二十三.
「幸孝さま……どうしたんです、この後宮の様子は……」
訪ねてきたのは、峰平だった。
「皆不安げな顔をして……誰に聞いても何も教えてくれないし……何かあった……」
そこまで言いかけて、ばたばたと奥の幸孝の元へ駆けつけてくる。
「幸孝様っ!? どうしたんです、それは……っ」
幸孝は血に染まった直衣のまま、脇息にもたれていた。女房達に囲まれるのも億劫で、そのまま人払いをしていたのだ。
「父上が、口止めしてる。……だから誰も……言わないんだろ」
「こ、これは血では……っ、幸孝様っ!?」
「俺のじゃない」
「……?」
心配そうに見上げてくる峰平に、つい全てを、吐き出してしまいたくなった。
「俺はどうすれば良かったんだよ……っ」
「え……?」
「甘菜……桐壺が……、自害した……っ」
「っ!」
峰平は驚愕に目を見開き、
「な……」
見る見るうちに血の気を失い、震えだした。
「……じ、自害……ですって……」
幸孝はうなずく。
「……幸い傷は浅くて……命に別状は、無かった。……だけど……だけど全部、俺のせいなんだ……っ、ちくしょう……っ」
「……幸孝……様」
峰平は青ざめたまま、幸孝の肩に手を乗せた。
「……そんな……幸孝様のせいでは……」
「俺はずっと桐壺に見向きもしなかった。そんなに思いつめてるなんて、知らなかったんだ……っ」
「そ、それは……でも。き、桐壺様は最初から……頑なだったのでしょう……? 幸孝様ばかりが悪い訳では……」
そう、甘菜ははじめから頑なだった。いくら話しかけても微笑みかけても怯えるばかりで、心を開こうとはしなかった。……しかし、この峰平のようにもっと優しく、もっと根気強く接していれば、いつかは打ち解けたのではないか。直ぐに怒って甘菜をさげすんだりせず、もっと大らかに接していれば、今頃こんな事にはならなかったのでは……。
……それが出来なかった自分が、悔しい。
「そんなに……ご自分を責めないでください。……桐壺さまは、ご無事なのでしょう……?」
「ああ……」
それだけが、救いだ。……可能性は薄いが……、まだ、やり直せるかもしれない。
そこに、庇に女官が控える気配がして、声をかけられた。
「失礼いたします、春宮、起きていらっしゃいますか」
「ああ、起きてる」
「失礼しても、宜しいでしょうか?」
「ああ……」
言うと、御簾を押して女官が現れた。峰平を見て、意外そうな少し困った顔をする。
「あの……重要なお話なのですが……」
「いいんだ、峰平の事は。気にするな」
すると女官は峰平に軽く一礼して、幸孝のほうを見た。
「このようなときに……こんな事……おめでたい事とは存じますが……その」
「なんだよ」
歯切れの悪い女官の様子に苛立ちながら聞き返す。
「典薬頭(てんやくのかみ:医療を司る官僚の長)からも、正式にお知らせして良いとのお達しがありましたので……」
「だから、何?」
女官はこほん、と咳払いして、続けた。
「……桐壺女御様、ご懐妊でございます」
「……な」
信じがたい言葉に、幸孝は耳を疑った。
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