十二.
ともかく早く返事を返して明日にも京へ戻れ、と言い残し、父・源大納言はその日のうちに京へ帰っていった。
(あの公達が……春宮だったなんて……)
ため息が漏れる。
春宮には、姉の甘菜姫が女御としているのだ。
あの時、どうしてすぐに父が源大納言だと分かったのか、今にして思えば納得がいく。甘菜と百合は、誰の目にも、当人達ですらそう思うほどに、生き写しなのだ。母の違う腹違いの二人がどうしてここまで似ているのかは、全く不思議な血の巡り合わせとしかいいようがないのだが、春宮はそれで百合を甘菜の妹と気づいたに違いない。
(悪趣味……っ!)
百合は怒りに震えた。
(そっくりな二人を並べて楽しもうなんて!)
忌々しく、寄越された文を睨む。
一瞬でも好ましく思っていた事が悔やまれてならなかった。あの接吻は……驚きはしたものの、心から嫌だったかというと、実際はそうではなかった。好きだと言われて、悪い気はしなかったし……まだ、彼に対して好ましい気持ちの方が大きかったのだ。
しかし。
(姉上は大切にされてないって噂だわ……っ! 私と一緒に並べて、慰み者にする気なんだ! ……ほんと……最低っ)
考えれば考えるほど、怒りが増す。
姉は百合とは違って大人しく控えめな人柄だった。母が違うために別々の対の屋(たいのや:屋敷内の建物)で育ったせいで、それほど多くの交流があった訳ではないが、それでも守ってあげたくなるような可憐でか弱い、儚げな人だった。
(それをよくも……!)
だが相手が春宮では、百合にはどうする術も無い。一月後に控えていた婚約も白紙になり、春宮の望むまま、入内させられてしまうのだろう。婚約相手とはまだ会ったことも無く、文を取り交わしていただけだからさほどの想いも無いが、簡単に覆ってしまうのだというその事実が悔しい。
「……っ」
しかし百合には、何の抵抗も出来ないのだ。
(……せめて)
返事を返さなければならない。
(返歌くらい……)
百合は筆を執ると、殴るように書き付けた。
――道の辺の 草深百合(くさふかゆり)の 花笑みに 笑みしがからに 妻と言ふべしや
(道端に咲いている百合の花が、ちょっと微笑みかけたくらいで、もう妻と呼ぶつもりなのかしら……呼べませんわよね)
待っていた文使いにそれを渡す。
小さな、抵抗だった。京へ戻れば、出す文も父に検閲されてしまうかもしれない。今日、今ならば、好きなことが書ける。最後の、抵抗だった。
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