――彼の手は、あったかかった。

ゆっくり、歩き始める。

どきどき、してる。

「……」

「……」

右手が、あったかい。
どうしよう。胸が騒ぐ。顔が熱い。
どうしよう。
手が、気持ちいい。


あたし達は、手をつないで、歩いた。ずっと無言だった。
…何か、しゃべった方がいいのかな。ああでも何を言えば…!?
ずっと頭の中がぐるぐるしてた。

「なぁ…」
しばらくして、彼が口を開いた。
「家って、どこ?…もう、四丁目入っちゃうけど…」

「…え?」

――と、通り過ぎてる…!!!

あたしはもう泣きそうだった。あたしの家は三丁目の真ん中辺り。
「ご、ごめんっ、ごめんっ、あっち、もう、5分くらい前に通り過ぎてた…っごごごごめん、あたし、あたしボーッとしてて、」

彼は、目を見開いて。
また、盛大に笑ってくれた。

…あぁ…。

彼はひとしきり笑ってから、あたしの手をひっぱって向きを変えた。
「もどろ」
片手で目尻の涙を擦って、ニカッて、笑う。

…その笑顔が、ひどく嬉しそうに見えたのはあたしの気のせいですか…?
ねぇ北野くん…。


あたし達は、今来た道を、ゆっくり、ゆっくり、歩いて帰った。


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