十.
早々に宇治を引き上げて内裏へ帰った幸孝は、早速父帝の居る清涼殿へ向かった。
二の姫を、新しい女御として迎えるのだ。またも源大納言の姫であるということだけが少々ひっかかるが、歳も身分も問題ない。婚約者が居たところで、春宮が望んで手に入れられない事など無いはずだ。
意気揚々と清涼殿を訪ねると、そこには丁度、母中宮も居合わせて、二人仲良く碁を打っているところだった。
「おや、お帰り幸孝。せっかくのお忍びを早々に切り上げて、どうしたんだい?」
「あら? 何か良いことでもありましたのね? ご機嫌のようですわ」
父帝が顔をあげ、何か考え込んでいる風だった母宮も手を止めて、こちらを振り返って微笑んだ。
女官が碁盤を端へ寄せると、幸孝も笑って用意された座に着く。
「はい、父上、母宮、……実は宇治で、理想の姫君に出会いました」
「へぇ」
「ま」
二人は意外そうに声をあげた。
「ぜひともその姫君を、女御として迎えたいのです!」
言い切ると、突然父帝がふっと噴出した。
「? 父上?」
「ああ、いやすまない。お前があんまり目をキラキラさせてるんで……何だか昔を見るような気がして」
そう言ってまた、くっくっと肩を震わす。
「……?」
すると母宮は「あら」と言って父と目配せし合い、一緒になってくすくすと笑った。
「いや、いいよ、続けて。それで、どちらの姫君なんだい?」
「あの、それが……源大納言の、二の姫です」
「!」
「……まぁ」
二人は笑うのを止めて、幸孝を見た。源大納言の一の姫・桐壺との不仲は父帝も母宮も知っていることである。
「あなた、それは……桐壺の妹姫を迎えたいというの?」
「はい」
「ふぅん。それは……姫君と知り合いにでもなったのかい?」
「ええ、まぁ、……そうです」
出会いの話を詳しく話すことは出来なかったが、とにかく幸孝は二の姫を気に入ったのだと熱心に伝えた。
「まぁ……」
父帝と母宮は顔を見合わせた。
「でも……あの姫は……」
母宮が言いかけたのを、父帝が遮るように口を開いた。
「いや、お前が望むのなら、それも良いだろう。分かった、源大納言に話をしてみよう」
「! ありがとうございます……!」
父帝が話をすると言ってくれたのであれば、もう源大納言には断ることなど出来はしない。二の姫の女御入内は決定したも同然だ。
(そうだ、恋文を出そう……!)
幸孝は足取りも軽く、清涼殿を後にした。
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