十八.


 全く身勝手な話だと、思う。

 一度は婚約を破棄させてまで入内させようとした姫を、「やっぱりやめた」と言って入内を取り消しにしたのだ。

(……最低だ)

 二の姫はさぞかし困惑しているだろう。

 しかしこれは、幸孝とてよくよく考えて出した結論である。

 二の姫の実の姉を不幸にさせた身で、また親友までもを不幸にして……そんな自分に、本当に二の姫を幸せにする事が出来るのだろうか……と。

 はじめはただ二の姫を自分のものにしたいと……それだけを思っていた。しかし今はそうではなくて……姫には幸せになって欲しいと、そう思うのだ。

 あの真面目で優しい峰平ならば、きっと二の姫を大切にするに決まっている。峰平にはもちろん他に妻など居ないし、姉の桐壺の事も心配していたし……なにより本当に、優しい奴だから。

(……くそ……)

 そう、割り切ったはずなのに、胸は酷く痛んだ。ふと気づけばもう一度二の姫を入内させる事を想像し、そして何度もかき消している。

 何かを諦めるということが……こんなにも辛く、苦しいとは。



 そんな風に日々を梨壺で悶々と過ごし、入内話を取り消してから十日も経ったころ、梨壺にひょっこりと父帝が現れた。

「やあ、幸孝」

 供も無ければ先触れも無しで、ただ口元に杓(しゃく)をあてて微笑みながら、本当にひょっこりと、垂らしてあった御簾をくぐって現れた父帝に、幸孝は唖然とした。

「ち、父上!?」

 そもそも父帝がわざわざ梨壺を訪れることも珍しいし、供も連れないなど異常な事態だ。

「な、ど、どうされたんです?」

 慌てて立ち上がろうとすると、

「ああ、良いよそのまま」

 言いながら奥に入ってきて、そのまま幸孝の前に座った。

「面白い話を持ってきてね」

「?」

「お前……最近桐壺には顔も出していないだろう?」

「え? は、はぁ……」

 桐壺を訪ねないのは今に始まったことじゃない。二の姫のためにも、桐壺との仲は修復に努めなければいけない、と思ってはいるのだが……何しろまだ気持ちの整理がつかず、とてもそんな気分になれずに居るのだ。

 しかし今まで取り立てて咎められることも無かったのに、わざわざやって来て何を言うのだろう、といぶかしんでいると、父帝はにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「桐壺にね……いま、お客が来てるんだよ。誰だと思う?」

「え、桐壺に……? 源大納言ですか……?」

 桐壺の客と言えば、今まで父親の源大納言以外の者が訪れたことなど無い。

 父帝は笑いをかみ殺すような表情をし……くっくっと小さく漏らした。

「それがさ……姉姫のご機嫌伺いにって……腹違いの妹姫が来ているようだよ。昨日からね」

「……」

「……」

「……。……え、ええええっ!?」

 幸孝が思わず立ち上がると、父帝はとうとう肩を揺らして笑った。



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