じめての。 〜キス〜


「もう、着いちゃうな」
もう後ほんの少しであたしの家の前。
彼は少し残念そうにそう言った。

「…!う、うんっ」
あたしは、なんだか、嬉しかった。
もうすぐお別れなのは残念だけど、でも彼が残念そうなのが嬉しかった。
残念、嬉しい、残念、嬉しい…。

「何?ヘンな顔して」

ががーーーーーーーん…っ

「ああ、いや、本当にヘンな顔なんじゃなくってさ…っ」

あたし、よっぽどショックな顔したのかな。
彼は慌ててフォローしはじめた。
あたしの顔を覗き込んで。

でもでも、ヘンな顔って、あんまりだよ。。。好きな人に言われるのは。

まだショックから抜けきれないあたしに、彼は顔を赤くして、小さな声で、ぼそぼそ、言った。

「あのさ!…亜矢は、可愛いと、思う……」

「ぅええ!?!」

彼のセリフに驚いて。
さらに自分のすっとんきょうな声に驚いて。
あたしは口を押さえて、たぶん耳まで真っ赤になった。

彼は目をぱちぱちさせて、うははははっ、と笑い出した。
…また、笑われてしまった…。


「うん、ほんと、可愛いよ」
彼は目尻に浮かんだ涙を擦りながら、言った。

うーーん。素直に、喜んで良いのかなぁ…??

あたしは、彼の笑顔を複雑な思いで見上げてた。

…と。
近くに、息遣いを、感じた。
すごく近い位置。まぶたのあたり。
あたしの目に映る、彼の肌。ピントがボケるくらいに、近く。
彼の顔。

唇に、あたった。感触は。
…くちびる…。


鼓動が。体温が。
何も考えられなかった。


どのくらい、くっついてたんだろう。

柔らかくて。少し、冷たくて。温かかった。
そこには体温が流れてた。


「う、あ…」

あたしは、たぶん目を開きっぱなしだったと思う。よく覚えてないけど。
唇が離れてからも、ぽかん、と彼を見上げてた。

「……」
彼は顔を赤くして、横向いて、頭を掻いた。
「あー、うん。その…。」

彼が言葉に詰まっている。
とても、不思議な感じ。

「…うん。亜矢は、可愛いよ」


そう言って、こっちを見た顔は真っ赤で。
あたしも、たぶん、真っ赤だ。

彼はあたしが握り締めてる、水色の傘に手を伸ばした。
紺色の傘をあたしに差し出す。
「ちょっと、持ってて」
「う、うん」

彼は水色の傘を広げて、あたしに渡してくれた。
紺色のと、交換。

「それじゃ、また明日な」

彼はそう言って笑って、くるりと向きを変えた。

少し行った所で振り返って、また笑って手を振る。

あたしは、ただぼんやりその笑顔を見てて。笑えないまま、手だけ振り返した。
まだ。まだ、よく分からない…

だって、あれは、キ…



「…近所メーワク…」

唐突に後ろで声がした。

「ひゃあああっ」

振り返ったら、不機嫌そうな顔の男の子が傘を手にして歩いてた。

「んなっ、なな…っ、ななななな」

へーちゃんだ。

「…」
へーちゃんは何事も無かったかのようにあたしの横を通り抜けて、自分ちに向かって歩いてった。
そのまま、普通に家の門を開けて、玄関を入っていく。

い、い、何時から、居たんだろ…!?!


あたしは、もう色んな事が頭の中でぐるぐるしてて、家の前で立ち尽くしてしまった。

…それから風邪を引いて、2日ほど、寝込んだ。

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