じめての。 〜ケンカ〜


その日はよく晴れていた。
風邪でしばらく休んでたから、久しぶりの登校。

朝一番で、へーちゃんに会った。
玄関のドアを開けたら、ちょうど家の前を通りかかったみたいで、こっちを見た。

「お、はよ……」
とりあえず、挨拶する。

うう。なんでこんな時間にこんなトコにいるんだろう。
へーちゃんの学校は遠いから、朝も帰りも滅多に会わないはずなのに。
出来れば会いたくなかった。
だってこないだのアレって絶対見られてたし…っ

思い出したら顔が熱くなってきた。

へーちゃんは足を止めて、こっちをジロリと冷たい目でみた。
「何考えてんだ、スケベ」

――!!!
「な、んな、そそそんなの…っそんなことっ…〜〜っ」
言い返したいのに、どもるばっかりで言葉が出てこない。だってだって、へーちゃんには見られてた…。

「へんっ、ばーか、浮かれてんなよ」

ひ、ひどい。
ひどすぎる。

朝一番でなんでこんな事言われなきゃならないんだ。
悔しくて目が熱くなってきた。
「へ、へーちゃんに関係ないでしょっ!!バカバカバーカ!!」

「なにぃ?」
へーちゃんはちょっと怒ったみたいでこっちをジロリと睨んだ。
あたしも、キッとへーちゃんを見上げて睨んでやる。

しばらく睨み合ったけど、そのうちへーちゃんはふいっと目を逸らして歩き出した。
あたしも歩きだす。

「付いてくんなよ」
「しょ、しょーがないでしょっ、方向おんなじなんだからっ。大体なんでこんな時間に登校してんの!?」
「それこそ関係ねーだろボケ」
「なななんでいちいちボケとかバカとか言うのっ!?」
「うるっさいなぁ…っ」
へーちゃんはワザトらしく大きくため息をついて首を振った。

ああもう。ムカつくーーっ。
なんでこんなひねくれ者になっちゃったんだろう、へーちゃんは。
前はこんな人じゃなかったのに……!!!



しばらく歩いたら、突然、へーちゃんが立ち止まった。
「わぁっ」
ななめ後ろにいたあたしは急に立ち止まったへーちゃんにぶつかって鼻を打った。
…い、イタイ。

「何?なんで止まるの?」
鼻を押さえて見上げたら、へーちゃんはちょっと眉を寄せて遠くを見てた。
視線の先には、人影がいくつか。
…その中に、見覚えのある制服があった。見覚えのある男の子の輪郭が。

「きっ、き、北野くん…!?」

な、な、なんで!?
なんでこっちに向かって歩いてるんだろう。
だって、学校行くなら全然、反対だし、北野くん家は方向違うし…っ

も、もしかしてもしかしたら、ひょっとして。
ああ、あたしを迎えに……!?!

どうしよう。
まだそうと決まったわけでも無いのにもう嬉しくって心臓がバクバクしだした。
それに、だって、この間のキスから、初めて、会うし…。

北野くんは、あたしを見つけて、軽く手を振った。それから小走りにやって来る。
う、うわぁ〜。
どきどきする。

――ぐいっ

急に、手を引っ張られた。
へーちゃんが。
あたしの手を掴んでた。

え、え、え!?

へーちゃんはあたしの手を引っ張ってすたすた歩いていく。
「ちょ、ちょちょっと!!なな何!?」
慌てて見上げたけど、へーちゃんは無言で、あたしの手をしっかり握って歩いてく。

これじゃあ、これじゃあまるであたしとへーちゃんが手をつないで歩いてるみたいじゃん!
………ていうか実際そうだ!!

慌てて北野君のほうを見たら、彼はきょとん、と立ち止まって、あたし達を見てた。

へーちゃんはあたしの手を握ったまま、北野くんの前まで来た。

「ちょっと、はは離してよっ、へーちゃんっ」

あたしは無理やり離そうとして思いっきり手を引っ張った。
――ぱっ。
そしたらへーちゃんはあっさり手を離した。
「わああっ」
勢いづいていたあたしはヨロヨロよろめく。
そしたら、へーちゃんはあたしの背中をどんっと押して軌道修正した。
「ハイ、どーぞ。キタノくん?」

目の前には、北野くん。

――どんっ
「ひゃあっ」

今度は北野くんの胸にぶつかった。

め、目の前に北野くんが…っ
…また鼻が…っ

「ご、ごめ、ごめん…っ」
あたしは鼻を押さえて、体を離して顔を上げようとした…んだけど。

――ぐいっ
またあたしの顔は北野君の制服の胸に押し付けられた。
北野くんの腕が、抱き寄せたんだ。あたしを。

白いシャツごしに感じる体温。制服の匂い。
うわ、うわうわわわ。

「………何。誰、あんた」

頭の上で、怒ったような声が聞えた。

ああ、トキメいてる場合じゃなかった。
北野くん、怒ってる。

「あ、あのね、あの人はね」
慌てて説明しようとしたんだけど。

「亜矢は黙ってて」
冷たく遮られてしまった。

ど、どうしよう…!??

「俺は、亜矢とは近所の幼なじみ。…んな怖い顔すんなよ。興味あっただけだって。幼なじみの彼氏さんに」

「……なんだよそれ。それで手ぇ繋いで歩いて来るか普通。むかつくなぁ…っ」

――びっくん。
心臓が跳ね上がって、冷や汗が出てきた。

こ、ここ怖いよ。北野くん。
しっかり頭を押さえられてて顔が見えないんだけど。や、やっぱり相当、怒ってる??
どうしよう。どうしよう。どうしよう!?
ああ、パニックになってきた。

「んなマジに怒るよーな事は何にもしてねーよ。あんたの反応見たかっただけ。」
「はぁ?」
「…あーあ、悪かったな、亜矢。彼氏怒らせちまって。」
へーちゃんのため息が聞える。
「…消えるわ。じゃ、な」

あたしからは見えないんだけど。
へーちゃんは横道の方に逸れて行ってしまったみたい。

頭を押さえてた手が、離れた。
慌ててあたしは顔をあげる。
北野くんは眉間に皺を寄せて、口をへの字に曲げてぶすっとしてた。

あああああどーしよう…っ!?

「あ、あのね。本当にね、へーちゃんとはな何でも無くって、幼なじみで、それであの人意地悪だからすぐ人の事からかうから、だから…っ」
「――亜矢」
「はいっ」
「遅刻するよ。…行こ」
「……あ、う、うん…」

あたし達は学校に向かって歩き出した。

せっかく迎えに来てくれたのに。
久しぶりに会ったのに。

並んで歩くあたし達の間には、人ひとり通れるくらいの、冷たい隙間があった。




「今日、あれからしゃべってない…」
思わず絶望的な声が出てしまう。
放課後の教室。

今日は、話し掛けようとしても、どうも交わされてしまうみたいで、全然、目もあわせてくれなかった。
隣りの席なのに全然しゃべれないなんて…、それって、友達以下じゃん…!?!


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