十五.
「貴方……」
「……姫」
薄い月明かりの中、見つめあう。確かにそれは、先日川辺で逢った、あの公達の姿だった。
「あ……、と、春宮……ご無礼を……」
百合ははっと気づいて、慌てて膝を突いて平伏した。相手は、春宮なのだ。知らぬことだったとはいえ、先日のような無礼を働いた事は、本来ならば許されない。
「……二の姫、ごめんな突然。俺、姫の文をみて……もうどうして良いか分からなくなって……来てしまった」
春宮のその台詞に、百合は平伏した姿勢のまま、目を見開く。
あのような文を出したところで、春宮の身であれば痛くも痒くもないはず。望むままに百合を後宮へ召し上げるなど、た易い事のはずなのだ。
「……そんなに……嫌だったか?」
「だって……」
つい百合は顔を上げてしまい、春宮と目が合った。慌てて平伏しなおすと、
「いい、顔を上げて。……この前みたいに、話してくれよ」
と、促される。
「だって……」
百合はもう一度顔を上げ、春宮と見つめ合った。春宮は酷く切なげな、切羽詰った顔をしていた。
「……と、春宮には、姉上が……私とそっくりな姉上がいるじゃない……っ。に、似ているから、呼ぶんでしょう……っ!?」
「……っ!」
春宮は目を見開いて、心底驚いたという表情を浮かべた。
「そ、そんなことは無いっ!」
「姉上は大切にされていないって噂だわっ! ……それなのに春宮は……っ、妹の私まで召して、どうするつもりなのよ……っ」
そこまで言うと、強い力で両の肩を掴まれた。
「な……っ」
目の前に、苦しげな春宮の顔が迫る。
「桐壺の事は……っ、貴女とは違う! 桐壺は……桐壺の事は本当に申し訳ないと思ってるよ……っ。だけど駄目なんだ、違うんだよ。……俺が好きになったのは、二の姫、貴女だけだ……!」
切羽詰ったその瞳は真っ直ぐに百合を捉えた。
「……春宮……」
「桐壺の事は……好きになろうと努力もしたさ。だけど……どうしても上手くいかないんだよ、俺達は……。ごめん、妹の貴女にこんな事言って……。だけど、だけど俺は……貴女を、女御に迎えたいんだ」
苦しそうに想いを告げる、春宮の瞳に嘘は無いように見えた。
「……私を……?」
春宮は力強くうなずく。
「ああ」
「……でも……どうして……」
ぐっと、強く肩をつかまれた。
「何度も言ってるだろう! 好きになったんだ、貴女を!」
「……っ!」
……こんなに真剣な殿方の瞳を、はじめて見る。
百合の心臓は大きく、脈打った。
「わたし、を……?」
「本当に嫌なら……そう言ってくれ。……どうしても嫌だと言うのを、無理強いしたくは無いんだ。俺は……辛いが、その時は……」
「私……」
春宮の熱意が、痛いほどに伝わって来た。
「……あの、どうしても嫌だと言う訳では……」
もともと、好ましい殿方だと、思っていた。急に顔を見られたり接吻された時には驚いたものの、心底嫌だった訳ではない。……姉と並べて慰み者にされるのだと、そればかりが気がかりだったけれど……。
「あ、姉上が居るところへ入内するのは……やっぱり正直、引っかかるけど……でも……」
掴まれていた肩を揺すられた。
「本当か!?」
「……あ、姉上の事も、大切にしてくださるなら……」
「入内しても、いい……?」
うなずくと、春宮はようやく眉間の皺を伸ばして、ほうっと息をついた。
「良かった……!」
そう言って笑ったと思ったら、次の瞬間には力いっぱい、抱きすくめられていた。
「約束する、貴女も貴女の姉も、大事にする……!」
あまりに強く抱きしめられて、息が詰まりそうになる。
「……ちょ、苦し……っ」
声を上げると、春宮は慌てて腕を緩めた。そしてぱぁっと子供のような笑顔をこちらに向けたと思ったら、その顔が直ぐに近づいてきた。
「……っ!」
一瞬。触れるだけの口付け。
「じゃあ、近いうちに、また」
そういうと春宮は百合を解放して、踵を返した。名残惜しそうに振り返って、何度も手を振る。その無邪気な笑顔につられるように、百合は手を、振り返していた。
(……こんな)
春宮の姿が見えなくなると、百合は身体の力が一気に抜けて、呆然と座り込んだ。
「……春宮……」
唇に肩に、まだ、感触が残っている。
(こんな事……良かったのかしら……)
しかし胸の鼓動はどくどくとその想いを主張していて、とても、無視することなど、出来そうに無かった……。
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